第98話

 都市ズリングの内部へ入ったアルマ達は、フランカの所属する反ゲルルフ派の組織瓦礫の士の長である男へ会いに街を歩いていた。


「通行証があんなに高いなら、偽造するか適当なところから侵入すればよかった。どうせ外側の警備がガバガバならバレなかったろうに」


 アルマは不機嫌に眉間に皺を寄せ、ぶつくさと文句を零しながら歩いていた。


 ゲルルフの部下であるフランカやゾフィーは特別な通行証を有していたのだが、それを使えばゲルルフに筒抜けになる恐れがある。

 二人には外套を深く被って顔を隠してもらい、金銭で新規に四人分の通行証を取得することになったのだ。


「あの……私が言うのもなんですが、あまり目立つ真似はしないでくださいね……? それに、別にアルマ殿からすれば、大した額ではないのではないかと思ったのですが……」


 フランカが不安げに口にする。


「わかってるが、不当に払わせられると金捨てたみたいで気分が悪いんだよ。あの関所の奴、俺の格好を見て金持ってると踏んで吊り上げやがったな。ああ、クソ、メイリーだけでも《龍珠》に戻しておくべきだったか」


「あ、あまり不安になることを言わないでください! お金でしたら、別に私からアルマ殿に四人分お支払いしますから!」


「フランカから欲しいわけじゃなくて、不当に金取られたのが釈然としないんだよ。あいつ、顔覚えたからな。ゲルルフの奴を締め終わったら、絶対にこの借りを返させてやる」


「ええ……」


「言っても無駄だよ。主様、ドケチで天の邪鬼な上に意固地だから」


 メイリーが欠伸交じりにフランカへとそう言った。


「と、とにかく、カラズ様は、今日のこの時刻でしたら南部の拠点にいるはずです。本来、いきなり初顔の方をカラズ様の許へ連れて行くのはタブーなのですが、今回は時間がありませんので……。ただ、カラズ様は警戒心が高く、お堅い方です。事情を話せばわかってもらえるとは思いますが、少々疑われることは覚悟しておいてください。最悪拗れそうになったら、私を置いて逃げてもらえれば」


「そういうわけにもいかん。ハロルドの村を巻き込まないと約束しているからな。《瓦礫の士》の協力は不可欠だ。カラズ様とやらには、是が非でも頷いてもらう。説得に期待しているぞ、フランカ」


「わ、わかってはおりますが……」


 反ゲルルフ派の組織、《瓦礫の士》の長カラズ。

 かつては穏やかな人物であったが、長くゲルルフ派との抗争を続けた末に心を擦り減らし、今では猜疑心の塊のような人間になってしまったとフランカから聞いていた。

 簡単に話が進む相手ではないことはわかっていたが、明後日にはゲルルフとの戦いの日である。

 時間はなかった。


「う〜ん、カラズですかぁ。胡散臭い噂も聞きますが、大丈夫ですかねえ? ゾフィーは元々反抗勢力の運動にはあんまり関心がなかったのでなんとも言えませんけれど、安易に敵の敵が味方だとは考えない方がいいかもしれませんよう、アルマ様ぁ? 副隊長さん、純粋で騙されやすそうですしい」


「貴女……いつもいつも、本当に……!」


 フランカがこめかみを震わせてゾフィーを睨む。


「なんで怒るんですか? ゾフィー、関心がないからよくわからないけれどって前置きしたのに。ね、ね、アルマ様、ゾフィー、別にそんなに間違ったこと言ってませんよね? ね?」


 ゾフィーが馴れ馴れしく、ぐいぐいとアルマのローブの裾を掴む。


「わかった! 俺もちゃんと考えて判断するつもりでいるから、お前ら二人はもう会話しないでくれ! 間に俺を挟め!」


「んんん? 別にゾフィー、副隊長さんのことは嫌いじゃないですよう? ただ、もう少し多角的に考えた方がいいと助言しているだけです」


「フランカがお前を嫌いなんだよ! 助言は結構だが、もう少し自分の立場と言い方とタイミングを考えろ!」


「むぅ……まぁ、アルマ様が言うのならわかりましたけど」


 ゾフィーは納得がいっていなさそうに腕を組む。


「これ連れてカラズに会いにいかないといけないのか……。頼むぞ、ゾフィー。外套被って、絶対に一言も話さないでくれよ。お前が何か喋ったら破談する気しかしない。もしわざと邪魔してくれたら、お前をカラズに会うための手土産だったとして引き渡すからな!」


「ゾフィーのことを持て余しているのに速攻でそうしない辺り、アルマ様って本当にお優しいお方ですねえ。ウフフ、ますます惚れ込んじゃいそうです。ゾフィー、アルマ様の道徳心の線引きがだいたいわかってきましたよぉ。切り捨てられない範囲が見えてきましたので、今後ともよろしくお願いいたしますねぇ」


 ゾフィーが口端を吊り上げて笑みを浮かべ、わきわきと両手を動かした。


「本当に心底やり辛い……」


 アルマは頭を抱え、深く息を吐いた。


「ウフフ、安心してくださいよぉ! ゾフィーがアルマ様の邪魔なんてするわけがないじゃないですかぁ!」


「だといいんだがな……」


 アルマはゾフィーの笑顔を眺めながら、こいつこそ《龍珠》にしまっておければよかったのにと心の底から考えていた。

 人間というより魔物を相手している気分になってくることもそうだが、クリスの方が百倍扱いやすい。


 フランカの案内で、半ば廃墟と化しているような地下通路を進む。

 

「都市の外側は確かに軽犯罪が多く、治安はよくありません。ただ、それだけゲルルフの警備が薄いということですから、こうして反抗勢力が身を隠すには丁度いいんです」


「おやおや、副隊長さん、内部の方はちゃんと治安がいいって言ったの、根に持ってたんですかぁ?」


 ゾフィーが嬉しそうに尋ねる。

 フランカは苦い表情を浮かべていたが、何も返さなかった。

 アルマはよくぞ堪えてくれたと内心拍手を送っていた。

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