第11話

 アルマが村を訪れた後、ヴェインは若領主ハロルドの館にて、彼と密談を交わしていた。


「ハロルド様よ、村の子供を都市へ奴隷として売る計画をそろそろ進めたいのですが、どうでございましょうかな?」


 ヴェインは頬の贅肉を緩ませて笑う。


「もう少しで餓死者も出ましょうぞ。《ポック芋》で食い繋がせている現状、人売りの話を出せば食いつく家も出てくるでしょうなぁ」


 ヴェインの狙いは貧しい村の領主と結託して村を牛耳り、奴隷村にすることであった。

 そうなれば莫大な利益を得ることができる。


 この世界において、高い壁に覆われた安全な都市部に住めることは特権と化している。

 子供は奴隷になる代わりに安全が保障されるのだと説いてやれば、生活苦に見舞われている親は自分を納得させ、率先して子供を売るようになる。


「ヴェイン殿は少々話を焦りすぎる。ヴェイン殿、他者を支配するために必要なことは、生かさず、殺さずだよ。現状、我々に不満を抱いている人間が増えすぎた。そのことは別に構いやしないが、今ここで奴隷の話を切り出せば、我々への怒りが勝ってしまうだろう」


「ハロルド様、少々慎重になりすぎでは?」


「フフフ、僕の家はね、嫌われながらも三代この村の領主をやっているんだ。わかるんだよ、物事のタイミングというものがね。大衆は馬鹿だが、損と得には敏感だ。飴と鞭を見誤れば要らぬ反感を買う」


「なるほど、さすがハロルド様! 田舎の愚鈍な領主を誑かしてやろうと思っておりましたが、いやはや、聡明な貴殿と組めてよかったのである」


「ヴェイン殿、他人をコントロールするコツは、腹の内を見せないことだ。村人には、優しく微笑みながら搾取してやればいいのさ。本性を見せるのは、殺しきるときだけでいい」


 ハロルドが冷たい笑みを浮かべる。


「もっともね、僕もさっさと富を築いて都市に移りたい。親から継いだ育ちの地だけれど、生憎と愛着はないからさ。そろそろ仕掛けようかと思っていたんだけど、アレが来ただろう?」


「……流れ者の錬金術師、でございますな。確か、アルマとかいう名の」


 ヴェインが苦々しい顔で口にする。

 それに対し、ハロルドが口端を吊り上げた。


「僕はこれを、むしろ好機と見ているんだ。村人達の一部はアルマに期待を寄せている。アルマに大きなヘマをさせて彼らの希望をへし折り、頼れるのはやっぱりヴェイン殿だけだったのだ……と、そう刷り込むのさ。僕達に反意を抱いている連中は、それを露にして、ここぞとばかりにアルマに従うはずだ。だが、アルマがヘマをして去れば、連中は纏めて村での発言力を失うことになる。後の村人の奴隷化に反対するであろう勢力を、先に叩けるというわけだ」


「お、おお……! ハロルド様、いやはや、貴殿も悪い御方である」


「最初から何も心配することはないんだよ、ヴェイン殿。ヴェイン殿はこの村で信用があるし、ここで育てた錬金術師見習いの弟子だっている。何より僕と、僕の部下がついているんだから、多少できる錬金術師だったとしても、潰すなんて容易いことだ。急いで仕掛ける必要はない。じっくりと村人達にヴェイン殿とアルマの対立の構図を植え付けて、派閥ができるのを待って……それから、纏めて潰してやればいい」


 ヴェインは自身の手駒にできる人間を用意するために、錬金術師の弟子や部下を十人ほど用意していた。

 村人の中にも、ヴェインを信じてついてきている者も多い。

 ヴェインがいなければ、魔物災害や食糧難で村が今よりも酷い惨状になっていたということもまた事実なのだ。


「ハッハッハッ! いや、さすがハロルド様である! そこまでお考えであったとは! こんな田舎領主に留めておくには、惜しい御方である!」


「そうだろう? 僕もそう思うから、とっととこの村を金に換えて出ていくのさ」


 ヴェインとハロルドは、顔を合わせて二人して大笑いした。



 ハロルドとの密談の後、ヴェインはハロルドの屋敷を出て外を歩いていて、奇妙なものを見つけた。

 流れの錬金術師アルマにやった廃屋があった周囲に、明らかに午前の頃にはなかった謎の畑が出来ていたのだ。


 この村は地質も水質も悪く、元々農作には不向きだったはずなのだ。

 だというのに、大量の芋が育っている。


「ん、んん、んんんんんん!?」


 ヴェインはこんなものがあるわけがないと、思わず畑を三度見していた。

 こんな畑があれば、食糧難を煽って奴隷売買の話を切り出すことができなくなってしまう。

 というより、ある日突然、畑がぽんと現れるわけがないのだ。


「なんだ、あの奇術は……?」


 ヴェインが呆然と見ていると、アルマの連れていた竜の角や尾を持つ亜人の少女が、ヴェインへと大きく手を振ってきた。

 ヴェインは顔面に青筋を浮かべながらも身を翻し、その場を去ることにした。


 ヴェインは額を押さえ、低く唸った。


 あり得ない、たった半日であんなものが出来るのは、どう考えてもあり得ないのだ。

 元々多くの種芋を持っていたとして、錬金術師が全力を尽くして成長を促進させたとしても、あんなに育て上げるまで一か月は掛かるはずだ。

 まだ、一日も経っていない。


「ハロルド様……どうやら様子を見ている時間はありませんぞ。奴には、早急に手を打たねばならんようである!」


 ヴェインは一人歩きながら、低くそう唸った。


 夜、ヴェインは部下の一人である男を呼びつけた。

 今回呼びつけられたのはハゴンだった。


「ハゴンよ、アルマが苗を持ち歩いていたのか、何か価値の高いアイテムを持つのかはわからんが、何か裏があることには間違いない! このまま放置していれば、奴は必ず吾輩の障害となる! 不安の芽は、さっさと摘んでおくべきである。深夜の間に、奴の小屋に忍び込んで、アイテムを盗み出すのだ!」


「わかりました、ヴェイン様。このハゴンにお任せください」


 ヴェインの命令を受けたハゴンは、その日の内にアルマの小屋へと忍び込んだ。


 彼は狩人として長く生活しており、スキルとして《忍び歩き》を身に着けていた。

 ヴェインが今回ハゴンを選んだのもそれを目当てにしたものだった。


 小屋の中に入ったハゴンは首を傾げた。

 ほとんど廃墟だったはずだが、不自然に奇麗なのだ。

 ただ、まともに立ち入ったことはないし、暗がりなので周囲もよく見えない。

 気のせいだろうと考え直した。


 ハゴンは小屋の中をそうっと歩き、壁に並べられている、立方体の岩塊に大きな扉のついた箱を見つけた。

《岩肌の収納箱》であった。


 ハゴンは収納箱を知らなかった。

 ただ、物を入れておくための家具だろうということは外観から察することができた。

 中に目的のアイテム、アルマの強みが入っているはずだった。


 ハゴンは音を立てないように、そうっと収納箱の一つを開いた。


 突然、収納箱から、明らかに体積以上の大量の土や石が溢れ出してきた。


「うっ、うおおおおおおおおおおおお! なんだこれはあああああっ!」


 それまで音を殺して歩いていたハゴンは、そこで獣のような雄叫びを上げた。

 背を見せて逃げようとしたが、遅かった。

 土砂の波がハゴンの身体へ圧し掛かっていく。

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