第25話
村から丸一日掛けて移動した先に《ゴブリンの坑道》はあった。
岩肌の崖壁に、大きく裂けた亀裂が生じていた。
ここが《ゴブリンの坑道》の入り口の一つなのだという。
「こうリアルだと、ちょっと尻込みする気持ちはあるな」
アルマは言葉とは裏腹に、楽しげな笑みを浮かべていた。
《魔法袋》に手を入れ、カンテラを取り出した。
内部の蝋燭に《ディンダー》のスキルで火を灯す。
《ゴブリンの坑道》は、別に採掘のために造られた坑道というわけではない。
元々自然発生した洞窟であり、鉱石資源が豊富なために坑道と呼ばれているに過ぎない。
採掘目的に人間が掘った通路もないわけではないが、全体から見ればほんの一部である。
「……アルマさんに言うことではないかもしれませんが、気を付けていきましょう。ダンジョンの最大の脅威は、魔物ではなく道の複雑さであるとよく言います」
「間違いないな」
エリシアの言葉に、アルマは頷いた。
ダンジョンの道の複雑さは生半可ではない。
何せ暗がりの細い道で、似たような場所が幾つも続くのだ。
右に行ったり左に行ったり、上がったり下がったりの繰り返しだ。
さほど広いダンジョンでなくても、同じ場所をぐるぐると回らされて食糧が尽き、焦ったところを魔物に囲まれて殺される、なんて、ほぼ全てのマジクラプレイヤーが一度は通る道であった。
「ダンジョンに潜るときには、どれだけ面倒でも、目印の設置と地図の作成を忘れてはならない。祖父がよく口にしていた言葉です」
エリシアの祖父の忠言は、マジクラプレイヤー達の間でもよく言われていたことだったからだ。
プレイヤー達は死んで覚えるが、この現実化した世界ではそうはいかない。
故に、先人達の言葉を必死に伝達しているのだろう。
「ま、安心してくれ。俺もダンジョンには、それなりの回数入ってきたつもりだ。迷子対策が一番大事なのも、身に染みて理解している。怠って死にかけたこともあるからな」
「やっぱりそうなのですね。アルマさん程の錬金術師であれば、ダンジョン探索も慣れているのだろうとは思っていました。信頼しておりますね」
アルマとエリシアが楽しげに話していると、メイリーがぷくっと頬を膨らませる。
「……でも主様、まともに攻略するより、外からダンジョン丸ごと更地にした回数の方が多いんじゃないの?」
「ダンジョンを丸ごと更地に……?」
エリシアが目を点にしていた。
アルマはさっとメイリーの口を押さえた。
「な、何を言ってるんだメイリー! 誤解を招くような言い方はやめろ」
「もっ、もがっ、だ、だって、本当だもん!」
確かにそういったことがあったのは事実であった。
爆弾で吹っ飛ばしたり、《天空要塞ヴァルハラ》から巨大ドリルを展開させてダンジョン丸ごと貫通したりということはあった。
「いいか、メイリー、俺は滅多にそんな手段は取らない! 普通にダンジョンを攻略したことの方が多い! 派手だがそこまで効率はよくないし、俺は元々周囲の馬鹿にブレーキを掛ける穏健派だったんだからな」
「め、滅多に……?」
エリシアが点にした目を瞬かせ、若干その場から身を退いてアルマより距離を取っていた。
「わ、悪い、メイリーなりの冗談なんだ。はははは……」
アルマは仏頂面のメイリーを押さえつけたまま、そう口にした。
「頼むから、余計なことは言わないでくれ」
アルマは声を潜めてメイリーへと言った。
メイリーは頬を膨らませたまま、アルマをジトッとした目で睨む。
「……だって主様、エリシアとお喋りしてばっかりで、ボクに構ってくれないんだもん」
「こ、この、猫気質の我儘竜め……」
アルマは《魔法袋》より、《アダマントのツルハシ》を取り出して構えた。
深紅の刃が不気味に輝く。
「さて、突入前に最後の下準備と行くか」
そのまま《アダマントのツルハシ》を振るい、入り口近くの岩壁を殴った。
岩壁に罅が入る。
「そして《ブレイク》!」
岩壁の殴りつけた個所が崩れ、《ブレイク》の効果で均一な石の欠片になっていく。
そのまま二振り目、三振り目と繰り返し、石礫の山を築いた。
「ここで採掘を行うんですか?」
「いいや、俺一人で採掘してればキリがないからな。これを使う」
アルマは《魔法袋》に《アダマントのツルハシ》を仕舞い、代わりに金属と水晶の組み合わさった球状のアイテムを取り出した。
そして石礫の山へと投げる。
「これは《ゴーレムコア》ってアイテムだ。《アルケミー》!」
《ゴーレムコア》を中心に石礫が集まり、変形してゴツゴツとした表面が若干滑らかになる。
あっという間に岩肌の大柄な人形になった。
「これでロックゴーレムの完成だ。大雑把な作業は、こいつらに任せた方が早い」
「お、おお……。凄く頼り甲斐がありそうですね」
「こいつら、足が遅いからな。現地で造った方が楽だ」
アルマは同じ手順を繰り返し、四体のロックゴーレムを用意した。
その後、大きな鉄製のツルハシを四つ取り出し、ロックゴーレム達へと渡した。
「頼むぞ、ロックゴーレム共。村内で無理言って、どうにか手に入れた貴重な鉄なんだからな」
準備が整ってから、四体のロックゴーレムを率いて《ゴブリンの坑道》の入口へと向かう。
「よし、これで万全だな。魔物は頼むぞ、メイリー」
「しかし、四体も必要だったのですか? アルマさんなら、あの真っ赤な綺麗なツルハシもありますし、錬金術師のスキルもありますから、そこまで採掘に手間は掛からないのでは……?」
エリシアが首を傾げる。
中を進んでいくと、早速左右に分かれている道があった。
エリシアは鞄から紙とインクを取り出した。
「アルマさん、地図は私に任せてください! アルマさんもご存じかもしれませんが、ダンジョン探索には、効率的に深くまで潜れるマーリン法や、分岐路を確実に把握して迷子のリスクを減らすベリア法、帰路が単純になるように動くレイゼン法が主流です。何かそういった方針があれば、教えていただけると私も地図を取りやすいです」
エリシアがぐっと握り拳を作る。
「ず、随分と気合が入っているな」
どれもアルマでさえ聞いたことがない方法だった。
恐らく、この世界が現実化した際に、住民達がマジクラの複雑なダンジョンに抗おうと編み出した方法なのだ。
「ええ、お役に立てるように改めて下調べしてきましたから! 都市の迷宮士のように、上手くは行かないと思いますが……」
「迷宮士……?」
アルマは眉を顰めた。
「……ご存じないのですか? パーティーがダンジョンで迷子にならないように、仲間を指揮する冒険者のことですよ。戦闘能力を持たなくても一流のパーティーから頼られるような、伝説の迷宮士も都市にはいると、そう聞いたことがあります」
「な、なるほど……」
この世界の住人にとって、ダンジョンでの迷子はプレイヤー以上に死活問題である。
少しでも生存率を上げるため、そのような役割にも需要が生じているのだろう。
不安げにアルマを見るエリシアに、彼は罪悪感に似た感情を覚えていた。
「主様、戸惑ってる」
メイリーは珍しいアルマの様子を、ニヤニヤしながら見守っていた。
「ア、アルマさん、その……」
「ま、まぁ、俺には俺のやり方がある。ここは任せてくれ」
「ですが……」
アルマは《アルケミー》で、土製の台車を造って地面に置いた。
「ロックゴーレム、中央に道を掘ってくれ。邪魔な土や石は、使わない通路に捨てておけ。道を塞げば、魔物が来るのを防げるしな」
四体のロックゴーレムは頷き、左右の通路を無視して中央に並んで立ち、一斉に穴を掘り始めた。
ロックゴーレムの馬鹿力の前に、どんどんと新しい通路が伸びていく。
エリシアはぽかんと口を開けて、ロックゴーレムの掘り進んだ通路に目を向ける。
「エリシア……悪い、先に言うべきだったな。地図は作成しなくていい。俺は万が一にも迷子になるのが怖いから、曲道は曲がらない。ああしてれば、その内また直進通路にも出るはずだ」
「そ、そうですか……」
エリシアはすごすごと、取り出した地図とインクを仕舞った。
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