第110話

 カルペイン討伐後、アルマは引き続き《瓦礫の士》の拠点にてロックゴーレムの製造を進めていた。

 アルマはロックゴーレムの隊列を眺めながら、笑みを浮かべる。


「できることはやったな。後は明日、奴が演説を行っているところへ乗り込むだけだ」


 アルマがロックゴーレムの数を確認しているところへ、《瓦礫の士》の長であるカラズと、彼の車椅子を押すフランカが姿を現した。


「アルマ殿よ、明日は勝てると思うか?」


「勿論だ。俺は勝てるかどうかじゃなくて、どうやって勝つのがベストかを考えている。勝つのは確定事項だ」


「どうやって勝つのが、ベストか……? それはどういうことだ?」


「権力争いは、しっかり正義を示せなきゃ尾を引くもんだからな。ゲルルフが悪魔と契約してるっつうのはわかりやすい大義名分だが、ズリングの奴らがそれを信じなかったらどうする? 不審点を残すことになったら、今度はまた別の奴らが新しい《瓦礫の士》になって、お前らを狙うようになるぞ。そうなったが最後、ずっとその繰り返しだ。そんな不毛なのはごめんだろ? だから俺は、どうやって勝つかを考えてるんだ」


 アルマの言葉に、フランカが頷いた。


「そうですね……戦いが終わった後のことまで、考えておかなければ。さすがアルマ殿です。私はそこまで頭が回っていませんでした」


 だが、カラズはアルマの言葉に引っ掛かることがあるのか、不安げな表情を浮かべていた。


「どうした、カラズ?」


「アルマ殿は、ゲルルフを甘く見過ぎだ。奴は本当に恐ろしい男である。どのような策を持っておってて、どのような手に出てくることか……。そもそも、本当に明日動くのかどうか。ゲルルフは絶対的な力を持っておきながらも、病的に警戒心が強い。もしかしたら、アルマ殿がカルペインを捕らえたことで、演説を延期するやも……」


 カラズの言う通り、ゲルルフは警戒心が強い。

 そうでなければ、わざわざ自分の手で《瓦礫の士》を立ち上げてまで、反抗勢力を一ヵ所に固めて管理下におくような真似はしないだろう。

 虫一匹踏み潰すのにも細心の注意を払う男なのだ。


 これまでの抗争で、ゲルルフがそろそろアルマの異常さに気が付き始めていたとしてもおかしくはない。

 そうなったとき、ゲルルフがどのような手を取るのか。

 カラズにはそれが不安でならなかった。


「しないさ。奴は、必ず演説を明日行う。そこで俺を返り討ちにしようとするはずだ」


 アルマはあっさりとそう断言した。


「何故そう言い切れるのだ?」


「ゲルルフは必ず、悪魔に頼った行動を取るはずだ。それが奴の最大の強みだからな。だから、あれこれと小細工を考えたとしても、最後には必ず悪魔頼みに行きつく。それで成功してきた奴なんだから、尚更だ。あいつの手札は全部見えているようなものだ。それに、臆病で賢い奴ほど、行動は読み易い。こっちは相手の手札に応じた手札を用意して、後は実戦でどういう順番で出すかってのを考えるだけだ」


 アルマも油断しているわけではない。

 ただ、アルマはマジクラ時代、プレイヤー間の戦闘であれば百戦錬磨であった。

 今回は相手の拠点もわかっており、切り札もわかっている。

 あまり派手な兵器が使えないのが厳しいところだが、相手の動きが読み易く、戦いやすい状況であった。


「そう簡単に事が進めばいいのだがな……」


「安心しろ。《瓦礫の士》の資金を使い込んじまった分は活躍してやるさ」


 アルマは自信ありげにそう口にした。


「……使い込んだだけではなく、《瓦礫の士》名義で借金もしているんですがね」


 フランカが言い難そうにそう零した。


「主様、なんか、牢に煩い人がいるらしいけど。主様に話したいことがあるって」


 メイリーが欠伸混じりに、アルマの許へと向かってきた。


「牢に、煩い奴……? 情報提供なら喜んで受けるが、名指しとはな。フランカのときみたいに、何か事情があるのかもしれん。俺が聞こう」


 早速アルマは、メイリーと共に捕虜を閉じ込めている牢へと向かった。


「おおっ! よくぞよくぞよくぞ、よくぞ来てくださったのである! 神よ!」


 カルペインは興奮げに早口でそう叫ぶと、大きく両手をVの字に掲げた。

 アルマはカルペインを見て、深く溜め息を吐いた。


 よりによって扱い難い奴だった。

 正直、尋問も既に面倒になってきていた。

 ゲルルフもよくぞこんな面倒な男を部下として重宝していたものだと、アルマは内心そんなことを考えていた。


「で……話したいことっていうのはなんだ?」


「私はっ! 心を入れ替えたのである! アナタ様のすぅばらしい錬金術の手腕、このカルペイン、深く深く深く感服したのである! 見張りは付けていて構わないのである! どうかこの私を、アナタ様の弟子にしていただきたい! 必ずお役に立ちましょう!」


 フランカのパターンかと思えば、ゾフィーのパターンであった。

 アルマはもう一度深く溜め息を吐いた。


「主様、こいつ、どうするの?」


 メイリーもうんざりした顔でアルマを見る。


「大事な決戦間際に、これ以上不確定要素を背負っていられるか。話はこれまでだ、カルペイン」


 アルマが立ち去ろうとすると、カルペインは鉄格子にしがみついた。


「お願いである、神よ!」


「それ、もしかして俺を呼んでるつもりなのか? マジで嫌だから止めてくれないか?」


「必ずお役に立つのである! 必ずっ! アナタ様のためであれば、かつての師に刃を向けることも厭わないのである!」


 アルマは頭が痛くなってきた。

 味方が増えるのは悪いことではないのだが、カルペインにしろゾフィーにしろ、もっとかつての師に刃を向けることに抵抗を持っていてほしい。

 彼らの言葉を聞いている限り、信用できる要素が何一つない。


「ゲルルフ様はきっと、私の錬金生物に対して、アナタ様ほど上手くは対応できないのである! まずは私が初手でストーンイーターを放って、都市ズリングを滅茶苦茶にしてみせるのである! アナタ様は、その間に攻め込めば……!」


「だから増殖系の錬金生物はルール違反だっつってんだろ! 気軽に戦闘に持ち込んでいいもんじゃないんだよ!」


 確かに固定された拠点は、増殖系の錬金生物に対して無力である。

 ゲルルフも充分な対策を持っていない可能性が高い。


 ただ、何か事故が起きれば都市ズリング自体が地図から消し飛びかねない代物である。

 そうでなくても放った錬金生物が都市に大きな被害を与えれば、住民からの反感を買うことにも繋がりかねない。

 ただでさえ権力者が挿げ替わる争いは禍根を残しやすいのだ。


「制御する能力もない癖に、爆弾ばっかり作りたがるんじゃない!」


「ですから、アナタ様が制御の術をご教示くださればよいのである! どうか私にレミングコマンドとやらを授けてくだされ! お願いである……!」


「正体を現しやがったな! お前は二度と錬金生物を作るな! 結局レミングコマンドが知りたいだけだろうが! 誰がお前みたいな歩く爆弾に、余計な技術を与えるか!」


 アルマはそう怒鳴ると、カルペインの牢の前から去った。

 メイリーもそれに続く。


「待つのである! 神よ、神よ! この無知なカルペインに、どうかご教示を……! わかったのである! 絶対に使わないから、レミングコマンドを教えてほしいのである!」


 カルペインが鉄格子をがっちりと掴みながら、声を枯らす勢いでそう叫び続ける。

 メイリーは煩そうに耳を押さえていた。


「ああいう恐れ知らずの馬鹿の相手をするのが一番厄介なんだ。ゲルルフがカルペインタイプじゃなくて心底よかった」


 アルマは早足で歩きながら、そう口にした。


 カラズと話していたことである。

 臆病で賢い奴ほど、行動は読み易い。

 恐れ知らずの馬鹿ほど、何をしでかしてくるのか本当に予想がつかないのだ。


 アルマは特に、カルペインが実験と称してストーンイーターを放ったことを恐怖していた。

 もしアルマが対応せずにあの場を離れていた場合、ズリングの都市機能が停止して、ゲルルフだの抗争だの言っていられる状況ではなくなっていた可能性が高い。

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