第111話

 ゲルルフの演説当日。

 都市ズリングの庁舎であるゲルルフの塔の前に、人だかりができていた。

 アルマはその民衆に紛れ、灰色のローブで身を包み隠していた。


「こいつは凄いな」


 アルマは周囲を見回し、他人事のように呟く。

 一万人近い群れであった。

 都市ズリングの中央部で暮らしている人間が一斉に集まってくるとは聞いていたが、実際目にするとその人の数に圧倒される。


 ゲルルフの塔に設置された、巨大なテラス。

 そこに護衛のための十人の兵と、四体のゴールドゴーレムが並んでいた。


 テラスに敷かれた真っ赤な絨毯。

 そこを歩き、一人の男が姿を現した。


 白髪の片眼鏡を付けた人物だった。

 藍色の布地に赤の刺繍が入ったローブを身に纏っており、手には黄金色の大杖があった。

 民衆の方へと目を向けると、杖の尾を床へと打ち付ける。


「ズリングの皆……此度もこうして私の許に集まってくれたことを、嬉しく思う」


 熱狂的な拍手が巻き起こる。

 男が杖を掲げると、拍手がすぐ疎らになっていき、万の民衆が静かになっていた。


「へぇ、あれがゲルルフなんだ。なんだか随分と人気みたいだね」


 アルマの傍らのメイリーが、ローブの上部を持ち上げながらゲルルフを見上げる。


「《支配者の指輪》の力もあるだろうが……悪魔の力で都市を導いてきたのも事実だからな」


 年齢は三十歳ほどに見えるが、ズリングの統治自体、三十年近く続けているという話であった。

 これまでのゲルルフに纏わる話を聞くに、悪魔の力を借りて造ったアイテムを用いて若さを得ているのだろう。

 実年齢は百を超えるはずだ。


「特に都市中心部に住んでる奴らは、ゲルルフの恩恵を強く受けている連中だ。……と、同時に、定期的に指輪を用いた演説で洗脳を受けてる」


「それって、指輪壊したからって簡単に抜けるものなの?」


「指輪を壊せば、抱いていた畏怖の感情の反動で大きな違和感が生じて、それがゲルルフの仕業だとわかれば、不審や怒りには繋がるはずだ。指輪頼みだったら、な」


「どういうこと?」


「だから言っただろう? 悪魔の力で都市を導いてたのも事実だってな。ゲルルフが指輪に甘えてる奴なら話は早いんだがな」


 アルマはそう言って、ゲルルフへと顔を向けた。

 大杖を持つ手に、青黒い輝きが見えた。

 《支配者の指輪》である。


 大杖を掲げたり、床を尾で叩いたりして間を計る振りをしながら、指輪を民衆に見せつけているようだ。

 テラスの高さといい構造といい、効率的に《支配者の指輪》の効力を発揮するために造られたもののようだ。


「この世界は多くの魔物災害に苦しめられている。一年の内に、どれだけの村落が失われ、どれだけの命が潰えていくことか……。無尽蔵に現れる、強大な力を有する魔物共。奴らに対して、我々人類はあまりに無力である。かつてはこのズリングも、大きな魔物災害が起こる度に千もの犠牲者が出て、何度も壊滅の危機に晒されてきた。だが、それでも人類は手を取ることをせず……弱者から切り捨て、権力者は何の対策も行わず、ただ我が身を守り、私欲を貪ることのみに傾注した。私は、それが許せなかった。何か自身にできることはないのかと、必死に模索した」


 ゲルルフの演説が始まった。

 テラスからは距離はあったが、声はしっかり届いてきている。


 《遠響の指輪》に《ルーンストーン》を用いて《特性強化》を付与して効果を強化したものだと、アルマにはすぐにわかった。

 《遠響の指輪》は名前の通り、自身の声を遠くまで響かせるものである。

 このような場での演説には必須のアイテムであるともいえる。


 マジクラにおいては、周囲一帯のプレイヤーへと呼び掛けるためによく用いられる他、獣や虫に呼び掛けて操るスキルの効果拡大のために使われる。

 また、複数のプレイヤーがいる場で隠れて大声で歌を歌ったり、下品な言葉を連呼したりと、荒らし目的に用いられることも多々あった。


「か弱い人類が魔物から身を守るために、何ができるのか? 剣を磨くことか? 魔法を磨くことか? いや、それでは限界がある。いくら個が武力を磨こうとも、その上限は才に依存する。それに一人が力を付けたとして、いったい何人を守ることができる? 私は錬金術こそ、大勢を救う術であると考えた。この都市を変えるには、錬金術によって物に溢れた裕福な暮らしを実現し、魔物から都市を守るための設備を作ることこそが必要であると! 鍛え抜いた戦士であっても、オーガの一撃には耐えられない。だが、このゴールドゴーレムであればオーガの拳を受け止め、人々を守ることができる! ゴーレムを造り出せば、そのゴーレムが結果的には百人以上の人々を守ってくれる! 私が百のゴーレムを造れば、万の人々を守ることができる! いや、それだけではない。私が啓蒙し、後継の錬金術師を育てれば、もっと多くの人々を守ることができるのだ! その理念を掲げ、私はこれまで一心に行動してきた。そうして事実、このズリングは変わったのだ!」


 アルマは周囲に目をやった。

 皆、心酔しきった目でゲルルフを見つめていた。

 《支配者の指輪》がゲルルフのカリスマ性を作り出していることは間違いないが、それだけとは思えなかった。


「……カラズからゲルルフについては聞いていたし、想定はしてたが、ちっと面倒だな」


 アルマは溜め息を零した。


「これは私の力……ではない。私という男を信じてついて来てくれた、このズリングの民全ての者達の力だ! 私個人には何の力もない。ただ錬金術を少し嗜んでいただけの、ただの理想を夢見る青年であった。錬金術師は、資材がなければ何をすることもできない。他者の理解があって、人の輪の相互扶助が行われ、そうして初めて意味を成す技術なのだ。そう、人類が手を取り合うこと、それこそが魔物の蔓延るこの世界に、立ち向かう術であったのだ。こうしてズリングを守れるだけの力を付けたのは、青臭い私の理想に、皆がついてきてくれたからに他ならない! 誰もが、他者を守りたいと願っていた。その皆の願いが、私というちっぽけな男をここまで導いてくれたのだ!」


 拍手と歓声が巻き起こる。


「よく言ったもんだ。お前を信じた人間がいたのは、悪魔の指輪のお陰だろうに。つまるところ、お前が信じてるのは悪魔の力だけだ」


『おい……奴を倒すのか、アルマ? 我には、ゲルルフが純粋な悪党であるとも思えなくなってきたぞ』


 《龍珠》の中から、クリスがそう口にした。

 アルマは《龍珠》を仕舞っている《魔法袋》へと、しっぺをお見舞いした。


「お前に指輪の効力は働いてないだろうが。散々奴の悪事を見聞きしておいて、つまらん綺麗言に流されるな」


 《支配者の指輪》は、その存在を前以て知ってさえいれば、自身に沸き上がった畏怖や敬意に違和感を持ち、その効果を払い除けることができる。


『むぅ、し、しかし……』


「いいか、クリス。本当に都市のこと考えてたなら、悪魔に頼らないし、生贄も捧げないし、弱者を外側に追いやってこき使うような真似もしない。なんとでも言える、聞こえがいいだけの言葉に踊らされるな」


『そんなばっさりと……』


「クリスって、主様よりよっぽど人間らしーよね」


 メイリーが欠伸交じりにそう口にした。


『む、むむむ……メイリー様まで……。まぁ、アルマと比べられれば、その評価も仕方がないが……』


 アルマは《魔法袋》を音を立てて強く叩いた。

 周囲の民衆が、驚いてアルマへと奇異の目を向けていた。


「第一な、善良な都長が俺に暗殺部隊仕向けるわけねーだろ」


『……まぁ、結局お前が動いたのはそこであるわな』


「もっともそんなことする奴、仮に善良な都長様だったとしても容赦しないがな」


 アルマはゲルルフを睨んだ。


「でも、この様子を見て、主様が妙に警戒してた理由もわかったよ。確かに天空艇ぶつけて塔ごとぶっ飛ばしたら、ちょっと尾を引きそうかも」


「だろ?」


「それで……できるの? 尾を引かないように?」


「そのための準備と情報収集だ、抜かりはない。後の面倒なケアは、噛ませた《瓦礫の士》が喜んで押し付けられてくれるしな」


 アルマは不敵に笑った。

 クリスはそれを聞いて、深く溜め息を吐いた。


『……心強くて何よりである』

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