第13話

「よし……出来た」


 侵入者のハゴンを追い出した後、アルマは《幻植夢樹の書ヴォイニッチ》を用いて新しい芋を造り出していた。

 見栄えの悪い、ゴツゴツとした大きな芋であった。


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《グロー芋》[ランク:1]

 錬金術によって生まれた、非常に成長性の高い芋。

 また、様々な土地で育つ強さを持ち、条件さえ整えばゴミ捨て場で育つことも珍しくない。

 味は薄く硬いが、様々な食糧難の地を救ってきた英雄。

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 アルマは《ブック》を用いて一応の確認を行い、出来上がったものが目標の《グロー芋》であったことを再確認する。


 表示ランクは低いが、ランクは入手難度や希少性、含有魔力によって決定されるものである。

 それなりの錬金術師でなければ作ることはできないし、真価を知れば何を犠牲にしてでも手に入れたがる者はいくらでもいるだろう。

 しかし、《グロー芋》は自然発生こそしないが最初の種芋さえ錬金術で作ってしまえば、増やすこと自体は難しくない。

 含有魔力も低く、故にランク1とされているのだ。


「主様、《黄金芋》があったのにどうしてこんなの造ったの?」


 メイリーが不思議そうに尋ねる。


「《黄金芋》は繊細だから、一般人に育てさせるのは無理だ。これなら誰が作っても一週間で収穫まで行うことができる」


 まずは急激な成長速度を持つ《黄金芋》で即日の結果を出し、手っ取り早い信頼を得たかったのだ。

 食糧難自体の解決は《グロー芋》を用いるのが一番だった。


 また、一週間とは普通の人間が育てた場合のことで、錬金術師の成長促進スキルを用いれば、《黄金芋》ほどではないがもっと早く収穫を行うことができる。

 村に広まってからスキルを使って回るのも悪くないだろう。


 マジクラでも食料問題は序盤の壁である。

 出現地点の資源に恵まれなかった初心者が、復活と餓死を繰り返しながら必死に畑を耕すのはマジクラあるあるであった。


 中級者になると、食糧確保の手段としてまず《グロー芋》の量産に掛かるようになる。

 食料にも従魔の飼育や懐き度調整、売却やバフ効果のある料理、変わり種の武器や薬の材料と、様々な使い道がある。

《グロー芋》にそれらの期待はできないが、手軽に量産できる食料としては間違いなくマジクラ最強のアイテムであった。


「にゃるほど、しゃしゅがあるじしゃま」


 メイリーは蒸かした《黄金芋》を頬張りながら口にした。


「食べながら喋るんじゃない」


 アルマは指を伸ばし、メイリーの額を小突く。

 メイリーはごくりと口に含んでいた芋を呑み込む。


 アルマは一日掛けて《グロー芋》を増やし、エリシアを仲介に挟み、彼女と共に村人へと《グロー芋》の種芋を配った。

 家を回るつもりだったが、数件回ったところであっという間に人だかりができていた。


「ふっ、二日もあれば、これは育ち切るというのですか!」

「そんな夢のようなことが……」

「いや、この御方は、たったの数時間で畑を作り上げていたぞ! ヴェインのような、似非錬金術師じゃない、本物の救世主だ!」


 村人達は大騒ぎだった。

 アルマはその様子を楽しげに眺めていた。


「本当に、アルマさんは凄い人だったのですね。しかし、ロクな対価も出せないのに、ここまでよくしてもらって……どうお礼をすればよいのか……」


 エリシアが申し訳なさそうにアルマへと言った。


「なに、俺も餓死するところを助けてもらったんだ。いくら礼をしたって足りないくらいだ。それに、メイリーと当てもなくフラフラと二人旅するのも、なんだか寂しかったんでな」


 アルマはそう答える。

 それに、自分の手で村が潤っていくのを見ているのは楽しかった。


「必要なら、俺の家に来れば肥料を配る。だが、代わりと言っちゃなんだが、古い農具や窯をもらえれば嬉しい。金属が不足していてな」


「任せてくださいアルマ様! 儂の家中にある鉄を削って持っていきます!」


 白髪の老人が、拳を構えてそう叫んだ。

 他の村人達もそこへ同調していく。


「……お、おう。その、使うものは置いといてくれよ」


 手持ちを配り終えた後、アルマはエリシア、メイリーと共に歩いていた。


「人助けは悪くないものだな。気分がいい」


「ありがとうございます、アルマさん。ここの村は壊滅寸前だったのに、皆さん、すっかり幸せそうです。ヴェインに従う人間も、既に減りつつあると聞いています」


「そうだな、正直もう解決したようなものだと思っている。……ただ、そこが不安点なんだけどな」


「えっ……?」


「ヴェインは何でもやる奴だろ? アイツも、追い詰められている自覚はあるはずだ」


 ヴェインは何せ、即日に泥棒を仕掛けてきたような男だ。

 短絡的で考えが足りないが、行動力が恐ろしく高い。

 欲深く、障害物を排除するためには手段を選ばない、そういう人間だ。


「短絡的な馬鹿ほど、敵に回すのが厄介なこともある。特に追い詰められた奴は、平気で相手を巻き込んで自爆できるからな。俺も、それで何度か殺されそうになったことがある」


 エリシアが息を呑む。


「アルマさんは、死線を何度も潜ったことがあるのですね……」


「……まあ、な」


 アルマは言葉を濁し、エリシアから視線を外す。


「すいません、あまり触れて欲しくはないことでしたか。アルマさんほどの錬金術師であれば、気軽に話せない過去の一つや二つはお有りですよね……軽率でした」


 エリシアが頭を下げる。


「そうじゃないが……」


 ……無論、アルマが死線を潜ったのはマジクラ内の話である。

 詐欺行為を繰り返して成り上がったプレイヤーの要塞を叩き潰した際に、《終末爆弾》の詰まった収納箱を抱えての自爆特効を試みられたことがあった。


 マジクラにおいて、最終的には造ったり守ったりするより、ぶっ壊す方がずっと簡単なのだ。

 失うもののない上位プレイヤー程恐ろしいものはない。

 他にもPKプレイヤーの連合を敵に回して二十の機動要塞に囲まれたり、訪れた都市ごと爆破されたりと、《天空要塞ヴァルハラ》の中で最強格の魔物の召喚儀式を勝手に行われたりと、悲惨な出来事は数えていけば切りがない。

 最強プレイヤーであったアルマでさえ、他プレイヤーの逆恨みとクソ仕様を追加していく運営の悪意を前に《天空要塞ヴァルハラ》を守りきれたのは、奇跡のようなものだった。


 確かにあのときは必死だったが、エリシアの想定とは大きくズレているので、アルマを歴戦の勇者と信じている彼女には一抹の罪悪感があった。


「うん、まぁ、そういうことでいいか……」


 アルマは曖昧に頷いた。


「だが、ヴェインもそうだが……未だにほとんど動きを見せない、領主のハロルドも怖いな」


「……ハロルドは、先代領主を毒殺したという噂もあります。ですが、裏で嫌われているヴェインと違って、ハロルドに関しては、村では未だ彼に心酔している人が多いんです。ヴェインは嫌いだが、ハロルド様はヴェインに騙されているだけに違いないと……そう信じている人もいます」


「なるほど、どう動いてくるのがわからない人間が一番怖いな」


 アルマは下唇を噛み、溜息を吐いた。


 村最大の権力者であり、ヴェインと結託しているハロルドが最も厄介な相手になることは間違いない。

 それに、アルマはヴェインの言動に、引っ掛かるものを覚えていた。


 ハロルドがその気になれば、初日にアルマを追い出すことも容易かったはずだ。

 傷は深まったが、今日それを試みてもおかしくはない。


 ヴェインは短絡的でわかりやすいが、ハロルドは正反対なのだ。

 全く動かないので、何を考えているのかわからない。


 アルマは自分でも、この村での功績は大きなものだと認識している。

 食糧難の解決は村最大の課題であった。

 この期に及んで全く動かないのは、今の地位を捨てることにも直結しかねない。


「黙って指咥えて見ててくれるのは嬉しいが、さすがに不気味だな」

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