第12話

「……なるほど、ヴェインの命令で忍び込んだわけか」


 アルマは侵入者を縛り上げ、床の上で正座させていた。


「は、はい、そうです……」


 侵入者の男、ハゴンは、俯きながら弱々しくそう答える。


 アルマは深夜、ハゴンの叫び声で目を覚ましたのだ。

 起きて火を灯して部屋内を照らせば、土砂に埋もれるハゴンが目に付いたのだ。

 引っ張り出して縛り上げ、今に至る。


 収納箱は見かけ以上にアイテムが入る便利アイテムだが、扱いを誤れば大きな事故に発展しかねない。

 安全に使うためにはちょっとしたコツが必要なのだ。

 今その余裕はないが、アルマが《天空要塞ヴァルハラ》で使っていた収納箱には、万が一の事故に備えた安全装置が施されていたくらいである。

 ハゴンがよくわかっていないままに暗がりで手探りで開けたため、収納箱から錬金術に用いようとしていた素材が溢れ出したようであった。


「ヴェインめ、思ったより直接的な妨害に出てきたな。見張りでも置いた方がよさそうだ」


 アルマは顔を押さえ、溜息を吐いた。


『ねえねぇ、主様。コイツどうするの? ボク、眠り邪魔されてすっごいムカムカしてるんだけど』


 純白の子竜が、ふわふわとアルマの周囲に飛ぶ。

 メイリーである。眠るときは《人化》を解除しているのだ。


「そうだな、喰っていいぞ」


「ひっ、ひい!」


 ハゴンが悲鳴を上げて身を捩る。


『ボク、そんなマズそうなの食べないよ』


 メイリーがムッとしたように思念を放つ。

 美味そうだったら食べたのか、とアルマは心中で突っ込みを返した。


「なんでお前は、あんなのに従ってるんだか。金か?」


 ハゴンは沈黙する。


「メイリー、こいつで美味しいパイを作ってやる。《錬金炉》は料理だってできちまうからな」


『本当っ!?』


 メイリーが宙を舞って、翼を嬉しそうに羽搏かせる。

 

「か、家族の生活を保障されている! そういう面で優遇されていないといえば嘘になる! だ、だが、ヴェイン様はこの村の英雄だ! あの人がいなければ、この村は今頃どうなっていたか……」


「英雄、ねえ。村の織物や貴金属を片っ端から都市で換金させて私腹を肥やしたり、毎晩若い娘を要求したり、随分と好き放題やってるらしいじゃないか」


「そ、それは……」


 アルマは深く息を吐き、頭を掻いた。


 捕らえたからといってどうこうはできない。

 ハゴンはここの村の支配者であるヴェインとハロルドの手先なのだ。

 向こうの方が村での信用も厚い。

 この話をネタにヴェインを追求してもシラを切られてお終いだ。

 下手に攻めれば、むしろアルマが信用を失うことに繋がりかねない。


 それに何より、アルマはハゴンの様子を見て、彼を責める気力を失ってしまっていた。


「チッ、止めだ。これ以上、お前を苛めても楽しくなさそうだからな」


 アルマは《魔法袋》から、縄を切るための鋏を取り出す。


『ええっ! このまま解放するの!? ボク起こされたんだよ! せっかくぐっすり寝てたのに!』


 メイリーがアルマの周囲をぐるぐると飛び回る。


「俺だって折角整理した収納箱の中身をぶち撒けられたんだよ。だが、こいつをどうこうしても仕方ないだろう。収納箱の恨みは、依頼人のヴェインにきっちり返してやるさ」


 アルマはそこまで言って、ふとあることを思いつき、顎に手を当てた。


「そうか、追求しなきゃシラを切られることもないのか」


『うん……?』


「ハゴン、悪いがお前を解放するのは、明日の朝にさせてもらうぞ」


 朝、アルマは《爆音玉》を小屋の外に投げつけた。

 殺傷能力皆無で、主に音で魔物の気を逸らすために用いられるアイテムであった。

 効果が薄く実用性は低いが、故に簡単な素材で造ることができる。


 パアアアンと、大きな音が外から鳴る。

 狩りや農作業、家事のため、朝早くから外に出ている村人達は多い。

 関心を惹くには充分であったはずだ。


「なっ、なにー! お前はヴェインの部下のハゴンで、ヴェインの命令で俺の小屋にコソ泥にやってきた男だとー! 許さん、とっちめてやる!」


 アルマは窓の外へとそう叫んだ。


「……主様、演技ヘタクソ。棒読みだった」


「大事なのは声量と状況だからいいんだよ」


 メイリーが床に押さえ付けていたハゴンから退いて、彼を解放した。


「ほら、主様がもう行っていいって!」


「…………」


 ハゴンは身を縮め、いそいそと外へ走っていった。


「な、なんだ……?」

「あれは、ヴェイン様の部下のハゴンじゃないか。何故、こんな早朝に、流れ者の小屋から?」


 外から噂話の声が聞こえる。


「よし、これでいいな」


 アルマは扉を開けてハゴンの背を眺めていたが、ニヤリと笑いながら扉を閉めた。


 これでヴェイン相手に実のない言い争いをする必要もなくなった。

 村の中で、ヴェインがコソ泥を仕掛けたという噂が流れてくれるはずだった。


 ヴェインもわざわざ悪評を撒かれたとは騒がないはずだ。

 そんなことをすれば、自分の悪評を広めるようなものだからだ。

 それにアルマは、あくまでコソ泥を追い返しただけなのだ。


 今は小さくても信用を重ねていくのが重要だ。

 少しは自分達に有利な流れができるだろう。


「さて、今日のノルマを熟さないとな」

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