第46話

 ゾンビ達を地下に移し、彼らの食糧事情が保障されたところで、アルマはハロルドの村へと戻ることにした。

 《魔導バイク》に跨り、メイリーを背に乗せる。

 そして見送りに出て来たミーアと、その母親であるリニアへと顔を向けた。


「俺達の村に来てもいいんだが、ここに残るのか?」


「はい、他の人達がやっぱり不安ですし、私と母はここに残ろうと思います」


 ミーアが笑顔でそう答えた。


「ええ、アルマさん、本当にありがとうございました」


 リニアが頭を下げる。


 アルマはこの村に魔物が寄ってこないように《タリスマン》も設置してあるし、加えて万が一に備えてミーアの命令を聞くようにアイアンゴーレムを三体、現地の家屋から書き集めた鉄で造り上げている。

 二人だけで残っても、魔物や盗賊の心配はいらないはずであった。


「ま……そういうのなら、仕方ないか。ちょいと時間が掛かるかもしれないが、なるべく早い内に戻って来る。あまり時間を置くと、《神秘のポーション》でも手遅れになるかもしれないからな」


 アルマはそう言うと、《魔導バイク》を発信させた。

 しばらく走ったところで振り返る。

 まだ手を振るミーアの親子が見えたため、アルマは手を振り返した。


「主様、ボク、とっととシャワー浴びたい……。ネクロスの腐臭がする……」


「はいはい、わかってるよ」


 アルマはメイリーの言葉に、笑いながらそう返した。


『なぁ、アルマよ、犠牲者は一人も出ておらんのか?』


「全員ゾンビ化していたからな。マンフェイスみたいなタイプの魔物じゃなきゃ酷いことになっていた。戻せさえすれば、全員無事だ。戻せさえすれば……な。だが、ぶっちゃけあの数だと、滅茶苦茶金が掛かる。そもそも、あの村にあるだけじゃ素材が足りないだろうよ」


『で、では見捨てるつもりか!』


「探すに決まってるだろ。そのために時間が掛かるって言ってたんだから」


『そうか、それはよかった……』


 アルマの言葉に、クリスは安堵したように答える。


「お前……案外、感性豊かな奴だな」


『な、なんだと! ニンゲン如きに情など湧くものか! ただ、あの村は悲惨な状況であったから、助かると知って少しほっとしただけである!』


「それが情が湧くというんじゃないのか……?」


 アルマは首を傾げた。


『……なぁ、アルマよ。貴様でも、他の錬金術師との接触は怖いものなのだな。少々意外であったぞ。貴様はもっと、怖いもの知らずだと思っていた。蓋を開けてみればただの三下であったようだが、もうあのような悪しき錬金術師とぶつからなければいいのだがな』


「しかし、ネクロスがチョロい相手でよかった。三流錬金術師の分際で、なかなか痒い所に手の届くアイテムを溜め込んでくれてるじゃないか。特に《怨魂石》がタダで手に入ったのは本当に大きい。錬金術師同士の抗争は、実入りがいいからありがたいことだ」


 アルマは悪い笑みを浮かべ、口笛を吹いた。


「もっと狡猾な奴だと、収納箱に爆弾仕掛けたり、それを解除する条件として見逃すように要求してきたりするからな。何の準備もない、行き当たりばったりな奴でよかったよ。ネクロスの溜め込んだ鉄のインゴットもまだあの村に置いたままだし、とっとと取りに戻ってやらないとな。運搬手段も考えておかないと」


『…………』


 嬉しそうにそう語るアルマを前に、クリスは押し黙った。


「……と、今、何か言いかけたかクリス?」


『……なんでもないわい。そうであったな、貴様はそういう奴であった』


 クリスは深く溜め息を吐いた。


 村に戻ったアルマはハロルドの館へ向かい、彼へと村であった一部始終を話した。


「ということでだ、ハロルド。無事にネクロスは倒したが、圧倒的に《神秘のポーション》の材料が足りない」


「……事情はわかったよ。しかし、今更いちいち驚いてはいられないけれど、一日で戻ってきて、錬金術師を倒して村を救ってくるなんてね……。さすがアルマ殿、としか言えないよ。それで、その《神秘のポーション》は何個くらい必要なんだい?」


「多目に見て二百個くらいだな。足りなかったら可哀想だし」


「それは一つどれくらい掛かるものなんだい?」


「一つ五十万アバルくらいかな? 二百個だから、一億アバルは必要だ」


「……え、あ……はい……? いいい、一億アバル……?」


 ハロルドが瞬きして、くらりと眩暈を起こしたように、その場に倒れそうになった。

 慌てて兵士が彼の身体を支える。


「しっかりなさってください、ハロルド様!」


「ア、アルマ殿、僕の家のもの全部売り払っても、一千万アバルにもならないんだよ……?」


 アバルというのはこの大陸で使われている通貨である。

 マジクラでは聞いたことのない貨幣であったが、アルマはこの村で生活する内にすっかりと馴染んでいた。

 マジクラでは世界のどこでも一律でゴールドという貨幣だったが、現実化した際に変化が生じていったようであった。


 だいたい一食に掛かる費用は四百アバルほどであった。

 物価が色々と異なるため一概にはいえないが、だいたい一円は一アバルに等しいという認識でアルマはいる。


「大丈夫だ、ハロルド。《神秘のポーション》は直接買えば五十万アバルほどだが、俺が材料を集めて自分で造れば、二十万アバル見ておけばお釣りが出るくらいだ。四千万アバルもあれば大丈夫だろう」


「そ、それでも、膨大な額だよ……。確かに見殺しにする訳にもいかないけれど、とてもこの村からすぐに出してあげられるような額じゃない。そのことはアルマ殿もわかっているはずだよ。確かにアルマ殿なら、時間さえ許せば都市部でアイテムを売って、四千万ゴールド用意するのは難しくないだろう。だけれど……」


「まあ、任せてくれ。どうせ材料を買い集めるために都市には行かなきゃいけない。さっと行って、ついでに四千万ゴールド造って来るさ」


「そんな気軽に……」


「それに、都市も見ておきたいんだ。俺はこの大陸を全然知らなくてな。どの程度、魔法や技術があるのか、どうにもチグハグではっきりと掴めていない。その齟齬を慣らしておきたいんだ」


 アルマの遊んだマジクラの世界とこの世界は、絶妙に異なる。

 細かい文化も、一つ一つ確認していけば把握しきれないくらいに差異がある。

 ネクロスがどの程度のスキルを扱えるか全く把握できなかったのも、アルマがこの世界の文明に明るくなかったところが大きい。


「ということは……また、村をしばらく留守にするんだね」


 アルマは頷いた。


「必要なことなんだ。少し準備をしたら、すぐに都市へ向かわせてもらう。ゾンビ化した村人をほったからしにして来てるから、あんまり悠長な真似はできないんでね」

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