第104話

 アルマが《瓦礫の士》と、その長であるカラズと協力関係を結んでから一日が経った。


 アルマはズリングのスラムにある《瓦礫の士》の地下拠点にて、カラズの部下に資材を集めさせてロックゴーレムを量産していた。

 アルマは地下拠点を勝手に改造して拡張と壁の強化を行っていた。

 ロックゴーレムを素早くローコストで量産するために、ロックゴーレム専用の巨大練金炉まで並べている。


「石でも金属でもなんでもいい! 使えそうな素材を掻き集めてきてくれ! 魔石も頼むぞ、魔石も! 金に糸目はつけるな、カラズが支払ってくれる! どうせゲルルフにはバレるから好きにやっていいぞ! ゲルルフの兵が来たら撤退して場所を教えろ、メイリーを嗾ける!」


 アルマは大声で叫びながら拠点を歩く。

 既に保管庫には、五十体以上のロックゴーレムが並んでいた。

 酷使されたカラズの部下達が、ぐったりとした表情で床に座り込んでいる。


「ア、アルマ殿……その、やり過ぎでは……? 別にそんな、カラズ様が資金を蓄えているわけでもありませんし、何よりアルマ様が直接ゲルルフを叩くため、《瓦礫の士》の戦力自体には期待していないというお話だったのではなかったのですか?」


 フランカが戸惑ったように口にする。


「別にやり過ぎることはないだろう。そりゃ肝心なのは俺がゲルルフを倒せるかどうかだから、確かに機動力に欠けるロックゴーレムに大した意味はない。量産ゴーレムで囲んで拘束できるほどヤワじゃないだろうよ」


「だったら……えっと、ここまでしなくても……」

 

「だが、できることは全て限界までやっておくべきだろう。制圧しきれなかったゲルルフの部下に足を引っ張られるかもしれんし、こっちに余剰戦力があればそれだけできることも増える。ゲルルフは悪魔のアイテムをいくつも持っている。はっきり言って、俺が今回負けたら《瓦礫の士》は絶対ゲルルフに勝てないぞ」


「そ、それは……」 


 フランカは口籠もりながら周囲へ目をやる。

 皆虚な目をして、せっせせっせと資材を運んでいる。


「フランカよ、アルマ殿の言っていることは正しい。儂はアルマ殿に、儂の持っている全てを賭ける。場所も人員も、資材も資金も、全てアルマ殿に託そう」


 カラズがそう口にした。


「カラズ様……」


「……正直、アルマ殿に賭ける以外ゲルルフを倒す術はないと言われるがままにしていたら、非常時の資金も全て崩してしまった。繋がりのあったズリングの資産家にも無理を言って多額の借金をしている。今更引き返すわけにもいかん。もしも明日アルマ殿が敗れたら、もう《瓦礫の士》を今の幹部で立て直すことは不可能であろう。負債の補填もしようがない以上、儂が自決して責任を取ることになる」


 カラズの額からは冷や汗がだらだらと垂れていた。


「カラズ様!?」


 フランカが悲鳴のような声を上げる。


「な? カラズは俺を信用して任せてくれてるんだ。フランカ、お前ももう少し俺を信じて……」


「もう少し手心を加えてください! あの、これ別に、あったらいいかなくらいの戦力なんですよね!? 主戦力でもなんでもない、間違いなく持て余すだろうなって感じの……! じゃあ、もう、ここまでやらなくていいじゃないですか! カラズ様がここまで余裕のない表情をしているの、初めて見ました!」


「あのな……フランカ、保険は使わないことに意味があるんだ。使わなかったから損、じゃない。そういう考えでは生き残れないぞ」


「で、でもカラズ様、この一日で十年は老け込んだようなお顔をしていますよ!」


「話はそれだけか? だったら俺は、現場の指揮に戻るが……」


 そのとき、錬金炉の方で人の倒れる音がした。

 目を向ければ、ゾフィーが床に這っている。

 小さな背が痙攣していた。


「ゾ、ゾフィー!? 大丈夫ですか!」


 フランカが慌ただしく彼女の許へと駆け、抱き起こした。


「ふ、副隊長さん、フフフ……ゾ、ゾフィーは、限界みたいです……。魔力と体力が、もう、残っていなくて……」


「おいゾフィー、しっかりしろ!」


 アルマも慌ててゾフィーの許へと駆け寄った。


「アルマ様……ごめんなさい、ゾフィー、アルマ様のお役に立てましたか……?」


「ゴーレムはなんとしてでも今日中に八十体は用意するんだ! まともな錬金術師は俺とお前だけなんだから、こんなところで倒れるな! 大丈夫だ、《魔力のポーション》はまだまだ用意しているからな!」


 アルマはそう言うと、《魔法袋》より瓶に入った青い薬を取り出した。

 それを見たゾフィーの表情が歪んだ。

 大きな目に涙が滲んでいる。


「あのぉ、アルマ様ぁ……お言葉ですけど、それ、なんだか魂絞られてるみたいで、好きになれないんですよぉ……。本当にもう、あの、少し休んだら復帰しますからぁ」


「大丈夫、大丈夫だ!」


「いえ、あの、ゾフィーが大丈夫かどうかを判断するのはゾフィーなので……」


「全部終わったら弟子にしてやるから! な? そう言ってただろ? 頼むぞゾフィー、頼れるのはお前だけなんだ!」


 アルマがゾフィーの肩を必死に揺する。

 ゾフィーの華奢な身体が、アルマの腕の動きで大きく揺れる。


「やっぱり主様の方が、ゾフィーなんかよりよっぽど危険人物が気がするけど……」


 様子を眺めていたメイリーが、溜め息交じりにそう口にした。


「いや、俺は必要な準備をしているだけだからな! 確かに人材不足でゾフィーの負担がちょっとばかり重くはなったが、準備不足で敗れでもしたら、そっちの方が大問題なんだぞ!」


 マジクラでは何かを為す前に、準備が十全でないことなどあってはならないのだ。

 最悪を想定した上で保険を用意するのは当たり前のことである。

 中途半端な準備でたまたま成功したとしても、そんな勝利は長くは続かない。

 その先のもっと重要な戦いで大失敗をして、全てを失うことになるだけなのだ。


「ゾ、ゾフィー、弟子……アルマ様の……」


 ゾフィーが呻き声を上げながら腕を伸ばす。


「むっ、無茶しないでくださいね、ゾフィー!」


 フランカが必死にゾフィーへとそう呼び掛ける。

 何故かゾフィーを毛嫌いしていたはずのフランカが一番彼女の身を案じているという状況になっていた。

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