第113話

「……今のでくたばってくれれば楽だったのだがね。やはり、そう簡単にはいかないらしい」


 ゲルルフがアルマを睨み付ける。

 ゲルルフの部下達も、弓を構えてアルマを狙い続けていた。

 隙を見て、また毒矢を打ち込む狙いのようだ。


「性懲りなく現れたな、テロリスト共め! この私が悪魔に関与している? 妄言を吐いて民を惑わせ、この私の命を狙おうとは! この世界という理不尽に苦しめられている人々を救おうとする私の理想を邪魔立てするとは、お前達の所業の方が、よほど悪魔のそれに近しい!」


 ゲルルフが《遠響の指輪》を用いて声を響かせ、芝居掛かった口調でそう叫んだ。

 声を聞いた民衆達が、ゲルルフの言葉に同調して湧いた。


「そうだそうだ!」

「お前達は、自分がゲルルフ様を蹴落としたいから破壊工作を行っているだけだ!」

「外周の住民が虐げられてる? そんなもん、俺達の知ったことか! 巻き込むんじゃねえ!」


 《瓦礫の士》への暴言が飛び交う。

 ゲルルフはその様子を見て、満足げに笑みを浮かべ、アルマを見た。 


 兵が再び毒矢を射ろうとする。

 だが、ゲルルフは手を上げてそれを止めた。


「……アルマ、少し話をしようじゃないか。お前もわかっているはずだ。ズリングをここまで発展させることが、俺以外の誰にできた? 他の猿共にできたと思うかね? ただのスラム街だったズリングを、リティア大陸一の大都市にすることが! 俺にしかできないことだったのだ。確かに外法に手を染めた。だが、それが何だという? 俺が殺した数よりも、都市の発展によって救った人間の方がずっと多いはずだ。多数のために、少数を生贄に捧げる。確かに理に背いた行為だ。だが、道徳を悠長に持ち出せる程、過去のズリングは裕福ではなかったのだ」


 ゲルルフは《遠響の指輪》は使わず、アルマへとそう語り掛けた。


「懐柔のつもりか? おいおい、今更取り繕って誤魔化すなよ。俺がここまで来たのは、お前が余計なちょっかいを掛けてくれたから、そのツケを払ってもらいにきただけだ。だがな、敢えて言うなら、人を救いたいだの心から言える奴が、人間の肉体やら魂やらを素材にした、悪魔の錬金術をできるかよ。ゲルルフ、お前はただ、私欲で動く殺人鬼だ」


「否定はしない。だが、だとしても、俺の錬金術はこの都市に……いや、この世界にとって必要な存在だ。互いに過去のことは謝罪しようじゃないか。どうだ? 俺と手を組むというのは……」


「はぁ……お前じゃなくて、悪魔の力だろ。どこにお前を挟む必要があるんだ?」


 ゲルルフの表情が歪んだ。


「そもそも、悪魔が厚意で人間によくしてくれていると思ってるのか? 悪魔を呼び出せる魔法陣やアイテムには、それ自体が造られた際に悪魔の行動を制限する効力が付与されてるんだよ。悪魔と交信した契約者との約束を破れないようにな。悪魔に自由な権限を与えれば、この世界で何をしでかすかわかったもんじゃないからだ」


「そんなことは知っている。それがどうしたと……」


「悪魔の狙いは、契約者に力を付けさせて肥えさせた後に、契約の穴を突いて、ルールに則って相手からその全てを奪うことだ。悪魔は前述の理由で、人間界での行動を大きく制限されていて、契約者の所有物にしか手を付けられない。だからまずは契約者を支援して、相手に権力を得させる必要があるんだよ。仮にお前が妄言通りに世界を手にしようものなら、世界丸ごと悪魔の所有物にされて終わりだ。お前は自分勝手な理由で、勝手に都市全体を悪魔とのギャンブルのチップにしただけだ。そしてまだ、その範囲を広げ続けようとしている。お前は必要悪でも何でもない。どの観点から見ても、一切残しておく価値のない害悪なんだよ。お分かりか?」


 ゲルルフが唇を噛んで沈黙した。

 アルマはその様子を見て鼻で笑った。


「どうした? 幼稚な自己正当化はここまでか? まさかお前も、悪魔と契約することの意味を知らなかったわけじゃないだろ」


「なるほど……アルマ、やはりお前を言い包めるのは不可能だな。手札は惜しまん、全力で排除してくれる!」


 ゲルルフが手を上げる。

 再び兵達が弓を構え、アルマへと向けた。

 同時に、ゲルルフの背後に控えていた四体のゴールデンゴーレムが動き出す。


「……主様、どうするの?」


 メイリーが爪を構えながらアルマへと問う。


「いけ、メイリー。俺の守りは《ガムメタル》で充分だ。格の差を教えてやれ」


 メイリーが床を蹴って前へと飛ぶ。

 毒矢が一斉に放たれるが、メイリーは身体を宙で回転させながら器用に避けていく。


「《アルケミー》」


 《ガムメタル》が再び膨張し、金属の壁となってアルマの身を毒矢から守った。


「ただの亜人……ではなく、子竜か! 道理で異常な身体能力を有している。だが、所詮は子竜! 力と頑丈さに特化したゴーレムを相手に、どう戦うか見せてもらおうか」


 ゴールデンゴーレムが巨大な腕を振りかぶる。

 メイリーは片手でそれを受け止めた。


「力が、どうって?」


 唖然とするゲルルフと彼の兵達の前で、メイリーはゴールデンゴーレムの腕を掴んで振り回した。

 ぶつかった二体目のゴールデンゴーレムが砕け、床を転がりながらバラバラになった。


 そのままメイリーは、床目掛けてゴールデンゴーレムを縦に振りかぶる。

 テラスに大きな亀裂が走った。

 それに巻き込まれた兵が、悲鳴と共に落下していく。

 

 あっという間に三体目のゴールデンゴーレムも、メイリーの振り回したゴールデンゴーレムによって打ち砕かれた。

 最後の一体目掛けて、メイリーは最早黄金の岩塊と化したゴールデンゴーレムを投げつける。

 二体のゴールデンゴーレムが衝突して、派手な音を立てながら砕け、動かなくなった。


 余波に巻き込まれたゲルルフの兵は、全員血塗れになってテラスに倒れていた。

 アルマも《ガムメタル》の守りがなければそこに加わっていたことだろう。


 その場から大きく下がっていたゲルルフだけが、メイリーの凶行の被害から逃れていた。


「大した力だ……。だが、お前が乗り込んでくることはわかっていた。これしきの準備しかなかったと思うか? 行くがいい、ミスリルの巨人よ!」


 テラスの背後の壁が豪快に崩れる。

 翡翠色の輝きを全身に帯びた、鉱石の巨人が現れた。

 その全長は五メートル近くある。


「おいおい、マジかよ……」


 アルマは息を呑んだ。


 ミスリルは稀少鉱石であり、マジクラにおいてはランク7のアイテムとされ、黄金よりも遥かに高い価格で取引されている。

 含有魔力量も高く、ミスリルを用いて造られたアイテムシリーズはプレイヤーからの人気も高い。

 ミスリルの装備をちゃんと持っているのかどうかが、プレイヤーの基準の一つとなる。


 おまけにただのミスリルのゴーレムではない。

 通常のそれよりも、遥かに大きなサイズを有していた。


「ミスリルの巨人よ! 俺に刃向かう者を、全て踏み潰せ!」


 ゲルルフが叫ぶ。

 ミスリルゴーレムが、大きな腕をメイリーへと向けて動き出した。


『お、おいアルマ、これはさすがにまずいのではないのか……?』


 クリスが怯えたように声を漏らす。


 メイリーが翼を広げて宙へ舞い、勢いを付けて豪速の蹴りをミスリルゴーレムの腹部へと放った。

 ミスリルゴーレムの巨体が軽々と吹き飛ばされ、ゲルルフの塔へと叩き込まれた。


 塔の壁が崩れ、内部で崩落が起きる。

 ミスリルゴーレムは、起き上がってこなかった。


「さすがに結構硬いね。足、痛かった」


 メイリーが事もなげにそう漏らす。


 驚きのあまり開いた口が塞がらないゲルルフへと、アルマが一歩歩み寄った。


「なかなか貯め込んでるじゃねえか、ゲルルフ。ミスリルが足りてなかったんだ。これでできることが増える」


『……何も心配はいらんかったようだな』


 クリスが呆れたようにそう漏らした。


「使わずに済めばよかったが……やはり、頼らざるを得ないか。民衆の前では出したくはなかったのだがな」


 ゲルルフが魔法袋より、赤黒い小箱を取り出した。

 歪な多面形をしており、何かの魔物の触手や内臓、目玉を模した悪趣味な装飾がなされていた。

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