第18話
「なに、ヴェインが村を散々荒らした挙句、裸で走って帰って自宅を水没させた?」
「はい……村人の目撃情報を纏めると、そうなるのですが。水没については、周辺の家にも被害が及んだそうです」
「意味が分からん。ヴェインが特大のアホということしかわからんぞ、話を整理してくれ」
朝、家に来たエリシアの言葉に、アルマは眩暈を覚えていた。
一つ一つの情報全てがとっ散らかっていて繋がりがない。
「ううん……アルマさんが来てからヴェインは最近ノイローゼ気味だったようなので、奇行はそのためかと」
実際、ヴェインの精神はかなり参っていた。
長く準備してきた計画が台無しになったのもそうだが、ヴェイン自身、錬金術の腕にはかなり覚えがあったのだ。
それがアルマが来て以来、尽くあらゆる方面で差を見せつけられ、錬金術に長けているからと許されていた蛮行が看過されなくなって来たために村人から見限られつつあった。
我儘なハロルドの親戚筋から無理難題がポロポロと出てきて、入り口を閉じた袋が押し潰されたように、ヴェインの精神も逃げ場のないストレスの前に追い詰められていた。
最早、アルマの造ったものを壊し、アルマを殺すしかない。
ヴェインがそういった手段に出たのは、それしか手がないというのもまた事実だったが、精神的に追い込まれていたヴェインの『アルマを何としてでも消し去りたい』という衝動が表に出た結果だともいえた。
「だから裸で走ったのか?」
「さあ……」
「ある鳥は、ストレスが溜まると巣を蹴り壊して卵を全部叩き落すヒステリーを起こすらしい。だが、裸ジョギングを嗜んだ後に自宅を破壊するヴェインに比べるといくらか賢いな」
アルマは水を飲みながらそう零した。
エリシアが苦笑する。
「怒りで自宅を爆破した主様が言うの……?」
アルマは余計なことを口にしたメイリーの額を、軽く人差し指で小突いた。
「被害の規模はわかるか、エリシアさん」
「はい、壁の一部が叩き壊されたのと、畑の一部が荒らされました。こちらの規模はそこまでですが、例の井戸の彫像が壊され、水晶玉が外されていたようです」
「げっ」
アルマは顔を青くし、顔を押さえた。
とりあえず、謎の水没の理由が発覚してしまった。
「……俺は知らんぞ、これ。事故が起こらないように何かあったら止まるようにしてたのに、わざわざ自宅で再起動する馬鹿が悪いんだからな」
アルマは深く溜息を吐いた。
流石にないと思いたいが、このせいでヴェイン邸水没の責任を取らされたら堪ったものではない。
「やはり、水晶玉を盗まれたのは不味かったですよね。どうにか取り返さないと……」
「いや、あれはすぐ造り直せる。今日一日は修復に当たるしかないな」
アルマは息を吐きだし、椅子の背凭れに凭れ掛かった。
「もうこれ、こっちから怒鳴り込んでも許されるだろ。造ったもの毎晩壊されてちゃ、溜まったもんじゃないぞ。村人も過半数以上はこっち側についてるみたいだし、ハロルドもこの件に関しては流石に庇い切れんだろう。というか、ハロルドが一番キレてるだろ」
「どうやら現在はハロルドの館にいるそうです。既に村人の一部が抗議に向かったそうですが、水害での怪我を理由に、今は誰とも会われないと……」
「しょうもない逃げ方をしやがって。いつまでもそんなものが通ると思ってるのか?」
確かにほとぼりが冷めるまで引き籠って隠れるのは効果的である。
だが、ここまで盛大にやらかした以上、それも焼け石に水なのは間違いなかった。
「まあ、元々勝負はついたようなもんだったから、決着が早まったくらいのことでしかないか。あいつがとち狂ってくれて、楽でよかった」
そのとき、外から声がした。
「こちらにアルマ殿はおられますかな?」
聞き覚えのない男の声だった。
アルマは目を細める。
「何者だ?」
「ハロルド様の執事の、ダルプールでございます」
「ほう」
アルマが目を細める。
ようやくハロルドが動いてきた。
これまで散々ヴェインは暴れていたが、ハロルドはほとんど行動していなかった。
エリシアはアルマと目を合わせて確認した後、椅子を降りてダルプールを出迎えに行った。
ウェーブの掛かった白髪の、初老の男であった。
痩せぎすでひょろりと背が高く、三白眼の下に隈があり、剣呑な雰囲気のある人物だった。
アルマはダルプールの腕に目を落とした。
年齢不相応に筋肉がついている。腰には剣も差していた。
「……メイリー、一応近くに寄れ」
「うん?」
メイリーは生返事をしながらも、アルマの近くに立った。
「お初にお目に掛かります。改めて、ダルプールでございます。ハロルド様の言伝があって参りました」
「言伝、ねぇ」
「明日の昼、村人達同伴で、広場の方で話がしたいと、そう仰られております」
「村の錬金術師の件について、か?」
「はい、そう思っていただいて結構です。ハロルド様は、その際にはヴェイン殿も連れていく、と」」
「そりゃありがたいね。一か月は隠れるつもりかと思っていた」
アルマの言葉に、ダルプールは口許に微かに笑みを浮かべた。
その余裕あり気な反応に、アルマは不気味なものを覚えた。
「来ていただけますかな、アルマ殿?」
「ああ、上等だ。お前にも決着をつけてやると、ハロルドにそう言っておけ」
「ア、アルマさん、その言い方は……!」
アルマの言葉に、エリシアが慌てる。
だが、アルマが敵意を露にしても、ダルプールは一切引く様子がなかった。
「ええ、はい、それは都合がよい。ハロルド様もそのおつもりのようですので。そのままでお伝えさせていただきます」
ダルプールは目を細め、淡々とそう口にした。
「よろしかったのですか? ハロルドは、何か策がある様子でしたが……」
ダルプールが拠点を出て行ってから、エリシアは不安げに口にした。
「構わんさ、今更怖いのは暗殺くらいだ。護衛にはメイリーを連れていく。それに俺も、このローブの耐久値がある以上は、突然弓矢でめった撃ちにされても死なないからな」
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