第9話

 アルマは村のボロ小屋を自身の拠点へと改造した。

 まず、エリシアとライネルに頼んで村人の大窯やら農具を集めてもらい、《アルケミー》でそれらの鉄を用いて《鉄の錬金炉》を造り上げた。

 何をするにも、錬金術師には《錬金炉》が必要なのだ。


 続けて《錬金炉》を用いて、《岩肌の収納箱》を造っていく。

 立法体の岩塊に、大きな扉が設置されている。


 収納箱はマジクラでも基本アイテムであった。

 錬金術師の収納箱は、見かけの倍以上の物を入れることができる。

 アルマが《天空要塞ヴァルハラ》に並べていた《アダマントの収納箱》は、見かけの百倍の物が入るのに加えて、様々な付属効果を持っていた。


「不格好だし物足りないが、ひとまずは錬金工房ができたな。やはり自分の工房が一番落ち着く」


 アルマはそう口にして、頷いた。


「ねっ、主様ぁー、ボク、ふわふわのベッドが欲しい!」


 メイリーがアルマのローブの裾を引く。


「しばらくは我慢しろ、メイリー。自分の身の回りばかり整えているわけにもいかないからな。それにそろそろ、頼んでいたものが来るはずだ」


「むー……」


 メイリーがごろりと、木の床の上に寝転がる。


 丁度そこへノックの音がする。


「来たか、入ってくれ」


 アルマが声を返すと、大きな籠を抱えたエリシアが入ってきた。


「アルマさんっ、言われたとおりに、村の中の野菜や穀物をかき集めてきました」


「ご苦労、エリシアさん」


 エリシアが床に野菜の詰まった籠を置き、それから周囲を見回す。


「そちらに並んでいる、岩の箱は……?」


 エリシアは一列に並ぶ、《岩肌の収納箱》に気を取られたようだった。


「この村で集められた素材を仕分けしている。危険だからあまり触らない方がいい」


「わ、わかりました」


 エリシアが頷いた。


 木や石、岩、土の成分を分けたものを仕舞っている。

 低ランクの素材だが、ないよりはマシだ。錬金術師は素材がなければ何もできない。


 アルマが危険といったのは、収納箱の扱いにはちょっとしたコツがあるためだ。

 見かけ以上に物が入る収納箱の性質上、扱いを誤れば大怪我に繋がりかねない。

 マジクラでは、慣れてきた頃の中級錬金術師が、収納箱から溢れたアイテムに押し潰される事故を引き起こしやすい。


 アルマも一度それでやらかし、不運にもそのまま圧死したことがあった。


 アルマはエリシアの持ってきた籠の中を漁る。


「使えそうなものは…………ふむ」


 アルマは籠の中から、黒ずんだ芋を拾い上げる。

 外観は地球のじゃが芋に近いが、黒く、形が歪である。


「アルマさん、それはヴェインが飢餓対策にと持ち込んだものなのですが、毒芋と呼ばれていまして……その、使わない方がよろしいかと思います」


 エリシアがアルマへとそう口にする。


「《ブック》」


 アルマは芋を手にしながら、スキルを発動する。

《ブック》は手にしたアイテムの、大まかな詳細を知ることができるスキルである。

 有効なアイテムのランクの上限や分野は、本人のレベルや、マジクラのゲーム中で得られる称号に依存する。


 無論、レベルも称号の数も、アルマが全プレイヤーの中でトップであった。

 アルマが調べられないアイテムは、他のプレイヤーもまず調べられない。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

《ポック芋》[ランク:0]

 成長性と生命力が高く、どんな地でもよく育つ。

 だが栄養価は最低クラスであり、『食べられる土』と形容されることもある。

 味も酷く苦く、煮ても焼いてもまともに食べられたものではない。

 また、弱い毒を持ち、腹痛を招く。

 場合によっては手足が痺れ、衰弱した人間や幼い子供にとっては、最悪命の危機に陥ることもある。

 飢餓の危機にある村では、ポック食中毒が多発する。

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「……やはり《ポック芋》か。食糧不足の村で、とんでもないことをするな」


 確かに《ポック芋》を使えば、その場の空腹は紛らわせられる。

 だが、衰弱した状態で《ポック芋》ばかり食わされていれば、間違いなく中毒症状を引き起こす。


「すいません、紛れ込んでいたのに気づきませんでした。そちらは捨てておきます」


「いや、丁度いい。《ポック芋》が手に入ってよかった。この」


 アルマはそう言うなり、《魔法袋》から一冊の魔導書を取り出した。


「アルマさん、それは……?」


「《幻植夢樹の書ヴォイニッチ》という魔導書だ」


 アルマが開いたページには、複数の魔法陣が記載されている。


「この魔導書は、手軽に品種改良を行ってくれる。手に入れるのにはかなり苦労したが、ぶっ壊れアイテムだ。これさえあれば、小さい村が飢えるようなことはまずない」


「ひ、品種改良……?」


 アルマは開いたページに記されていた魔法陣の一つに《ポック芋》を載せた。

 他の野菜を手のひらの上で転がして観察し、その中にあった赤い根野菜を別の魔法陣の上に載せる。


「この《メル人参》は、《ポック芋》の特性を強化しつつ、毒性を中和してくれる。そして仕上げに……」


 アルマは《魔法袋》から金の粉を包んだ紙と、真っ赤な液体の入った瓶を取り出した。

 金の粉を瓶に流し込んで左右に振るい、中の液体を、魔導書に記載されているまた別の魔法陣へと零した。


「高価な本なのでは……?」


「濡れたくらいじゃ、《幻植夢樹の書ヴォイニッチ》は何ともないさ」


 アルマはそう答え、空になった瓶を少し口惜しげに眺める。

 瓶の中に入っていた回復薬は、アルマが惜しいと思うくらいには高品質なものだったのだ。

 素材を全て失った今、再度作り直すのは少々困難であった。


「それ、《アルケミー》!」


 アルマは魔導書に手を添え、スキルを発動する。

 魔導書が輝きだし、ページに載せられていた素材が消え、黄金の輝きを帯びた、形のいい芋が代わりに生まれていた。


 アルマは念のため《ブック》で確認を行う。


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《黄金芋》[ランク:5]

 錬金術によって生まれた黄金の輝きを持つ芋。

 成長性が驚くほどに高い夢の穀物。

 ただし、少々繊細で育てるときには注意が必要。

 驚くほどに美味で、焼いただけでも《黄金芋》の豊かな旨味を味わうことができる。

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「よし、上手くいったな」


 アルマは《黄金芋》を手にして、軽く頷いた。


「アルマさん、そ、その芋は……? い、今、作ったのですか?」


 エリシアが目を丸くして尋ねる。


「ああ、栄養価豊富で成長性に特化した《黄金芋》だ。種芋を植えて、七日も経てば収穫できるようになる」


「た、たったの七日で!?」


 アルマは頷く。


「だが、結果を急ぐからな。ヴェインに余計なことをさせる時間を与えたくはない。今すぐに黄金芋畑を作って、今日の日が暮れるまでに収穫を終えたい」


「ひ、日が暮れるまでに……?」


 アルマの言葉に、エリシアはぽかんと大口を開けたまま固まっていた。

 アルマはニヤリと不敵に笑い、《黄金芋》を片手に外へと向かった。

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