第101話

「あ、あり得ない……こんなこと……! どうして私のシルバーゴーレムが、こんなにあっさりと……!」


 ローゼルは放心したようにぶつぶつと言葉を漏らしていた。

 

「まさか、今ので終わりじゃねえだろうな。お前、何のために出てきたんだ?」


 アルマの言葉を受け、ローゼルは引き攣った表情で身を引いた。


「ローゼル様、ここは撤退するべきです! ゾフィー様の横にいる男は、明かに異常です! ゲルルフ様に報告した方が……!」


 兵の男がローゼルへとそう訴える。


「馬鹿を言うな! こんな失態、ゲルルフ様に報告できるか! とっておきのアイテムを見せてやる、一分でいいから時間を稼げ! あんな男、あの奇妙なゴーレム諸共、この私がぶっ飛ばしてくれる!」


「わ、わかりました……」


 ゲルルフの兵らが一斉にアルマへと向かってくる。


「ぶっ飛ばす……か」


 アルマは目を細めた。

 この状況で錬金術師が使うアイテムといえば限られてくる。

 一番厄介なのが自爆を視野に入れた爆弾系譜のアイテムである。


 屋内で自爆覚悟の大規模爆弾を用いられると厄介だ。

 自身の身を守る術はあるが、《瓦礫の士》の面子全員を安定して守ることは難しい。


 錬金術師同士の戦いでは、下手に追い込んだ際の自爆特攻が一番危険なのだ。

 特にマジクラプレイヤーは、マジクラに適合している上位のプレイヤー程、自分だけ損をするくらいなら周囲を巻き込んでやるという考えの持ち主が多かった。

 そういう意味では、味方の多いこの地下通路でローゼルを追い込みすぎたのは、アルマの落ち度であった。


「《アルケミー》」


 アルマの手から放たれた光が、ガムメタルゴーレムの右腕へと当たった。

 ガムメタルゴーレムの右腕が大きく伸びて鞭のようになり、向かってくるゲルルフの兵達をまとめて吹き飛ばす。

 彼らに構って時間を使っている場合ではない。


「メイリー、あの黒帽子野郎を止めろ! 爆弾を錬金して自爆する気だ!」


 アルマは背後へ目を向け、メイリーへと命じた。

 

 ローゼルの奥の手がどれだけのものなのかは未知数だ。

 ローゼル当人は確かに大した錬金術師ではない。

 だが、ゲルルフから何かしら悪魔のアイテムを受け取り、奥の手にしている可能性もある。


「……その黒帽子野郎だったら、逃げていったけど」


 メイリーが冷めた表情で前方を指で示す。

 アルマが慌てて前を向き直せば、一目散に逃げていくローゼルの背中があった。


「馬鹿が、誰がわざわざあんな化け物と戦うか! 警備兵を連れていてよかった! 丁度いい囮になってくれるとは!」


 ローゼルが壊れた扉から外へと去って行った。

 ガムメタルゴーレムの鞭で地面に倒れていたゲルルフの兵達が、呆然とした表情で扉の方を見つめていた。

 まさかあの調子で即座に裏切って逃げていくとは、誰も思ってもいなかったのだろう。


「……お前の兄弟子、本当にしょうもない奴だな」


 アルマは額を押さえ、深く溜め息を吐いた。


「だから、ゾフィーはそう言ってたじゃないですかぁ。それで、逃すんですかぁ? 別に逃しても捕まえても、痛くも美味しくもないとゾフィーは思いますけどぉ」


 アルマはメイリーを振り返る。


「一応捕まえてきてくれ」


「ん」


 メイリーは床を蹴り、ローゼルの後を追いかけて行った。

 十秒後、通路の方からローゼルの悲鳴が響いてくる。

 メイリーが気を失ったローゼルを引き摺って戻ってきた。



 ローゼル一派を縄で縛って拘束し、再びカラズと話し合いをすることになった。


「これでこいつらの仲間じゃないってことと、多少は役に立つってところは見せられたんじゃないかと思うが、どうだカラズ?」


「……失礼をしたな、アルマ殿とやら。危ないところを助けていただいたことに感謝する。それから……先程無碍に扱ったことを謝罪させていただこう」


 カラズが深く頭を下げる。


「し、信用するのですか、カラズ様! これほどまでに錬金術の腕が立つ男……俺はむしろ、ゲルルフのスパイではないかと疑いが深まりました。それに、あの女……ゲルルフの一番弟子のゾフィーですよ! それにローゼルに今回の集会場所が割れていたことと言い、内部に既にスパイが潜んでいることは間違いないんです!」


 カラズの部下が必死にそう訴え、ゾフィーを指で差した。

 ゾフィーが両手でピースをして笑顔を返すと、彼はゾッとした表情で身を引いていた。

 アルマは軽くゾフィーの突き出したピースサインを叩いた。


「冷静になるがいい。アルマ殿がいなければ、ローゼルの奴に皆殺しにされていたことは間違いない。《瓦礫の士》の掟の意味を深く理解しておったはずのフランカが、このような真似に出た理由にも納得がいった。確かにアルマ殿は例外であると、そう判断するだけの価値がある」


 先程の疑い深い姿勢から一転、カラズは全面的にアルマを信用する姿勢を見せてくれていた。


「それに、仮にアルマ殿が敵側であれば、儂らでは到底対処できまい。信じる以外に道はない」


「た、確かに、それはそうですが……」


 カラズの言葉に、部下が引き下がった。


 急に言を翻したと思えば、利害を考えての結論であったらしい。

 元々瓦礫の士の戦力では、ゲルルフを倒すことなど夢物語なのだ。

 それがわかっているからこそ、その不足を補い得るアルマは、それだけで信じる価値があると判断したのだ。


 カラズは相当な切れ者だ。

 手足が満足に動かない状態で、頭脳だけでゲルルフから警戒されているだけはある。


「重ねてすまないの、アルマ殿。だが、儂らには人を疑わねばならん理由がある」


「構わない、それは承知の上だった。改めて話をさせてもらうが、俺は明後日、ゲルルフが表に立って演説を行う場で、奴との決着をつけたいと考えている」


「あ、明後日……? アルマ殿や、それはさすがに急過ぎるのでは」


 カラズが目を丸くする。

 

「他にも事情があるが、俺が警戒されない内に仕掛けた方が被害も少なくて済む。俺は俺の理由でアイツを倒したいわけだが、立場上表に立てば禍根を残しかねない。身勝手な話だが、俺はあくまで協力者という体裁を保ちたい」


「なるほど……これほどの力を持ちながら儂らとの接触に拘っていたことに納得がいった。ただ、明後日となると、少々こちらも準備を急がねばならんの」

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