第73話

 ギルドにいた冒険者達が、一斉に外へと出た。

 アルマも道に立ち、空を見上げる。


 空には、巨大な黒い船が浮かび上がっていた。

 パシティアの中心部へと距離を詰めてきている。

 ゴオオオオと、帆が風を切る音が近づいていた。


 外に出た冒険者達は、皆口々に悲鳴のような声を上げていた。


「天空艇……こっちの世界にもしっかりあったのか。都市のもんじゃないらしいから、やっぱり空賊なんだろうな」


 アルマが呟く。


『アルマよ、空賊とは何なのだ?』


 クリスの問いに、アルマは目を細めた。


「そのままだよ。空賊団、空飛ぶ船で、都市を襲う団体様だ。ただの強盗団とは違って、一流の錬金術師と大きな資金力を抱えてる。搭乗員の戦闘力も、必然的に高い水準になるわけだ」


『あまり嬉しそうではないな、アルマ。普段のお前なら、そんな連中がやってきたら、カモが飛んできたとばかりに喜びそうなのに』


「クリス、お前、俺を何だと思ってるんだ……?」


 アルマは溜め息を吐いてから、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「はっきり言って、分が悪い。俺だって、ああいう浮上要塞を造りたいとは思ってる。でもな、圧倒的に材料が足りないんだ。強大な浮遊力を放つ《空のコア》は、製造にそれなりの施設と材料、大量の魔力がいる。維持にだって魔力が必要だ。それを熟せる錬金術師となると、ネクロスみたいななんちゃって野郎だとは思えない」


 マジクラの世界では、地上は不確定要素が多すぎる。

 悪意に満ちたイベントの数々は勿論のこと、上位プレイヤーに狙われれば地上の拠点など、如何に強大であってもまず助からない。

 魔物の大群を嗾けられたり、水で流されたり、突然巨大な地割れが発生して奈落の底に呑まれる、なんてことでさえ起こり得る。


 そのためアルマはゲーム世界では浮上要塞を選んでいた。

 この世界は生身で歩き回るには危険が多すぎる。

 機動要塞の採用は必然であった。

 ただ、地上を走る機動要塞は地形に縛られ過ぎる。

 そして今浮上要塞を造るには、資材が圧倒的に足りないのだ。


『アルマが警戒する程とは……。連中は貴様より上なのか?』


「資材がない今は、な! 錬金術師同士の戦いは、事前の準備が全てだ。ちゃんとアイテム蓄えてる奴相手にホームグラウンドで戦うなんて、あまりに無謀すぎる」


 アルマは表情を歪め、ローブ越しに《龍珠》を睨み付ける。


『わ、わかった、わかった。負けず嫌いめ……』


 騒ぐ冒険者達の中心に、キュロスが立った。


「……《ノアの箱舟》、このリティア大陸を飛び回り、都市やダンジョンを荒らして回る、無法者集団だ。三年前、このパシテイアも一度襲撃に遭っている。悔しいが、我々の力の及ぶ相手じゃない。刺激しない方がいいだろう、無暗に冒険者が近づくべきではない。抗戦の意志ありと見られれば、大変なことになりかねない」


 冒険者達が一斉に息を呑む。

 A級冒険者であるキュロスが、敵わない相手だと断言したのだ。


「特に頭領とされる仮面の男シャドウは、リティア大陸五指に入る錬金術師とまでいわれている。残念だが、我々にできることはない。だが、万が一、暴徒となるようならば、我々が命を賭して戦わなければならない。皆、その覚悟をしておけ」


 キュロスの言葉に、冒険者達が歓声を上げる。


「さすがキュロスさんだ!」

「あ、ああ! 俺だって、やってやるさ! そのときは!」


 アルマはしばしその様子を無言で眺めていたが、ゆっくりとキュロスへと近づき始めた。


「……アルマか。悔しいが、私はお前達の力を認めている。もしものときは、この都市のために力を貸してくれ」


 アルマはキュロスの耳に爪を立て、激しく抓った。


「お前、聖人面して偉そうに演説かましてるけど、俺の悪評ばら撒いてやがってたのは忘れてないからな」


「なっ、何をする! この非常時に、つまらない言い争いを始めようというのか!」


 キュロスは痛みに顔を歪めながら、アルマの腕を押さえる。


「そういうのは第三者が言って初めて正論になるんだよ。お前はまず非を認めて頭を下げろ!」


「事実無根だ! 第一、あの亜人の娘がいないと何もできないのは本当のことだろうが! 散々この私を苔にして偉そうにしやがって!」


「お前、発言を認めるのか開き直るのかどっちかにしろ!」


 メイリーが冒険者ギルドからようやく出てきて、空を見上げる。

 空の船にも、アルマの不毛な争いにも、明らかに興味なさげな様子であった。


「おっ、メイリー、いいところに来た。もう一回キュロスに分からせてやれ」


「ほら見ろ! そういうところだ!」


「……つまんない言い争いにボクを巻き込まないでくれる?」


 アルマはキュロスの耳から手を放す。

 キュロスは赤くなった耳を押さえた後、メイリーへと目を向けた。


「おい、あの亜人の娘なら、どうにかできないのか? 規格外の、信じられない膂力を持っていたのは認めざるを得ん。彼女ならば《ノアの箱舟》も、もしやと思ったのだが」


「頭領次第だな。錬金術師がどんなアイテム抱えてるかは、蓋を開けてみるまでわからん。最悪を想定する必要がある。俺からも聞きたいことがあるが、前回奴らが攻めて来たんだな? そのとき、人的被害は出たのか?」


「……確か、抵抗しようとした冒険者数名が、死傷させられている。その頃には悪名が既に広まっていたため、さほど数は多くなかったはずだが。それが、どうした?」


「なら決まりだな。俺は動かない、メイリーも動かさない」


「なっ!」


 キュロスが目を見開き、アルマへ非難の目を向ける。


『少し酷ではないのか? メイリー様の力があれば、どうにかなるかもしれん相手なのだろう?』


「ネクロスの時とは違う。連中は、無抵抗な相手は殺さないんだろ? 騎士道精神っつうほど綺麗なもんじゃないだろうがな。要するに、技術力と資金力抱えた上でやってる道楽だから、手段を選ぶ余裕があるんだ。それで本人達は高潔振ってるつもりなんだろうから、お笑いだけどな」


 アルマはクリスへそう返してから、キュロスへと向き直った。


「つーわけで、手出ししはしない。利のないリスクは取れねぇよ。増してや、人命に関わる問題じゃない。金でどうにかなるんなら安いもんだろ。第一、街中でメイリーが本気で機動要塞相手に大暴れしたら、都市の方だって被害が出かねない。お前だって、半壊したラメール遺跡を見ただろ? 素直に空賊団に金渡した方が早い」


「うぐ……」


 アルマの言葉にキュロスは黙った。


 アルマの言う通り、大人しくしていれば人命に関わる問題ではない。

 《ノアの箱舟》とて、都市を衰退させるほどの金額を要求することはないという話だった。

 生かさず殺さず。

 彼らにとっても、大金の要求は抵抗のリスクが大きいのだ。

 彼らの天空艇が破損すれば、補修のために赤字になりかねない。


「俺だって、自分の懐が痛まないからって言ってるわけじゃない。ぶっつけ本番でなるようになる、なんて甘い考えの錬金術師は、一度は勝てても二度目はない。いずれ全てを失うことになる。だが、俺だって、何の因果か不相応な力を持ってる自覚はある。さすがに見殺しにするような真似は寝覚めが悪いが、金でどうにかなるんだ。それでいいじゃねぇか」


「……そうだな、これに関しては貴様が正しい。安全な位置から余計なことを言った」


 キュロスは納得し、頭を下げた。


 そのとき、天空艇の音が急激に大きくなってきた。

 アルマは目を細め、空を睨む。


「しかし、いったいどこに着陸するんだアレは?」


「そりゃ都長の館だろう。目立つ建造物だし、都市の中心だ。位置も、三年前の襲撃で掴んでるだろうしな。略奪の交渉には一番手っ取り早い」


 キュロスの言葉に、アルマが顔色を変えた。


「とっ、都長って、マドールのか!」


「それ以外にいないだろう。しかし、このタイミングとは、狙いは海轟金トリトンか。情報の早い奴らだ。どれだけ根こそぎ持っていくつもりなのやら」


 アルマは更に青くなった。

 てっきり商会でも襲撃するものなのだろうと考えていたのだ。

 このタイミングで都長のマドールを襲撃され、ばかりか海轟金トリトンの利益を当てにした略奪を受ければ、約束の金額をアルマに支払う余裕がなどなくなるはずだ。


「メッ、メイリー、都長のところに向かうぞ! すぐにだ! 俺の二億アバルが消える!」


 キュロスはアルマの手のひら返しっぷりに、茫然と大口を開ける。

 なまじ納得させられていたために余計に衝撃が大きかった。

 メイリーは、ああいつものアルマかといった調子で、背伸びをしてから「ん」と言い、面倒臭そうに了解の意を示した。


『おいアルマ、金で解決できる問題ならそれでいいのではなかったのか?』


「あのな、あの二億アバルは、ネクロスのやらかしてくれた、ゾンビ騒動解決ための資金でもあるんだぞ。人命に関わる問題だ」


『……便利な言い訳であるな』

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