第87話

 オルランド率いる《ヤミガラス》の者達は、村で一泊して旅の疲れを癒し、それから改めて明日にアルマと話し合う、ということになった。

 アルマが都市ズリングへと向かう件もそうだが、《ヤミガラス》は天空艇の部品を回収しなければならない。

 容易に持ち運べるものでもないので、その算段についてもまた話し合わなければならない。


「では、僕の館までご案内いたしましょう」


 ハロルドが席を立ち、オルランド達へとそう提案する。


「ほう? 領主殿の館に?」


「ええ、そのつもりでしたが、何か問題が?」


「いや、アルマ殿の塔は、随分とご立派ではないか。言っては悪いが、我々が親交を深めたいのはハロルド殿ではない、アルマ殿だ。まさかこれほどの建物に、客人用の寝室がないとも思えないが?」


 オルランドの言葉に、ハロルドが表情を顰めた。

 ハロルドはひとまず、何を言い出すかわからないアルマをオルランド達から引き離し、一度方針を具体的に詰めておきたかったのだ。

 アルマの塔にオルランド達に居座られたくはなかった。


「厚かましい申し出とは承知しているが、こちらも任務できている。わかっていただけるか、領主殿よ」


 ハロルドは黙って、オルランドの目を見た。

 ハロルドはオルランドの言動に、どうにも不審なものを感じ始めていた。


 ハロルドの村はこれまで、一つ采配を間違えればそれだけで滅びかねない窮地にあった。

 魔物災害や、小さな村を食い物にしようとする悪徳商人や似非錬金術師、粗野な冒険者。

 故に、交渉ごとには長けている自負があった。


 ハロルドには、オルランドの親睦を深めるためというのは、ただの建前だとしか思えなかった。

 オルランドは明らかにアルマを嫌悪している。

 また、任務のためだからといって、嫌いな相手と仲良くやれるような人間だとも思えなかった。

 塔に残りたいというのも、アルマの時計塔が気に入ったというような、そんな純粋な理由だとは考えにくい。

 どう考えても、裏の理由がある。


「アルマ殿、止めておいた方がいい。理由を付けて断ってくれ。ほぼ間違いなく、別の意図がある」


 ハロルドはアルマに近寄り、小声で耳打ちした。


「心配するなハロルド。俺の城で余計なことをやらかしてくれるのなら、むしろ対応が楽で助かるってもんだ。連中の魂胆を暴いてやろうじゃないの」


「君も君で不安なんだけれど……」


 ハロルドの不安を他所に、アルマはオルランド達を振り返る。


「勿論構いやしないぜ、オルランド。歓迎しようじゃないか、仲良くしようぜ」


 アルマの胡散臭い笑みに対し、オルランドは鬱陶しげに鼻を鳴らした。


「本当ですかぁ? いやぁ、嬉しいですぅ、アルマ様の塔にお泊りできるだなんて。時間のあるときに見学させていただいても構いませんか?」


 ゾフィーが手を叩き、アルマの言葉を喜んだ。


「仲良くしましょうねえ、ええ、アルマ様」


 ゾフィーが舌舐めずりをする。

 さすがのアルマも目を細め、嫌悪の視線を彼女へ向けていた。


「任務できているのだぞゾフィー! あまり勝手な真似をしてくれるな」


 オルランドがゾフィーを怒鳴りつける。


「いーじゃないですかぁ、隊長さん。錬金術の新たな知見を得て、ゾフィーがそれを持ち帰れば、ゲルルフ様も大層お喜びになられると思いますけれど」


「そうゲルルフ様に命じられたのか? 判断を任されているのはこのオレだ。貴様ではない」


 オルランドが凄むと、ゾフィーはわざとらしく身を縮め、怯えているかのような素振りを取った。

 それが余計にオルランドを苛立たせたらしく、歯を噛み締めてゾフィーを睨む。


「チッ、貴様は苦手だクソガキ」


 オルランドの言葉に、ゾフィーは表情を崩し、にへらと笑った。


「お前もあんまり気に喰わないんだが、その言葉には共感してやれそうだ」


 アルマは小声でそう呟き、溜め息を吐いた。





 深夜、オルランドヤミガラスの五人は、一つの部屋に集まっていた。


「オレがゲルルフ様より受けた命令は、アルマを見極め、使えそうな奴だと思えば都市ズリングへと連れ帰ることにあった。これには二つの例外がある。一つは、噂程でなければ、連れ帰らずにさっさと帰還して情報を持ち帰る。そして二つ目は、本当に危険な奴だと思った場合は、手段を選ばずにアルマを性分する」


 オルランドはそこまで言い、少し間を挟んだ。

 部下の四人の内の三人は、不安げな顔で互いを見やる。


「ええ、ええ、このゾフィー、旅達の前よりそれは承知しておりますとも。いや、素晴らしい御方でしたねぇ、アルマ様は。隊長さんも、悩まずに済んで一安心と言ったところですか」


 ただ一人、ゾフィーだけは楽しげに頷き、楽観的な調子でそう口にしていた。


「ああ、悩む理由は何もない。奴は危険過ぎる。幸い、敵の懐に潜り込む好機を得た。アルマが寝ている間に、我らの全力を持って奴を葬るぞ」


 部下の三人が静かに頷く中、ゾフィーは表情を歪め、手で激しく壁を叩いた。


「どうしてですか隊長さん! あんな知識と技術の塊、他にいませんよぉ! それは貴重な図書館を焼き潰すが如くの愚行でしょおお!? 馬鹿なんですか、バーカ! これだから頭の悪い人は嫌いなんです」


「大声で騒ぐんじゃねえぞクソガキィ! ゲルルフ様の指示だということを忘れているのか! どんな貴重な資源であろうと、まともに扱えないならばない方がマシだ!」


 オルランドはゾフィーの首許を掴み、宙へと持ち上げる。


「ゲルルフ様、心配性なんですよお。あの人、確かに知識も技術もありますけど、性格が研究者じゃないんですもん。根っからの権力者肌だから」


「オレもゲルルフ様は何をそこまで心配なさっているのかと、ここに来るまでは思っていた。だが、今日確信した! 奴は放っておけば、間違いなく、ゲルルフ様の地位を脅かす存在になる。そうなる前に、我々が奴を始末するのだ!」


 オルランドはそう叫ぶと、ゾフィーを床へと投げつけようとした。


「やめておいた方がいいですよぉ。深夜ですから、寝ている方々の迷惑になります」


 ゾフィーは口を横に広げ、いつもの嫌な笑みを浮かべる。


 オルランドは腕を止め、舌打ちするとゾフィーをゆっくりと降ろした。

 今はアルマを殺せる絶好の機会である。

 下手な物音を立てれば、相手を警戒させることになる。


「でも、殺すのは勿体ないですよお、隊長さん。ねえ、そう思いませんか、皆さん方? あの技術力があったら、都市ズリングはもっともぉっと発展します。それにゾフィー、ちょっとあの人のこと好きなんだけどなぁ。頭がよくって、飄々としてて、痩せてて、顔立ちもイケメンですし」


「知るか、私情を持ち込むな! とにかく、奴はここで始末する」


「だからぁ、手足落として持ち帰りません? ゾフィーのワンちゃんにします。それが一番よくないですか? ゲルルフ様も、絶対喜ばれますよぉ。ね、ね? ちゃんと面倒見ますから」


 オルランドがドン引きした表情でゾフィーを見る。


「ゾフィー、何かヘンなこと言いました? ああ、手足落としたら、ワンちゃんじゃなくてイモムシですね! これは失敬です」

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