第33話

 翌日、ハロルドは村全体に『赤い夜レッドムーンが来るので対策に協力してほしい』という告知を出し、村人達を広場に集めた。

 その場でアルマは魔物の対策について話し、村人達に弓や槍を配った。


「す、凄い、この弓の弦、金属が使われているのか? ちょっと触っただけでわかる、これはとんでもない張力だぞ」

「こんなにいい槍を、もらってしまっていいのか?」


 村人達は配られた装備を恐々と触る。


「いざというときは戦ってもらうためのものだからな。必要にならなきゃいいんだが、俺は、本当に赤い夜レッドムーンが嫌いでね」


 アルマが苦笑しながら口にする。


 マジクラでアルマがまだ中級プレイヤーであった頃、赤い夜レッドムーンによって二回ほど拠点を失ったことがあった。

 赤い夜レッドムーン到来の際に、地面に重要な収納箱を埋めて拠点が滅んでもそれだけ回収できるようにしようとしたことがあったくらいである。


 もっともその収納箱は、拠点が滅んでほとぼりが冷めてから戻ったときには、火事場泥棒のプレイヤーに盗みだされてなくなっていた。

 マジクラはいつも、最大の敵は同じ人間であることをプレイヤー達に教示してくれる。


「それから、新しく造った《タリスマン》だ。一応みんな、これを家の玄関にでも置いておいてくれ。最悪壁内に魔物が入り込んでも、多少は目を付けられにくくなるはずだ」


 そう言ってアルマは村人達に《タリスマン》も配布した。


「アルマ殿のお陰で前回のような被害は出ないだろうけど、それでも赤い夜レッドムーンは決して軽視できるものじゃない。皆、気を引き締めて赤い夜レッドムーンへの対応に当たってくれ」


 アルマはその後、アイアンゴーレムを指揮して壁の建設を急いだ。


 自動で壁の建設を進められる状態まで持っていってからは、壁近くに錬金路や収納箱を並べて小さな錬金工房を造り上げ、そこで《アルケミー》を用いて《バリスタ》を造った。


 マジクラにおいて《バリスタ》は設置型の巨大な弓矢である。

 投擲する矢はほとんど羽のついた槍であり、実際古い槍を流用して使うこともあった。

 全長三メートル近いタイプが最も主流であり、車輪のついた台に設置して運用することも多い。


 武器としては持ち運びに難があるため、中級プレイヤーが拠点を守ったり、逆に他プレイヤーの拠点を攻めたりするときに用いることが多かった。

 そのため攻城弓という名でプレイヤー達からは呼ばれていた。


 アルマが折角築いた拠点を用いないのも、あちらで《バリスタ》を造れば、壁まで運ぶのが面倒だからである。


『精が出ることだな、ニンゲン』


 必死に《バリスタ》量産に励むアルマの許に、尾のないクリスタルドラゴンことクリスが現れた。


『随分と警戒しておるのだな。我は長生きだが、ここまで防衛に力を入れている都市などあまりないぞ』


「いくら警戒してもしすぎることはない。拠点を空に浮かせて、自在に動かせるようにして、最強格のゴーレムで中を固めて……そこまでやっても、魔物災害で滅ぶときは滅ぶのがこの世界だ」


 アルマがぶるりと身体を震わせる。


「クリス、お前にも魔物の警戒を手伝ってもらうぞ。赤い夜レッドムーンで狂暴化してるとはいえ、平地の魔物にお前が敗れることはないだろう」


『ハッ、この魔物の王であるドラゴンの一味である、クリスティアル・ロードドラゴ・フォルラインに、ニンゲンを守れとほざくか。当然、返事は断る、だ。我とて誇り高きドラゴン、貴様らニンゲンに手出しはせんと契約したが、わざわざ貴様らを守ってやる義理などない』


 アルマは《アダマントのツルハシ》を取り出した。


「そうか、残念だがアイアンゴーレム用の魔石にするか。今は戦力が欲しいから、手段を選んではいられないんでな」


『わ、わかった! わかったからその物騒なものを仕舞うのだ! ちょ、ちょっと言ってみただけであろうが! 素直に従ったら、我らドラゴンの沽券に関わるであろうに!』


「最初から素直にそう言っておけ。いいか、夕焼けが出たらここに待機していてくれ。いなかったらゴーレムの材料だぞ」


『わかっておるわ! どうせオピーオーン様は、貴様に従っておるのだろう。我とて歯向かう気はない』


「……あいつ種族名で呼ばれるの、多分嫌がるぞ」


『そ、そうなのか? 我などがオピーオーン様を名で呼んでも無礼にはならんのか!?』


 クリスが嬉しそうに答える。

 アルマは溜め息を吐いた。


「好きにしろ、とにかくここで待機しておけよ」


「アルマさん!」


 声が聞こえ、アルマは振り返る。

 エリシアが走ってきたところであった。


「どうした、エリシア?」


「急ぎで金が必要、という話でしたよね? 実は今、ハロルド様が、村を回って、金を集めてくれていたようです。アルマさんの拠点に運ぶと、そう口にしていました」


「本当か! わかった、すぐに戻ろう」


 急ぎの戦力補充に、どうしてもアルマは金が欲しかったのだ。

 アルマは拠点へ向かって歩き出そうとして、途中で足を止めてエリシアを見た。


「……言いそびれてたが、悪い、金だけじゃ駄目なんだ。急ぎで用意してもらいたいものがあるんだが、大丈夫か?」


「え? は、はい。アルマさんが用意できなかったものを、私なんかが急ぎで用意できるかは怪しいですが……」


「とにかく、人懐っこい動物を頼む。こいつなら絶対人を襲わないって、保証のある奴だ。それさえあるのなら、なんでもいい。手に入ったら、拠点に来てくれ」


「えっ……?」


 エリシアの表情が強張った。


「ア、アルマさん、その、その動物って……あの、死ぬわけじゃないんですよね……?」


「頼んだぞ、エリシア! 俺はとにかく、急いでやらなければいけないことが多すぎる」


「そ、それって、生贄的な奴なんですか!? あの、その動物、死ぬわけじゃないですよね!? あの、飼い主に説明してから連れてこないといけないんで、それは……!」


 アルマはエリシアの言葉が聞こえていたのかいなかったのか、質問の答えは返さず、そのまま足を速めて拠点へ向かっていった。

 エリシアは少し追いかけたが、アルマに一向に止まる気配がなかったため、途中で足を止めた。


「ど、どうしましょう……急ぐって言っていましたし……」


 エリシアは一人、頭を抱えた。

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