第20話

 骸骨剣士の群れは片付いた。

 だが、アルマは浮かない表情で周囲を見回していた。


「どうしたの、主様?」


 メイリーが首を傾げる。


「……埋めたアイテムに誘き寄せられているって話だ。恐らく、すぐに後続が来る。メイリーはここをしばらく見張ってくれ」


「ボク、眠いなぁ……それにちょっと、お腹が空いちゃって力が出ないかも……」


 メイリーはそう言って、ちらりとアルマへ目をやった。

 アルマは目を瞑り、自身の額を数回人差し指で考え込んでいたが、すぐに諦めて《魔法袋》から《ミスリルのインゴット》を取り出してメイリーへと渡した。


「おら、五百万ゴールドの夜食だ」


「やったぁー! 主様大好きー!」


 メイリーはアルマに抱き着き、《ミスリルのインゴット》を受け取った。


「それじゃあ、ここは任せたぞ。おい、ドズ、案内してもらうからな」


 ドズ、というのはヴェインの部下の男の名前である。

 ここへ向かう道中で名前を聞いたのだ。


「はっ、はい!」


 ドズはぺこぺこと頷いた。


 二人は村を抜け、村の北側へと向かった。


「……なるほど、北部に魔物の群れをぶつけて、俺の責任にしたかったわけだ。それで盛大に自爆して、身内のいる南部に魔物が雪崩れ込んできたから、大慌てで俺に泣きついてきたわけだ」


「……はい」


 ドズはがっくりと肩を落とす。

 取り繕う言葉も最早出てこない様子であった。


 アルマは周囲を徘徊していた骸骨剣士三体を《アダマントの鍬》で耕し、地面をドズに掘らせた。


「こちらです、アルマ様……」


 ドズの手には、髑髏型の水晶があった。


「やっぱり《水晶髑髏》か……。おい、渡せ」


「は、はい!」


 アルマはドズから《水晶髑髏》を受け取ると宙に放り投げ、《アダマントの鍬》の一撃で破壊した。

 粉々になった水晶の欠片が辺りに散らばる。


「よかった……これで」


「一件落着、とは行かないらしいぞ」


「えっ……?」


 パチパチと平原に拍手が響く。


 振り返れば、ヴェインが立っていた。

 ヴェインの背後には、鉄鎧を纏ったヴェインの部下が四人、全長二メートルのサンドゴーレムが二体並んでいた。

 この場で部下が少ないのは、ヴェインの蛮行に堪えられなくなった部下が抜けて行ったためだろう。


「いやはや、流石である。まさか、あれだけの骸骨剣士を容易く片付けてしまうとは」


「大層なお出迎えだな、ヴェイン」


「あの小娘は厄介だったが、まさか見張りに残していくとは! ハハハハ、なんと愚かなことであるか!」


「今更、俺一人殺して事態を抑えられるとでも思っているのか」


「ああ、できる! アルマ! 貴様は手柄欲しさに《水晶髑髏》を地中に埋め、南部に魔物を嗾けたのだ。吾輩はそんな貴様を成敗した、英雄というわけである! 死人に口無しである! 後はハロルドの口添えさえあれば、真実など簡単にひっくり返るのだ!」


「どこまでも小悪党だな」


 アルマは溜息を吐き、《アダマントの鍬》を構えた。


「ヴェイン、いい加減、お前の愚行にゃ、こっちも腸煮えくり返ってるんだ。いいぜ、白黒付けてやる」


「強がるなガキが! そんな農具が、何になる!」


 二体の土の大男、サンドゴーレムがアルマへと向かってきた。

 アルマは《アダマントの鍬》を構えるが、サンドゴーレムの巨腕を腹部で受けた。


「うぐっ!」


 二メートル程吹き飛ばされるが、どうにか足から着地する。


 ローブの効果で身体へのダメージは肩代わりしてもらえるが、受けた衝撃を殺せるわけではない。

 それに、サンドゴーレムの方が遥かにリーチが長かった。


 追ってきたサンドゴーレムの拳が振り下ろされる。

 アルマはそれを片手で受け止め、地面に膝を突いた。

 重量の乗った一撃に、足場の地面が大きく窪む。


「だが、突き飛ばされなきゃこっちのもんだ!」


 アルマは今度こそ《アダマントの鍬》の一撃をサンドゴーレムへお見舞いする。

 サンドゴーレムの腹部に大穴が空き、全身に亀裂が走って崩壊した。


「ヴェ、ヴェイン様、やはりアルマは化け物です! 我々では……!」


「何を言うか! 最早、後には退けないのだ! それに、強いのは装備に過ぎん、動きは素人同然である! 拘束すれば、それまでである!」


 部下の弱音に、ヴェインが吠える。


「……流石に、錬金術師の弱味をわかってるじゃないか。錬金術師同士の戦いは、前準備を怠らなかった方が勝つからな」


 錬金術師が魔物や対人戦で近接武器を使えば、相手の攻撃を受けてから返す形になることが多い。


「フハハハ! そこまでわかっていて、単身でノコノコと外に出てきた貴様の負けだ!」


 サンドゴーレムを中心に、四人のヴェインの部下が並んだ。

 動きの鈍いサンドゴーレムだけならまだしも、拘束を目的に動くヴェインの部下四人がいるのは厄介だった。

 馬鹿正直に剣で殴りつけてくれるのならばローブで防げるが、拘束には弱い。


「ア、アルマさん、右側はどうにか引き付けてみせます!」


 ドズが剣を構える。


「ドズ、アルマを取り押さえろ。今なら見逃してやるが……」


「だ、黙ってろ! 欲深豚男! お前にはもう、ウンザリなんだよ!」


 ドズの言葉に、ヴェインは大きく鼻の穴を広げた。


「よかろう、ならばアルマ諸共死ねい!」


 飛び掛かってくるヴェインの部下の剣を、ドズが刃で受け止めた。

 アルマはサンドゴーレムの頭部目掛けて《アダマントの鍬》を投擲した。

 サンドゴーレムの頭部が爆ぜ、身体がよろめいて背後に倒れた。

 リーチの差を埋めるにはこれが一番だったのだ。


「武器を手放したな! 馬鹿め!」


「ヴェイン、錬金術師同士の戦いは、前準備を怠らなかった方が勝つ。俺はそう言った、言ったが、何故俺がそれを怠ったと思ったんだ? 間抜けはお前だ、この俺相手に、たったそれっぽっちの戦力で挑んだんだからな」


 アルマは《魔法袋》より一本の杖を取り出した。

 先端に可愛らしいカエルの頭がついており、柄は水色であった。

 まるで子供の玩具であった。


「ハッ、そんな玩具で、何ができる!」


 ヴェインが笑う。


「アルマさんっ! ふざけている場合じゃ……!」


 アルマはドズが打ち合っている男へと素早く先端を向ける。


「悪く思うなよ、お前をカエルに変える」


「はっ……?」


 放たれた光が男の身体を包み込み、ボワンと煙が舞った。


 晴れた煙の中には、全長五十センチメートル程度の大きなカエルが佇んでいた。

 トードと呼ばれる魔物である。


 その場が静寂に包まれた。

 戦っていたことを忘れたかのように皆剣を下ろし、呆然とトードを見つめていた。


「ヴェッ、ヴェッ」


 耳につくトードの鳴き声が静寂を破る。

 トードはヴェインに尻を向けると、フリフリと振って、ぴょん、ぴょんとその場から去っていった。


「……バーノン、なのか?」


 部下の一人が、消えた仲間の名を呼んだ。


「ヴェッ」


 カエルが動きを止め、まるで応じるようそう鳴いた。


「さあ、次はどいつだ!」


「うわあああああああああああっ!」


 絶叫と共に、残るヴェインの部下達が武器を投げて逃げて行った。


「まま、待つのである! 戻れ、戻るのだ! 落ち着け、あんな魔法、連発できるわけがないのである! もう一人くらいカエルになれば、アルマを突破できるはずである! もう一人くらい! 吾輩以外で!」


「冗談じゃない! 付き合ってられるか!」


 当然、部下達が足を止めるわけがなかった。

 アルマはヴェインの後頭部に《トードステッキ》を突き付けた。


「お前だよ、お前がその一人になるんだよ、ヴェイン」


「ひぅっ! ひい! い、嫌である! 死にたくない! 吾輩は、死にたくない!」


「何も死ぬわけじゃない。豚からカエルになるだけだ」


「たっ、頼む! 何でもする! それだけは、それだけは止めてくれぇえええええっ!」


「なら、その場に座って目を瞑れ」


「こ、こうか!? これでよいのか!?」


 アルマは《トードステッキ》でヴェインの後頭部を殴り飛ばした。


「ブフゥッ!」


 ヴェインは呻き声と共にその場に倒れ、気を失った。

《トードステッキ》の恐怖のあまりか、股が水で濡れていた。

 アルマは額を押さえる。


「……ヴェインは、明日の昼まで捕らえておきたい。悪いが、その、そいつを背負ってもらっていいか」


「わ、わかりました」


 ドズは嫌そうに顔を顰めたが、頷いて了承してくれた。

 それから遠くへ向かっていく、新たなる人生を歩もうとしている元同僚へと目を向けた。


「あの……バーノンは、一生トードなんですか……?」


「ん? ああ、あの《トードステッキ》は、対象とトードの座標を入れ替えるだけだぞ」


「えっ……?」


 ドズが声を上げる。


《トードステッキ》はカエルに変えるアイテムではなく、カエルと入れ替えるアイテムなのだ。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

《トードステッキ》[ランク:4]

 トードの頭の乗った、可愛らしい杖。

 魔法スキル《カエルカエル》を扱うことができる。

 魔力抵抗に失敗した相手の座標を、事前に魔術式を刻んでおいたカエルとイレカエルことができる。

 なお、カエルが半径五百メートル以内にいなければ失敗する。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 


 アルマは自宅の収納箱に《トードステッキ》用のトードを飼っていた。

 バーノンは収納箱の中にぶち込まれただけである。


 元々、《トードステッキ》は発動条件が面倒な上に、格下相手にしか《カエルカエル》は当たらない。

 マジクラでは魔物の捕縛や、言うことを聞かないNPCを移動させるのに用いるのが主な使い方であった。


「じゃ、じゃあ、もう一回は使えなかったのですか……?」


「まあ、そうなるな。そっちのトードと入れ替わるだけだし」


「相手が驚かなかったら、その、どうするつもりだったんですか……?」


「敵は減らせたんだから、問題はないだろう。別のアイテムもあったし」


「そ、それはそうですが……」


「何より、目の前で仲間をトードにされて動揺しない奴がいるか? 俺はするぞ」


 一瞬沈黙した後、ドズは深く頷いた。


「まぁ、そうですよね……」


 また馬鹿な真似をされても困るので、このままヴェインは約束の時間まで捕縛する。

 ヴェインの失態をハロルドを攻める材料に用いて、その後は村から蹴り出すだけである。

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