第42話

「ここまで来られたということは、それなりに腕が立つのだろう? どうだ、私の配下になれ。ここで犬死にするより、よっぽど賢明な選択だとは思わないか?」


 ネクロスが椅子から立ち上がり、アルマへと手を伸ばした。


「散々脅かしやがって、こんな三下だったとはな。村に籠っていたせいで、外の基準を見誤ったか」


 アルマは舌打ちを鳴らし、両側の牢に囚われたゾンビ達へと目を向ける。


「よくぞこんな、人の尊厳を弄ぶようなことが平然とできるもんだな」


「フフフ、大事の前の些事だと、そう思わないか? それに私はね、好きなんだ。無力な人間が、圧倒的な力の前に全てを奪われる、その瞬間の、哀れな表情がね。哀れな、蹂躙されるしかない人間を前にすると、私は私でよかったと再認識できる。なぁ、最高の見世物だと、そうは思わないか?」


「……最悪だな。好んで人殺しに手を染めなかった分、ヴェインの方がマシなくらいだ。あいつがマシに見えるレベルのクズが、あっさり出てくるとは主なかった」


「誉め言葉だと、そう思わせていただこうか。それに、だ。非力ないくらでも替えの利く人間なんて、ただの資源でしかない。フフ、放っておいても魔物災害で無意味に死ぬ人間だ。私がアンデッドの研究で、彼らの無価値な生に意味を与えてやったのだ。青いな君は。錬金術師ならば、もっと合理主義者になってはどうか? 等価交換や、エネルギーの不可逆性の増大原則は知っているかな?」


 ネクロスはぺらぺらと高説を垂れる。

 ミーアが床へ崩れ落ちそうになり、メイリーに肩を支えられた。


「ひ、酷い……こんなの、さすがに酷過ぎる……」


 ミーアが嘔吐いた。

 ネクロスの纏う雰囲気に、悪意に、耐えきれなかったのだ。

 アルマでさえ、ネクロスの醜悪な精神性には吐き気を催していた。


「……これが、マジクラ世界が現実化した影響か。圧倒的な力を持つ個人の存在が、現実化された世界に馴染まされた結果、生まれた化け物ってわけか」


 人間を力で区別する、歪んだ選民思想。他者を使い潰せる資源として見られる傲慢さ。

 奇しくもそれは、マジクラ上位プレイヤーの在り方の一つとも似通っていた。


「それで、返事はどうかな? 私はあまり、返事を先延ばしにされるのは好きではない」


「お前みたいなクソヤローに従うわけないだろうが!」


 アルマはネクロスへと《アダマントの鍬》を向けた。


「なるほど、それが答えか。ならば死ぬがいい!」


 ネクロスがアルマへ大杖を向ける。

 ネクロスの足許にいた三体のゾンビウルフが、一斉にアルマ達へと飛び掛かった。


「バウッ!」「バオゥッ!」


 緑の唾液を垂らし、腐りかけの身体を引き摺りながらアルマ達へと駆けてくる。


「さあ、現れよ! 死を撒き散らす、害虫の軍勢よ!」


 ネクロスが周囲に魔石を投げる。

 彼の大杖の《怨魂石》が輝き、十体のマンフェイスが現れ、ゾンビウルフに続く。


 それに反応し、アルマの五体のロックゴーレム達も前に出る。

 だが、愚鈍なロックゴーレムに比べ、ゾンビウルフは速い。

 正面からぶつかればロックゴーレムが勝つだろうが、ゾンビウルフはロックゴーレムの合間を抜け、アルマ達への攻撃を狙っているようだった。


『どっ、どうするつもりだアルマ! あの小娘を守りながらとなると、少々厳しいのではないか?』


 クリスがアルマへ声を掛ける。


「アンデッドには弱点がある。あいつらは聖水もそうだが、流水も苦手なんだ。流れる水を嫌い、その中では大幅に動きが制限される」


 元々、流水は穢れを落とすことから転じて不浄な存在を祓う力があるとされており、メジャーなところでいえば吸血鬼なんかも、流水が弱点の一つであるとされることが多い。

 マジクラではそのことより、アンデッド全般の動きを阻害するのに流水が効果的となっている。


『何かあるのか?』


「ま、いつもの奴だが。便利なんでな」


 アルマは《魔法袋》より青い水晶玉……《水源石》を取り出した。


『アッ、アルマ、それは……!』


「くらいやがれっ!」


 アルマは《水源石》に魔力を込め、地面へと投げつけた。

 大量の水が一気に拡散され、ゾンビウルフやマンフェイス達を部屋の端へと押し流していく。


「グゥォッ! グゥォッ!」


 ゾンビウルフが苦しげに鳴きながら流水の中を転げ、腐肉を散らす。

 鉄格子に囚われたゾンビ達も、中で水に流されて呻き声を上げていた。


 水は膝下辺りの高さまで溜まっていたが、水はアルマの周囲を綺麗に避けるように流れていく。


『こ、これは……?』


 アルマは右手をひらりと前に出す。

 指に、蒼い指輪があった。


「こいつには、《水避け[Lv10]》がついてるからな。魔力が持つ限りは、海だって割って開ける代物だ」


 ロックゴーレム達は重量があるので、流水の前でもびくともしていない。

 腕を振り上げ、身動きの取れないマンフェイスやゾンビウルフを殴り潰していく。

 メイリーも膂力が高いため、ミーアを背負ったまま水に抗って歩いていた。


「こっ、こ、これは……! うぐっ、あ、相性が悪かった、とでもいうのか……?」


 ネクロスが狼狽え、縋るように大杖にしがみつく。


「相性じゃねぇよ。流水の苦手なアンデッドばっかり集めて、水攻めに弱い地下拠点を造って、挙句の果てにロクな対策もしなかったらそりゃそうなるだろ」


 そもそもマジクラにおいて、アンデッドが関係なくとも水攻めは強い。

 アルマからしてみれば、よくぞここまで弱点を固めて放置したといったところだった。

 ここまで悪手を打ってもあくまで運が悪かっただけだと主張するネクロスは、どこまでも滑稽だった。


 アルマは流水を割って、ネクロスへと歩み寄っていく。


「くっ、来るな! 来るな! 現れよ! 死を撒き散らす、害虫の軍勢よ! 私を守れ!」


 ネクロスは必死には大杖を掲げ、魔石を撒き散らす。

 再びマンフェイスの群れが現れるが、当然無駄な足掻きであった。

 マンフェイス達は出てきてすぐに流水に流され、苦しげに脚をばたつかせ、ネクロスの座っていた椅子の上へと集まって避難を始めた。


「ち、違う、私を、私を守れ! こらっ! 何故だ! 何故っ……!」


 そのとき、流水に足を取られ、ネクロスがその場に引っ繰り返った。

 ネクロスは必死に椅子にしがみつき、起き上がる。


「うぶっ……私は、私は、こんなところで敗れる器ではないのに!」


 そのとき、一体のロックゴーレムがネクロスを殴り飛ばした。

 椅子がバラバラになり、宙にマンフェイスの群れが舞う。

 直接殴打を受けたネクロスは軽々と飛ばされていき、奥の壁に身体を叩きつけた。


「ぶひぇっ!」


 壁から落ちて、収納箱に派手に背を打ち付ける。


「こんなところで敗れる器じゃない……ね。相応に見えるぞ、ネクロス。お前はロクな戦術の知識もなく、錬金術師同士の戦い方もまともに知らない。その上、傲慢で慢心が酷く、性根は邪悪で残虐ときた。お前は、何か一つだって成し遂げていい人間じゃない」

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