第50話

「なるほど、つまり依頼自体を受注しなくても、モンスターランクの高い魔物の素材さえ数と種類を納品すれば、C級冒険者になれるんだな?」


 アルマは受付嬢に駄々を捏ねて出させたギルドの規定書に目を通しながら、彼女へとそう尋ねた。


「え、ええ、そうですが……」


「別にこれは何日活動したとか、一日のカウント上限とかはないんだな?」


「あの……確かに、C級冒険者までは、そうした規定はありません。ただ、これは、冒険者の方の安全を守るための制度、という側面もあるのです。その、妙なことをして昇級しても、困るのはご自身ですよ?」


 受付嬢が引き攣った表情で答える。


「問題はないんだな? 俺が訊きたいのそこなんだが」


「まぁ、ええ、はい。確かに問題はありませんし、我々で止めることもできませんが……でも、しかし……」


「そういえば、名前を聞いてもいいか?」


「え? わ、私は、シーラですが……」


 受付嬢のシーラが戸惑ったように口にする。

 アルマは大きく頷いた。


「よし、言質は取った。後で文句を言われた時は、シーラという人にはそう説明されたとゴネさせてもらおう」


「ちょっ、本当に止めてください!」


『貴様、もう少し普通にできんのか……?』


「俺もやりたくてやってるわけじゃない。ただ、あの村のためには時間を掛けてはいられないからな」


 アルマは書いたメモへと目を落とす。

 E級冒険者の条件、D級冒険者の条件、C級冒険者の条件について纏めて書いてある。

 重要なのは討伐した魔物の最大モンスターランクと種類数、そして冒険者ギルドで得た報酬総額のようであった。


「ふんふん、この条件なら、効率的に回ればすぐに終わるな。海上遺跡が一般公開されるまでには終わらせて、キュロスに連れて行ってもらわないとな」


 アルマが楽しげに口にする。


「……あの人とパーティー組むの? ボク、なんかヤダ」


「確かに変な奴だが、手段と相手を選んでいる余裕はないからな」


 アルマはメモを仕舞う。


「都市西部の森の調査から手を付けるか。危険な魔物が多いらしいし、ゴブリンの巣ができている可能性が高いらしい。本当にあったら、手っ取り早く報酬総額を稼ぐチャンスだ」


「ちょ、ちょっと待ってください! 森の調査は、C級冒険者からしか受けられません! もしも巣があった場合、その規模によっては討伐はB級以上の冒険者に改めて依頼させていただきます!」


 シーラが声を荒げる。


「でも、討伐系の依頼は、冒険者が勝手に行う分には処分できっこないだろ? そもそも正式な受注がなかった場合も、報酬が若干下がる以外にペナルティはないって、規定にそう記されてたぞ」


 シーラが手のひらで顔を覆う。


「こういうこと言い出す人がいるから、見せたくなかったんです……。わ、私達は、冒険者の方々のサポートと安全のために、こうして口煩くやっているんですからね!」


「おう、わかっているわかっている。お仕事お疲れ様」


 アルマは後ろ手を振りながら受付から離れる。

 シーラは青筋を浮かべ、アルマの背を睨みつけていた。


「ににっ、二度と来ないでください!」


 羽ペンを振りかぶるシーラを、他の職員が大慌てで押さえていた。


「おっ、落ち着いてシーラちゃん! 気持ちはわかるけど、落ち着いて!」


 アルマは一度都市を出て《魔導バイク》を走らせて、都市の西側にある森へと向かった。

 調査対象の区域近くで《魔法袋》より《遠見鏡》を用いて散策を行う。


「ふむ、見事な砦だ。ありゃ、上位種が複数いるな。功績稼ぎには丁度いい」


 木で築かれた櫓や倉庫、柵があった。


 ゴブリンの中にも魔法を扱うメイジゴブリンや、錬金術を扱うアルケミーゴブリンがいる。

 そこに多くのゴブリンを指揮できる上位種がいれば、砦を築くこともある。

 そうなればゴブリンの群れの危険度は跳ね上がる。


「弓を持ってる奴がいるな。こりゃ、ジェネラルゴブリンがいるな」


 ジェネラルゴブリンはゴブリンの上位種の一体である。

 大柄で、赤い肌をしている。

 モンスターランクは3だが、ジェネラルゴブリンの恐ろしさは単体の戦闘能力だけではない。

 指揮する群れのゴブリン全体の知性を引き上げることができるのだ。


 ジェネラルゴブリンの指揮する群れにアルケミーゴブリンが現れたとき、その集団の危険度は跳ね上がる。

 ゴブリン達が本格的な武装を行い、砦を築き、戦略を練って動くためである。


『……おい、アルマ。ジェネラルゴブリンをあまり舐めない方がいいぞ。迂闊に入れば、罠があるかもしれん。恐らくは伏兵もおるはずだ』


「ああ、そうだな。俺もジェネラルゴブリンは舐めていない。連中は狡猾で危険だ。村一つ滅ぼすことなんてよくある話だし、悪い条件が重なると都市一つ乗っ取られることだってあるくらいだ」


『一度戻って報告するのか? 規模を確認できただけでもお手柄であろう』


「そんな勿体ないことするかよ」


 アルマはニヤリと笑った。


 その後、アルマは《魔法袋》から《岩塊の錬金炉》を取り出し、地面に設置した。

 近くの岩を叩き壊して素材にし、十体のロックゴーレム軍団を造り上げた。


「よし、行け、ロックゴーレム! ちょっとばかり知恵の回る小鬼共に、地獄というものを見せてやれ!」


 ロックゴーレム達が砦へと向かっていく。

 隠れていたゴブリン達に矢の集中砲火を受けていたが、ロックゴーレムにはまともに刺さっていなかった。

 ゴーレムの内の一体が落とし穴に落ちたが、残りの九体はその上を踏み越えて進んでいき、木の砦を巨体から繰り出す剛力で破壊していく。

 一瞬でゴブリン達は大パニックに陥っていた。


「なるほど、落とし穴は賢いな」


『他人事のように……』


 砦奥より、全長二メートル以上はある巨大なゴブリンが姿を現した。

 真っ赤な肌をしており、ぎょろりとした大きな瞳を持つ。

 鉄の防具で全身を固めており、自身の背丈に近い大きな刃を手にしていた。


 この砦のボス、ジェネラルゴブリンであった。

 砦を物量で荒らされ、明らかに殺気立っている。


「オオオオオオオオッ!」


 咆哮を上げながら一閃を放つ。

 ロックゴーレムを綺麗に両断した。


「流石に強いな。だが、終わったな」


 アルマがそう言うのと同時に、両断されたロックゴーレムが爆発した。

 爆風に弾き飛ばされたジェネラルゴブリンが地面を転がる。

 剣を構えていた右腕がなくなっており、既に起き上がる体力が残っていないようだった。


「仕込んだ火薬だ。ゴーレムに奥へと運ばせ、強敵ごと吹き飛ばす。これが一番手っ取り早い」


『外道め』


 炎が砦に燃え移っていき、ゴブリン達が大騒ぎを始める。

 既に完全に統率を失っていた。

 自分達の仕掛けたはずの罠に掛かり、仕掛け矢に貫かれているゴブリンの姿もあった。


「よし、メイリー、後は適当に荒らすぞ」

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