第106話

「ずっと試してみたかったことがあるのである! このような絶好の場があるとは、あまりにあまりに好都合!」


 カルペインは懐の《魔法袋》から素早く大きな瓶を取り出した。

 中には握り拳程度の大きさの、真っ黒な虫が五体近く蠢いている。

 不気味な単眼があり、黄色い長い脚が六本生えていた。


「この私の錬金生物、ストーンイーターの力ァ、お見せするのである! とくとご覧あれ!」


 虫を見た瞬間、アルマの顔が青くなった。


「虫の錬金生物……その外見と使用タイミングから考えて、増殖系だな!? 正気かお前! そいつらちゃんとレミングコマンドついてんだろうなぁ!」


 アルマがカルペインを指差して非難する。


「ア、アルマ殿、レミングコマンドとは……? あれはそんなにまずいものなのですか?」


 フランカが戸惑い気味にアルマへと声を掛ける。


「ああ、クソ、こっちじゃそう呼ばねえのか! 増殖系の錬金生物なんか、扱いを一歩間違えたらズリングがリティア大陸から消失するぞ!」


 アルマの言葉を聞き、フランカの顔が真っ青になった。

 アルマの言葉を聞いた《瓦礫の士》の隊員達は疎か、カルペインの部下達も顔色を青くし、カルペインへと不安げな眼差しを送っていた。


 レミングコマンドとは、集団自殺すると言い伝えられていたネズミの名を冠した言葉であり、アルマ達プレイヤーがマジクラにおいて使っていた俗称であった。

 増殖系の錬金生物の移動範囲と生殖行為に制限を課すための術式である。

 それを設定しておけば、その錬金生物にとって充分な餌があったとしても、一定以上の数には増えなくなる。


 だが、レミングコマンドには大きな欠点があった。

 増殖系の錬金生物を造り出すよりも、レミングコマンドを正確に術式として書き込む方が遥かに難しいのだ。

 故に、扱える技量もないのに増殖系の錬金生物を造り出すプレイヤーが何人も出現した。


 マジクラ世界では、幾つもの大陸の資源が軽い気持ちで生み出された錬金生物に喰い潰される事件が続いた。

 無論対策も講じられたが、多くのプレイヤーは増殖系の錬金生物自体に大きなトラウマを抱き、増殖系の錬金生物を造ったことが発覚した段階でネットに悪質錬金術師としてプレイヤー名が晒され続ける事態になっていた。


「その辺わかってんだろうなぁ、カルペイン! それっ、本当に大丈夫なんだろうなぁ!? お前っ、最悪この拠点なくなるくらいだったらいいが、それでこの大陸が沈んだらマジで一生恨むからな!」


 アルマがカルペインへと指を突き付けて怒声を上げる。


「ここの拠点がなくなるのも困りますよ!? 今カルペインに敗れてこの場所を失ったら、《瓦礫の士》は全てを失ったも同然ですからね!?」


 フランカが半泣きになってアルマの言葉に抗議する。


「フフン、何を言っているのかよくわからんであるが、敵の嫌がることをするのが戦いの定石というものである! 安易に試せる場がないため私も実戦投入するのは初めてであり、実験的な導入となる。そう、技術の犠牲とは、輝かしき未来のためのコストなのである!」


 カルペインが容赦なく瓶を地面へと叩きつけた。

 瓶が割れ、中からストーンイーターと称されていた虫が逃げ出し、四方へと散った。


「さあ、奴の拠点もゴーレムも、全て喰らい尽くしてしまうのである! 我がストーンイーターよ!」


 ストーンイーターは高速で這い回りながら、床や壁を喰らい、あっという間に卵らしきものを産みつけ始めた。


 カルペインの錬金生物、ストーンイーター。

 石材を食糧として急激な速さで繁殖する、典型的な拠点と資源潰しを目的とした増殖系の錬金生物であった。


「敵が混乱している隙に叩き潰すのである! 石のゴーレムなど、この私のストーンイーターで簡単に無力化できる!」


 カルペインが意気揚々と腕を振るい、部下達に指揮を出す。


「カッ、カルペイン様、本当にこれ、大丈夫なんですか!? あのアルマの言っていた通り、大変なことになるんじゃ……」


 ストーンイーターの様子に、カルペインの部下達もドン引きしている様子であった。


「大丈夫かどうかを確かめるための実験とも言えるのである! 古来より技術とは、競争の中で伸ばしていくもの! 錬金術もまた例外ではないのである!」


「お前っ! こっちだって都市に配慮してやってんだから、最低限のマナーくらい守りやがれ! ここ、お前のボスの都市だからな!」


 アルマは《魔法袋》から一本の試験管を取り出すと、カルペインの方へと投げつけた。

 割れた硝子片の中から、幾つもの白い塊が膨れ始める。

 すぐにそれは握り拳程の大きさになり、白濁した半透明の十体のカエルへと変貌した。


 カエルは各々に散って高速で床を駆けると、片っ端からストーンイーターを喰らい始めた。

 ストーンイーターを喰らったカエルは、身体が二つに分かれて増殖する。


「アルマ殿、こ、これは……?」


 フランカがアルマへと尋ねる。


「錬金生物メタ用トードの卵だ。移動速度も繁殖力も高いし、目標を達成したら勝手に自壊してただの液体に戻ってくれる」


 ストーンイーターも素早かったが、アルマのトードはそれ以上の移動速度と増殖速度を有していた。

 増殖の兆しを見せていたストーンイーターは、一分も経たない内に壊滅していた。

 トード達は丸々と肥えた腹部を天井へ向けて満足げに鳴き声を上げ、身体が破裂してただの液体へと変わっていった。

 あっという間の出来事であった。


「慌てて対応したが、増殖速度も移動速度も、石を壊す速度もそう速くない。これならビビってトードを出す必要もなかったな。アレは準備に手間が掛かるっつうのに」


 アルマは溜め息を吐きながら頭を掻く。


「こ、ここ、こんなはずが、ないのである……。今のは一体……? こんなピンポイントで、私のストーンイーターが対策されるなど……!」


「馬鹿かお前は。高性能の増殖系の錬金生物なら、瓶一個で大陸一つダメにできるんだぞ。対策しないわけがないだろうが」


「た、確かに……! 勉強になったのである……」


 カルペインは目をしぱしぱと開閉させ、カクカクとした人形染みた動きで頷く。

 明らかに動揺している様子であった。

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