第53話

 再び都市パシティアを出たアルマ一行は、《魔導バイク》で海岸へと向かっていた。


『まさか、例の海上遺跡に強行突破するつもりではあるまいな?』


「おいおい、俺だって徒に規則を破るような真似はしないさ」


『何の説得力もないのだが……。我には、あの冒険者ギルドの連中が可哀想に見えてきたぞ』


「仕方ないだろ? 俺らがゆっくり小銭集めしてたら、ミーアの村の連中がゾンビから戻れなくなってしまうかもしれないんだぞ」


『それはそうなのかもしれんが……ううむ……』


 クリスが唸る。


「それで、主様? どうするの?」


「ああ、俺は散々ギルドの規定やら例外やらを確認させてもらったからな。それによれば、モンスターランク5の魔物を倒した新人冒険者を、速攻でC級冒険者にした前例があるようだった。その後もギルド側で優遇して、早々にB級冒険者に押し上げたらしい」


 恐らくは有望な冒険者を逃がさないようにするための措置である。

 アルマが同じことをやってのければ、前例を重んじると言った手前、ギルド長のメイザスはアルマをC級冒険者にせざるを得ないはずであった。


「討伐した証明がーとか、また言われるんじゃないの?」


「いや、当時もモンスターランク5の魔物の亡骸なんて簡単に入手できるものじゃないという論調で、その場で即決したみたいだった。俺を認めないとなると、当時の判断に正当性がなかったということになって、遡って手続きをしなければいけないようになるはずだ。俺一人邪魔するためにそこまでせんだろう」


『……本当にいい性格をしているな貴様。しかし、モンスターランク5の魔物なんて、簡単に出てくるものではなかろう?』


「そうだな、クリスで4だからな」


『おい、何が言いたい』


 モンスターランク5というと、屍塊化ネクロスや、軍勢を考慮から外した単体のドウンなんかが当て嵌まる。

 後は《知恵の実》を食したホルスとアヌビスが該当する。

 なかなかぽっと何もない地に唐突に現れるランクではない。


「しかし、モンスターランク5っていうのは、結構神聖視されてるもんなんだな。あのときは色々と、他のプレイヤーの影を意識しすぎていたか。結局この都市に出てきてからも、発展した王国や技術の話を全く耳にしていない。ネクロスにはちょっと言いすぎたかもしれんな。別に、あそこまで《屍塊化》を下げなくてもよかったか」


 アルマはぽつり、他人事のようにそう反省した。


『あれだけ馬鹿にしくさっておいて、今更そんなことを言うのか……』


 クリスは深く溜め息を吐く。


 海岸に来たアルマは《魔導バイク》を停める。


『で……何をするつもりなのだ』


「これだよ。邪魔かと思ったが、一応持ってきておいて助かった」


 アルマは《魔法袋》より、《アダマントの釣り竿》を取り出した。

 深紅に輝く、神々しい釣り竿であった。

 キラリと、細かく鉱石を織り込まれた釣り糸が太陽に照らされる。


『……はい?』


「だから、これで釣り上げるんだよ。《アダマントの釣り竿》には、広大な海より、高価な魔物やアイテムを釣り上げる力があるんでな」


『まさか、それでモンスターランク5の魔物を釣り上げられる、とでもほざくつもりなのか?』


「ああ、そうだ。この釣り竿には《ルーンストーン》で《入れ食い[Lv10]》や、《レア引き[Lv10]》の追加効果も付与している」


 アルマの口にした《ルーンストーン》とは、装備に特殊な追加効果を付与するためのアイテムであった。


 因みに《ルーンストーン》の効果レベルを上げるには、同じレベルの《ルーンストーン》が二つ必要となる。

 最大である[Lv10]まで引き上げるには、なんと合計千二十四個の同種の《ルーンストーン》が必要となる。

 一つ一つがそれなりに高価であることもあり、そこまでして《ルーンストーン》の効果レベルを最大まで引き上げるプレイヤーはそう多くないが、アルマは[Lv10]ルーンの付与された装備を当然のように複数所有していた。


 労力が凄まじい分、最大レベルのルーンの効果はなかなかのものである。

《アダマントの釣り竿》に付与されている《入れ食い》は、単純に魚を釣れやすくする、というものである。

 そして《レア引き》には、稀少なアイテムや魔物を釣れやすくする、という効果があった。

 アルマのこの釣り竿は、マジクラ界における最強格の釣り竿であった。


『はあ……アホらしい。何か考えがあるのかと思った、我が馬鹿であったわ。そんな棒切れ一本で、危険な魔物をぽんぽんと釣り上げられていれば、とうにこの世界は滅んでおるわ』


 クリスが呆れ果てたように口にした。

 さすがに信じられない、といった様子であった。


「おいおい、棒切れ一本と言ってくれるなよ。この釣り竿を、ここの通貨でいう、千五百億アバル相応で売ってくれと頼み込んできた釣り師もいたくらいだぞ。まあ、通貨の単純な比較はできんがな」


『せっ、千五百億アバルであると!? さ、さすがに冗談であろう』


 千五百億アバルというと、今回アルマ達が集めようとしている四千万アバルの四万倍ほどの額である。

 あまりに桁が違う。

 クリスが先ほど、死に物狂いで集めるのに協力した五百万アバルが端金に思える金額であった。


『貴様、それ一本売れば金策が解決するのではないのか?』


「無理だろ。釣り竿一本に一億アバル出せる人間がこの都市にいると思うか?」


『そ、それもそうであるか……。というか……相手の男は、ぽんと釣り竿に一千億アバル出せる奴であったのだな。貴様、そのとき、売らなかったのか?』


「金よりアイテムだからな。造るのに馬鹿みたいに時間も掛かってたんだから、嫌に決まってるだろ。断ったら襲撃されて、殺し合いになったんだったか。いや、懐かしい」


 アルマは過去を思い返し、目を細めてそう口にする。

 釣り師イワナという名のプレイヤーであった。

 プレイヤー対戦を好まず、釣りを愛する錬金術師であったが、釣り道具を妥協できなかったがためにアルマに戦いを挑んできたのだ。


『……アルマ、もしかして貴様、我が想定していたより遥かにヤバイ奴だったのか?』

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