第52話

「……あの、貴方は、半日でゴブリンの砦を壊滅させ、ジャイアントリッパー、及びコボルトなどを中心とした百体規模の大群を壊滅させたと、あくまでそう主張するのですな?」


「ああ、そう何度も言ってるだろうが」


 冒険者ギルドの受付で、アルマは初老の男と口論を続けていた。

 男の名はメイザスと言い、この冒険者ギルドの長であった。

 シーラではアルマの対応は不可能と判断した他の職員が彼を連れてきたのだ。

 シーラは半泣きの表情でメイザスの横に引っ付いていた。


「……その割には、元気そうですな、アルマ様」


「いや、酷い目に遭ったぜ。死ぬかと思った。運が悪かったんだな」


「その、色々と前例のないことなので、お待ちください。……おい、お前達、森の確認に三名程向かわせよ。それから、都市で顔に入れ墨の入った錬金術師が妙なことをしていないか調べろ」


 メイザスはアルマへと頭を下げた後、声を潜めて部下へとそう命令を出した。


「無駄だと思うぜ」


 余裕ありげなアルマの態度に、メイザスは深く溜め息を吐く。


「メイザス様……実物があるのは本当なのです。どうにも昇級が目当てのようですし、もう素直に通してしまっては?」


「ううむ、ここまで露骨な真似を通しては、今後のギルドの信用に差し障りが出かねん……。それに、他の冒険者達も、この異様な騒ぎに関心を持って、我々の動向を見守っている。下手なことをすると、嫌な前例になる」


「それはそうですが……」


 他の職員と話し合った後、メイザスはアルマへと向き直る。


「アルマ様よ、換金は勿論行わさせていただきます。ゴブリンの巣の調査についても、素早く確認を行い次第、適切な報酬を出させていただくと約束いたしましょう。ただ、申し訳ございませんが、C級の審査には数日時間を下さらんか? ひとまずお二方は、D級冒険者とさせていただきますので」


「数日だと? おいおい、聞いていないぞ。俺は急いでるんだよ。ギルド規定でも……」


「そういった前例はございます。調査に時間が掛かった場合は、結果が出るまで昇級は認められませんので。ご了承いただきたい。フフ、無論、我々の目的は公正なギルドの運営。そのようなつもりはありませんが、我々がその気になれば、いくらでも調査を引き延ばすことができますので。あまりそのように、規定の粗を捜すような真似は避けていただいた方が、互いにとって建設的かと思いますがな」


 メイザスは額に脂汗を浮かべながらも、顔に精いっぱいの笑みを浮かべる。


「なんだと? つまり俺がどれだけルールの穴を突いても、お前らは誤魔化して引き延ばすだけだということじゃないか! 卑怯だぞ!」


『……いうほど卑怯か?』


 クリスが疑問を呈する。

 メイリーは怒鳴るアルマの横で、興味なさそうに欠伸を漏らしていた。


「き、貴様ら、ズルをやったのか!」


 罵声に振り返れば、禿げ頭の冒険者ボルドであった。


「ズルとはなんだ。俺は高速で森を動き回って、その間不幸にも魔物に襲われ続けただけだ。いや、とんでもない目に遭った」


「最早隠す気もないよなあ!? し、白々しいぞ!」


「もう少しそれらしい話を用意したかったが、そうとしか言いようがなかったんでな。こんなところで時間を掛けている猶予も俺にはないんだ」


「貴様……!」


 ボルドが掴み掛かってきそうになったが、彼の相棒のフノスがボルドを羽交い絞めにした。


「落ち着いてください、ボルドの兄貴ぃ! こいつらに関わるの止めましょう! なんか凄く嫌な気がするんです!」


「だっ、だが! 舐められたままで引き下がれるかよ! 馬鹿にしやがって!」


「またつまらんことをやっているのか」


 羽根帽子の、金髪の剣士が分け入ってきた。

 以前同様キュロスである。

 だが、依然と違い、キュロスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。


「キュロスさん! しっ、しかし、こいつは……!」


「……証拠はない。その追及はギルドの仕事だ、我々冒険者が口出しすることではない」


 キュロスは忌々しげにそう口にした。

 心中では、明らかにアルマの不自然な功績に苛立っていることは間違いなかった。


「おお、キュロス! 今日明日にはどうにかC級冒険者になるから、待っててくれよ! 約束は守ってくれるよな?」


 アルマはキュロスへと手を振ってそう言った。


「……あ、ああ、言ったともさ。男に二言はない。そう、二言はない……二言はない、が……」


 キュロスは引き攣った表情でアルマへと視線を返し、ぶつぶつと自身の言葉を繰り返す。


「なあ、キュロスさん! あのアルマって奴、オーガも数体倒したって宣ってやがるんだぜ! あんなの野放しにしてたら、初依頼でオーガを討伐した話を未だに武勇伝にしてる貴方の名にだって、傷が付きますぜ!」


「な、なんだと!?」


 ボルドの言葉に、キュロスが興奮に鼻穴を広げてアルマを睨み付ける。


「おい、待てアルマ! これ以上、このギルドで妙なことをするのなら、この私がお前を許さんぞ!」


 アルマは騒ぐ彼らと野次馬達へ背を向け、悠々とギルドを後にした。


「主様、とりあえず素材換金だけで五百万アバルになってよかったね。ゴブリンの巣も、確認が取れ次第五十万アバル程度にはなるって」


『地道に森で魔物だけ狩ってもいいのではないか?』


「目標は四千万アバルだぞ? それに《魔法袋》の容量だって限界があるんだから、何度も行ったり来たりしていられるか。魔物だって、すぐ周辺から姿を消すから効率が落ちる。それより、ここのギルドは慣例って奴を重んじると、ギルド長さんより言質が取れたからな」


『また何かやらかすつもりか……?』


「ああ、いい方法がある。あんまり露骨な真似はしたくなかったが、仕方ない。手段を選んではいられないからな」


『もう散々やらかした後だと思うのだが……』

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