第36話

 アルマはメイリーから飛び降り、《魔法袋》から《アダマントの鍬》を構えた。


「なるべく後ろに魔物を通すな! 残党もこのまま処理するぞ!」


 小さな魔王ドウンは、無事に《終末爆弾》と《水源石》で決着がついた。

 だが、ドウンの引き連れてきた魔物の群れはまだまだ残っている。


「メイリー、今回は本気で頼むぞ!」


「ん、任せて。後でたっぷり、良いもの食べさせてもらうからね」


 メイリーの身体が光に包まれ、全長一メートルの、純白の竜へと姿を変えた。

 メイリーが魔物の群れを突進していく。


 ゴブリンの群れが一斉に棍棒を構え、向かってくるメイリーを警戒する。

 だが、次の瞬間には、ゴブリン達はメイリーの爪に裂かれてバラバラになっていた。


『こんなものだよ』


 メイリーが得意げに笑う。

 周囲の魔物達は動きを止め、一斉にメイリーを警戒していた。


「ワオッ!」


 アヌビスは自身より体格の大きなカースウルフの首を噛み潰し、地面へ引き倒す。

 そしてすぐに次のカースウルフへと飛び掛かっていく。


 アルマも魔物の頭を《アダマントの鍬》で叩き潰しながら、魔物達の奮戦に目をやっていた。


「みんな、頑張ってくれてるな……」


『うぐぐっ! こっ、こ奴ら、普通に強いではないか!』


 泣き言が聞こえ、アルマは空へと目を向けた。

 クリスが三体のジェムバードの魔物に囲まれ、必死に応戦していた。


 ジェムバードは額に真っ赤な宝石が埋め込まれている大きな鳥である。

 亡骸の価値が高いありがたい魔物であるが、その分モンスターランク3と高めである。

 赤い夜レッドムーンで強化されていることもあり、クリスはなかなか苦戦を強いられているようだった。


「……クリス、頼むぞ。外に散らばった魔物は、お前に相手をしてもらわないと困るんだから。メイリーは地上で、纏まった数を倒してもらいたいんだよ」


『わっ、我が弱いのではない! メイリー様と、そこの黒犬が強すぎるのだ!』


 クリスは必死にジェムバードと交戦しながら、そう弁明する。


『フンッ!』


 そのとき、丁度クリスの下で、ホルスが回転蹴りを放ち、寄ってきた十近い数の魔物を吹き飛ばした。


『私はあまり戦闘向きではないのですが、全力を出させていただきますぞ!』


 ホルスが金色の翼を大きく広げ、敵を威嚇する。


 アルマはチラリとクリスへ目をやった。


『わ、我は、あの鶏以下なのか……?』


 クリスがやや落ち込んだようにそう零した。

 メイリーとアヌビスに負けるのはまだ納得が行ったが、ホルスに負けるのは納得がいかなかったらしい。


 個々の戦力では、間違いなくアルマ達が圧倒していた。

 だが、敵は倒しても倒してもキリがない。

 時間が経つごとに後列に構えていた魔物達が、広がりながら前に出てきていた。


 誰かが敗れることはないだろうが、そろそろ飽和した魔物が村へと向かいそうになってきていた。


『アルマ様! 少々手数が、足りないのでは……?』


「大丈夫だ、対策はしっかり村に残してきた。そろそろ来る頃だ」


『来る、とは……?』


 そのとき、村の方から大きな音が響いてきた。

 アルマはようやく来たかと、音の方へ振り返る。


 大きな蒸気機関車であった。

 このために線路を敷き替えて村の北側に繋げ、外壁にある門から発射できるようにしたのだ。


 線路でなく大地の上であるため不安定ではあるものの、これでもかと石炭を積み上げて強引に加速させ続けることで、どうにか横転せずに保っていられていた。

 操縦席には、一体のアイアンゴーレムが搭乗している。


「これぞ《トレインストライク》!」


 蒸気機関車が魔物の群れに突撃していく。

 大量の魔物が轢き潰されていった。

 蒸気機関車が魔物を巻き込みながら派手に倒れ、そのまま数十メートルほど転がっていった。

 真っ赤に熱された石炭がばら撒かれ、草木に引火していく。


「ちょっと勿体なかったか? まあ、鉄は腐る程集まったからな」


『アルマ様、なかなかエゲつないことをなさいますな……』


 ホルスは炎に巻き込まれていく魔物を、少し申し訳なさげに眺めていた。

 

「勝てばいいんだよ、勝てば。俺達が突破されたら、背後の村が被害を被るんだぞ?」


『な、なるほど……』


「これで敵の数はかなり減らせた。後は散らばった奴らを確実に狩っていくぞ!」


 それからすぐに決着はついた。

 魔物は無事に一体残らず撃退に成功し、従魔の中から大きな怪我を負ったものも出てこなかった。


 アルマは魔物が何体か村に入り込むことを危惧していたが、結局それは気宇であった。

 初手の《終末爆弾》からの水攻めで魔物の頭目であったドウンを倒せたことと、中盤に放った《トレインストライク》に多くの魔物を巻き込めたことが大きかった。


「主様ー、ボク疲れた、おんぶ」


 珍しくメイリーもヘトヘトになっていた。


「よく頑張ったな。仕方ない、今日だけだぞ」


『うぐぐ……。何故ニンゲンなぞのために、我がここまで必死にならねばならんのだ』


 クリスが苦しげにそう零す。

 そのとき、アルマとクリスの目があった。


『なっ、何か言いたげではないか! わっ、我を責めるつもりか!』


「いや、よく頑張ってくれた。主戦力のメイリーに飛行能力のある魔物を追わせていれば地上がパンクしていた。お前がいなかったら、間違いなく村に被害が出ていた」


 クリスはアルマの礼が意外であったので、ぽかんと口を開け、呆気に取られていた。

 だがすぐに首を振り、表情を固めた。


『フッ、フン、貴様らニンゲンのためにやったわけではないがな。メイリー様が貴様に従っておられるから、我も合わせているだけのことだ!』


「これからは削る尻尾の長さに手心を加える」


『……そこは外さぬのか』


 クリスががっくりと頭を下げる。


「悪いな、クリス、魔石は貴重なんだ。しかし……こうして終わってみると、悪いことばかりではなかったかもしれないな」


『ま、まぁ、我も、貴様らニンゲンのことを、ちょっとは誤解しておったかもしれん。多少は認識を改めてやってもよい。気が向けばこのクリスティアル、少しは力を貸してやることもやぶさかではない……』


「見ろ、この魔物の亡骸の山を!」


『うむ?』


「皮も肉も骨も剥ぎ取り放題だ。平常時ではまず現れない魔物も多く混じっている。鉱物は集まっていたが、魔物の素材はほとんどなかったからな。これでまた、できることが広がったというものだ」


 錬金術師にとって魔物の亡骸は宝である。

 皮は衣服に、肉は料理に、牙や骨や爪は武器に、そして内臓は薬になる。


「クク、やりたいことが一気に広がったな。ハロルドに怒られないように、色々と申請を出しておかないとな。……どうしたクリス、不貞腐れた顔をして?」


『なっ、なんでもないわい!』

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