第121話

 ゲルルフとの決着の翌日、《瓦礫の士》の長であるカラズが演説の場を設け、ゲルルフのこれまでの悪事を全て白日の許に晒した。


 ゲルルフの彼に反抗を示す者への弾圧、周辺村落への襲撃、悪魔錬金術のための生贄の数々。

 カラズは《支配者の指輪》の存在も改めて公の場に出し、自身で身に着けて効果を実証した後に指輪をその場で破壊した。

 ゲルルフを地下牢へと幽閉したこと、そして全ての元凶であった《叡智のストラス》を消滅させたことを明かした。


 ゲルルフの部下については《支配者の指輪》の影響下であったためだと説明をして、一部の残虐な行いを働いていた者を除いて無罪放免とすることになったことを語った。


 アルマは民衆に紛れてカラズの演説を聞きながら、メイリーと並んで雑な拍手を送っていた。


「カラズも馬鹿正直なこって。俺は急激な変化に対して都市が混乱に陥るだろうから、使わないにしろ一応ゲルルフの《支配者の指輪》は保険として持っておけって進言したんだがな」


『アルマ……お前……』


 《龍珠》の中より、クリスが呆れたようにそう零す。


「あのおっさん、ちょっと真面目というか、堅物過ぎる気がしてな。まああの戦力差で、義憤のために半ば無謀なレジスタンス結成していたくらいだからな」


 メイリーはいつも通り大きな欠伸をして、カラズの演説を熱心に聞いている民衆達から非難の目を向けられていた。


「儂は従来の格差構造を廃し、平等な都市にしていきたいと考えておる。だが、我ら都市ズリングにはもう悪魔の力はない。これまで通り、豊かで安全な暮らしを続けることは難しいかもしれん。これからは悪魔の力ではなく、人の手でこの都市ズリングを発展させていかなければならない。そのためにも、どうか儂に力を貸してほしい!」


 カラズの言葉にまた拍手が溢れる。


「なんつーか……本当に生真面目だよな。今そんなネガティブなこと言わなくていいだろ。ズリングを纏めるには、ゲルルフくらいは狡猾さがあった方がいいかもしれねぇな」


 アルマの発言に、周囲の者がムッとしたように彼を振り返っていた。


『アルマ、もうお前、黙っておれ! 我が恥ずかしいわ』


「今後、苦労することも多いであろう。だが、ゲルルフが度々口にしていた……錬金術によって魔物の溢れる世界に対抗するという言葉、それ自体については儂も賛成である。大海を隔てた先のロディアン帝国でも、錬金術によって大国を築くに至ったとされている。ゲルルフに師事していた錬金術師達には、投獄を免れる条件としてズリング新生錬金術師団に入ってもらい、ズリングの発展に尽力してもらうこととなっておる」


 昨日、今日とアルマもカラズも各々忙しい身であり直接言葉こそほとんど交わしていなかったものの、そこまではアルマも耳にしていたことであった。

 そのことに反対もない。

 だが、次の言葉を聞いた途端、アルマは驚愕することとなった。


「また、優秀な錬金術師であり、この都市を悪魔の手から救い出した英雄アルマ殿を、ズリング新生錬金術師団の最高顧問として迎え入れようと考えておる」


 これまで以上の拍手が周囲一帯に鳴り響く中、アルマは大声を上げることになった。


「はぁあああああああああああ!?」


 素早く背後からフランカがすっと現れる。


「さ、アルマ殿、前へ」


「前へ、じゃないが! お前ら……謀ったな! わかったぞ! 是が非でも断られたくなかったから、不意打ちで仕掛けてきやがったんだな! 俺は戻るところがあるんだよ!」


「たまにご意見をいただくだけで結構ですので……! 英雄様の名前を貸してくださるだけでも、カラズ様に箔が付きますから」


『よかったではないか、アルマ。カラズが狡猾さに欠けておることを不安がっておったが、心配する必要はなさそうであるぞ』


 クリスが口を挟み、アルマは一層と口許を歪めた。


「そう仰らないでくださいよぉ、アルマ様ぁ。このゾフィーの師になっていただけると、お約束したではありませんかぁ」


 人影からぬっと、気色の悪い笑みを浮かべる金髪の少女、ゾフィーが現れた。


「わかったぞ! 錬金術師団に編入させられたお前の入れ知恵だな! 面倒な奴を引き剥がせたと安心していたのに! カラズめ、俺はどんな状況でも空気を読まずにノーと言える人間だと教えてやる!」


 アルマは周囲に目を走らせる。

 皆期待に満ちた表情で、アルマを見つめて大きな拍手を送っていた。


 因みに先程アルマの軽口に難色を示していた者は、『お前かよ』と言わんがばかりの顔でアルマを睨んでいた。


「いいんですかぁ、アルマ様。カラズは、ズリングの政に対してもアルマ様に大きな権利を持たせようとお考えのようですよぉ。都市開発を建前にすれば、今後はズリングの膨大な資金を用いて、好き放題に錬金術の行使ができます。ね? ね? こんな機会、一生ないかもしれませんよぉ」


「……ま、まぁ、たまに顔を出すくらいなら引き受けてやってもいいかもしれんな。今、この場の空気を壊すわけにもいかんし」


 アルマは口許を押さえ、思案する。


『現金な奴め……』


 クリスが呆れたように漏らした。


「それにぃ、カラズ、アルマ様がズリングを乱した元凶である悪魔を、こっそり生かして飼い殺しにしていること、見逃してくれるって言ってましたよぉ。よかったですねぇ」


 アルマは口を閉じ、顔を青くした。

 《叡智のストラス》を気絶させた後、アルマはストラスの出てきた鏡を用いて彼女を封印し、軟禁状態にしたのである。


 マジクラの世界であれば知恵のある魔物を閉じ込めても、ひたすら単調な動作を繰り返すばかりであった。

 だが、現実化したこの世界ではそうなるとは限らない。

 閉じ込めて心をへし折れば、《叡智のストラス》を一方的に便利アイテムとして使えるかもしれないとアルマは考えたのだ。


 本来ならばプライドが高く飼い慣らすことが困難であったはずのクリスタルドラゴンも、上級ドラゴンであるメイリーの力を見せつけることで従わせることに成功しているのだ。


 そういう考えで《叡智のストラス》を捕まえていたのだが、どうやらカラズに発覚してしまっていたらしい。


『だから止めておけと我は言ったのに』


 クリスが溜め息を吐く。


「今日中には戻ろうかと考えていたが、ま、まぁ、そう急いでハロルドの奴に報告しなきゃいけないこともないだろう! もうちょっとくらいカラズに力を貸してやって、区切りがついてから戻っても遅くはない。今はズリングも大事な時期だしな!」


 アルマはさっと抵抗を止め、カラズの許へと小走りで向かっていった。

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最強錬金術師の異世界珍道中 猫子 @necoco0531

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