第116話

 ゲルルフはアルマ目掛けて黄金の杖を振るう。

 《悪魔の水ショゴス》の一部が飛び出て、無数の弾丸となってアルマ目掛けて放たれた。


「自身への注意を逸らすために二手に分かれたようだが、あの竜の娘さえ近くにいなければお前は脆い! 猛毒の雨粒の前に、朽ち果てるがいい!」


「弱点は対策しないわけがないだろうが! 《アルケミー》!」


 アルマの持つ《ガムメタル》が膨れ上がり、盾となって彼の身体を守った。

 黒い液体がすぐに《ガムメタル》を腐食させて溶かしたが、アルマは時間を稼いだ間に素早く《魔法袋》から石を引き抜き、テラスの端へと放り投げた。

 アルマの身体が、素早く石の許へと瞬間移動した。


 《ワープストーン》というアイテムである。

 投げた先へと自身を瞬間移動させる。

 動きが読まれやすい、投擲範囲が移動限界になるなどの弱点は多いが、廉価で錬金術師本体の移動速度の低さをカバーできる、優秀なアイテムである。


 だが、その間にゲルルフはアルマへと距離を詰めてきていた。

 アルマはテラスの端に立っていたため、《悪魔の水ショゴス》の巨体に逃げ道を潰される形になった。


 至近距離から触手を振り回されれば、アイテムを駆使してもアルマの身体能力では対応し続けることは難しい。

 おまけに《ガムメタル》も、先の攻撃で使い物にならなくなってしまっていた。


 《ガムメタル》は流動性が高いが故に物理的な衝撃には強い。

 だが、この手の腐食攻撃や、超高熱の炎のようなプラズマ攻撃が弱点であった。


「アルマ……先の言葉が、全てブラフだったとはな……! よくぞこの俺を出し抜いたものだ!」


「どの方法でやるか、ちょっとメリットデメリットを比較して考えていただけだ。打開策がないから考えたい、なんて俺が一言でも言ったか? 人を嘘吐きみたいに言いやがって」


 ゲルルフの眉間に皴が寄った。

 アルマの軽口に対して、明らかに苛立っていた。


「一流の錬金術師は、臆病で性格の悪い奴が多くてな。悪いが、お前とは駆け引きの場数が違う」


 テラス端に追い詰められた状態で、アルマは悠然と笑ってそう答えた。


「ゲルルフ……警戒心が強いのは結構だが、臆病も過ぎれば単に自身の選択肢を狭めることになる。一番安全な手札しか切らないのなら、それほど動きを読み易い奴はいない。ダンジョン攻略とボス討伐はできても、プレイヤー戦はそれじゃあ生き残れないぜ」


 迫りくるゲルルフに対して、アルマはテラスの手摺へと足を掛けた。


「お前、何を……!」


 ゲルルフの問いには答えず、アルマはそのまま外へと飛び降りた。


 ゲルルフはテラスの端に立ち、慌てて下を見る。

 滑空して来たメイリーが、アルマのローブを掴んで宙で受け止めていた。


「いきなり飛び降りないでくれない? ちょっと冷っとしたんだけど」


「お前なら余裕で間に合うだろ。そもそも、俺があんな化け物と正面から殴り合うわけないんだから、飛び降りるのはすぐわかっただろ」


 宙を飛ぶ二人の様子を、ゲルルフは唖然と眺めていた。


「ゲルルフ、飛べなくて遅い、ショゴスを選んだのは失敗だったぜ。確かに防御能力は高いが、勝つためならもっといくらでも便利なアイテムを主軸にする術はあった。機転の利かないアイテムに頼り切るなんざ、錬金術師同士の戦いじゃ下策も下策だ」


「ここまで来て、逃げるつもりか……?」


 ゲルルフがアルマを眺めながらそう漏らしたとき、テラスに鉱石が落ちていることに気が付いた。

 アルマが先程錬金していたものに間違いなかった。

 ゲルルフの目前で、鉱石はすぐに発光を始めた。


「爆発物……? だが、そんなもので、この《悪魔の水ショゴス》を突破できるはずが……」


 そこまで口にして、ゲルルフの顔が真っ蒼になった。

 鉱石のすぐ下の床に、淡い白の輝きを放つ文字が刻まれていた。


 奇妙な白く光る文字……それは《ルーンストーン》によって、追加効果の付与を行った証であった。

 ゲルルフにも《ルーンストーン》の知識はあった。

 ある程度は文字から効果を読み取ることができる。


「この形状……まさか、《脆弱》のルーンを、このテラス一帯に付与したというのか!」


 追加効果……《脆弱》。

 ハズレルーンの一つである。

 ルーンを付与された対象物は壊れやすくなる。


 元々アイテムに付与することが前提の仕様である。

 ルーン一つで城一つのような面積をカバーすることは当然できないが、ゲルルフの立っている位置くらいまでなら充分対象範囲内であった。


 ゲルルフがその場から離れる暇もなく、鉱石が爆発を起こした。

 テラスの床に亀裂が走り、一瞬にして崩壊が始まる。

 ゲルルフは成すすべもなく、《悪魔の水ショゴス》に包まれたまま、地上へと一直線に落下していった。


「こんな……こんな、馬鹿げたことが! ショゴスに……悪魔の絶対防御に、このような弱点があったなど……!」


「おいおい、落下ダメージなんか、マジクラじゃ一番注意すべきダメージだぞ」


 《悪魔の水ショゴス》は確かに外からの攻撃を受け止めて遮断することができる。

 だが、落下ダメージは例外であった。


 《悪魔の水ショゴス》は高次元の世界の住人である、悪魔の力を得ている。

 自身より低次元の物体に対して、触れるかどうかを好きに選択することができる。


 同時に猛毒の液体でもあるため、守っている対象であるゲルルフに対し、常に触らない選択をする必要があるのだ。

 ゲルルフ自体に触ることができないため、落下衝撃から彼の身体を庇うことができないのである。


「俺は……俺は、こんなところで終わっていい人間ではない! 俺は世界を手中に収める男だ!」


 ゲルルフの叫び声が響く。

 それと同時に《悪魔の水ショゴス》に包まれたゲルルフの身体が、轟音と共に塔の前へと叩きつけられた。

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