第58話

 アルマ達はラメール遺跡に踏み込み、そのまま中央の祭壇内部へと入り込んだ。

 中には巨大な通路が続いている。

 表の建造物群はだたの表層であり、本体は建造物群の地下にあった。

 これはマジクラでアルマが見たラメール遺跡と同一であった。


 アルマは周囲へ目を走らせる。

 中には巨大なクリオネのような彫像があった。

 上部がくり抜かれて燭台のようになっており、奥には青い炎が灯っている。


 この炎は特異な魔法によって生み出されたもので、仮に水の中でも周囲を照らし続ける力を持っている。


『しかし……奇妙な等間隔の粒があって、不気味な床と壁であるな』


 クリスが《竜珠》の中でぼやく。

 アルマは軽く壁を叩いた。


「こいつは厳密には鉱石とはちっと違う」


『ほほう?』


宝魔珊瑚アプサラス……まぁ、要するに珊瑚だ。ラメールは海底の珊瑚を錬金術で加工する」


『こ、これ全てが、加工した珊瑚なのか……!』


 クリスが驚きの声を上げる。


「……ああ、それでこの宝魔珊瑚アプサラスだが、凄い性質を持っている」


 アルマは声をやや潜めてそう口にした。


『凄い性質であると……?』


宝魔珊瑚アプサラスは、海轟金トリトンという希少金属を含んでいてな? ここ、青色が濃くなっているところがあるだろ? ここをぶっ壊せば、纏まった量の海轟金トリトンが手に入る……! ラメール遺跡は宝の山だぜ」


 海轟金トリトンはランク6の金属である。

 両手で抱えられるくらいの纏まったインゴットを造れば、最低でも一つ二百万アバル程度の値で売り捌けるはずであった。

 全体が海轟金トリトンの採掘できる宝魔珊瑚アプサラスであるのだから、アルマにとってこれ以上なく掘り甲斐のある遺跡であった。


『貴様は鉱物のことばかりか。やはり、またこの遺跡を穴ボコにするつもりであるな? 気の毒なラメール共よ』


「何を言ってるんだ? 青色が薄いところでも微量の海轟金トリトンが含まれているんだ。放っておくような勿体ないことをするものか。最終的には全部叩き壊して精錬するさ」


 ひとまずは遺跡に巣食っているであろう魔物の掃除と、行方不明の調査隊の救助が優先である。

 だが、アルマは最終的にこの遺跡全体を精錬して《海轟金トリトンのインゴット》を大量生産する予定であった。


『化け物め』


 クリスが《竜珠》の中で低く唸った。


「飽和して金属全般値崩れするだろうが、こりゃ海轟金トリトンだけで数十億アバルはいっちまうな。そこまで目立ったことすりゃ流石に都市に大半持ってかれるだろうが、数億アバルは余裕で残るだろ。目的の四千万は達成できるな」


『都市パシティアも大迷惑であるな、たった一人のために金属相場が滅茶苦茶になるとは』


「何言ってるんだ。お宝大量に抱え込んで、突然ひょっこり出てくるラメール遺跡が悪い」


『貴様でもなければ遺跡全体を精錬しようとは思わんであろうに……』


 クリスが大きく溜め息を零す。


『しかし、ラメールは錬金術を扱えるのか? 宝魔珊瑚アプサラスを加工しているという話であったが』


「ああ、奴らは凶悪で暴力的だが、魔法や技術に長けている。それに他種族を奴隷にしてこき使うのが大好きでな。そいつらにスキルを教えさせることで、幅広い技術を身に着けている」


『なるほど……危険そうな連中であるな』


「危険も危険だ。一体一体がモンスターランク4だからな。悪知恵が働き、触手で多彩な戦いができる。おまけに身体能力はほぼ一定だが、魔法や戦闘の技量は個体差が大きい。同ランクで大柄なだけで動きの鈍いクリスよりずっと強いぞ。お前は範囲攻撃と持久力に長けているが、一対一ではあまり役に立たない格下狩り特化型だからな」


『すまん、ラメールが強いのはわかったが、我で換算するの止めてもらっていいか?』


「流石にホルスなら大体のラメールには勝てるだろうが、相手の準備と地力次第ではどうなるかわからん」


『我で換算した後にホルスで考えるのも止めてもらっていいか? 当てつけか?』


 少し進んだ後に、クリスが不安げにアルマへ声を掛ける。


『の、のう、アルマ、ここはただの遺跡であるのだから、ラメールは不在であるのだよな?』


「なんだ? ラメールが自分以上だと聞いて不安になったか」


『ちゃっ、茶化すでないぞ、ニンゲン如きが!』


「ラメールは遺跡を封印するときに、何体か仲間も一緒に封印してるはずだ。絶対に出てくるぞ。仮に何らかの要因でラメールがいなくても、どの道調査隊が崩壊に追い込まれてる時点で、ランク4程度の魔物は出てくるぞ」


『む、むう……』


 アルマ達が進んでいると、通路の先の宝魔珊瑚アプサラスの青い壁に亀裂が入った。

 アルマが警戒して身構えた刹那、亀裂が広がる。


 壁を突き破り、巨大な青く輝く魚が現れた。

 大きな顔いっぱいに口が広がっており、鋭利な牙が並んでいた。

 長い身体を穴より伸ばし、アルマへと飛び掛かっていく。


 死神ウツボと呼ばれる、モンスターランク4の魔物であった。

 規模と速度、攻撃力に特化したタイプであり、不意打ちで相手を喰い殺すことを得意としている。

 その速度に反応が遅れたアルマへと、死神ウツボがぐんぐんと伸びていく。


 アルマへと死神ウツボの牙が触れかけたところで、メイリーが彼の前へと飛んだ。

 死神ウツボの顔面に掌底を打ち付け、突進の軌道を右側へと弾く。

 直後、素早く宙返りしたメイリーが、勢いを乗せた蹴りを死神ウツボの頭へと放つ。


 死神ウツボは目を回し、口から泡を吹いた。

 側頭部を壁に打ち付け、勢い余ってそのまま直進する。

 壁が削れ、死神ウツボがどんどん減衰していく。


 死神ウツボは横倒しになり、そのままピクリとも動かなくなった。

 メイリーに蹴られた頭蓋が砕けている。


「大丈夫、主様?」


 メイリーは気軽な調子で声を掛ける。


「おう、サンキュー。今は防具の耐久値を修復できる素材も貴重だから助かる。丁度腹が減ってきたところだし、飯にするか」


『……まぁ、メイリー様がおる時点で、そう怖がる必要もないわな』

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