第29話
アルマは躊躇いなくゴーレムの掘った穴の中へと飛び降り、クリスタルドラゴンと並んだ。
アルマはクリスタルドラゴンの頭部を見上げ、ニヤリと笑った。
「魔石が見つからなくて苛立ってたところだったが、こんな特大のが見つかるとはな」
『ニンゲン如きが、この我を愚弄しおって! 黒焦げになるがよい!』
クリスタルドラゴンはアルマ目掛けて、蒼い炎を吐き出した。
アルマは《魔法袋》を手で叩く。
彼の前方に、全長一メートル程度の巨大な赤い盾が現れた、
アルマはその背後で屈む。
赤い盾は、綺麗に蒼い炎を弾いた。
『な、何だと……?』
「ここで掘った、日輪石と鉄を合わせて造った、《火除けの大盾》だ。性能はばっちりらしい、テストできてよかった」
『小賢しさはニンゲンの特権か! だが、膂力では我ら竜種に敵うものなど存在せん! 挽肉になるがよい!』
クリスタルドラゴンは翼を用いて宙に浮かぶと、腕を振り下ろしながらアルマへと飛び掛かっていった。
凶悪な鉤爪が、大盾ごとアルマを叩き潰そうとする。
だが、飛び降りてきたメイリーが、あっさりと片手でクリスタルドラゴンの爪を受け止めた。
『馬鹿な! 亜人の小娘如きが、我が爪をあっさりと……?』
「亜人……?」
メイリーが苛立ったように低い声を出す。
クリスタルドラゴンがハッとしたように目を見開いた。
『この魔力……ま、まさか、伝説のドラゴン、世界竜オピーオーン様だとでもいうのか!?』
「知ってるか? クリスタルドラゴンは、剣よりツルハシの方がダメージが通りやすいんだ」
アルマは《魔法袋》より、《アダマントのツルハシ》を取り出した。
『なっ……! その深紅の輝き、アダマントだとでもいうのか!』
クリスタルドラゴンは逃げようとしたが、爪をがっしりとメイリーに押さえ込まれていた。
『ま、待てニンゲン! 早まるな! 我など狩っても、低品質な魔石しか手に入らんぞ!』
「今は量が欲しいんでな! お前の低品質魔石で勘弁しておいてやる!」
アルマは大盾の上に足を掛けて跳び上がり、そのままクリスタルドラゴンの目前へと躍り出た。
《アダマントのツルハシ》の一撃が、クリスタルドラゴンの額に突き刺さり、罅が走った。
クリスタルドラゴンの、悲鳴のような叫び声がダンジョンに木霊した。
「グゥオオオオオオオオオオオオオッ!」
クリスタルドラゴンは地面を転がり、壁へとその巨躯を打ち付ける。
ダンジョンが大きく揺れる。
「さて、止めを刺すか」
アルマは《アダマントのツルハシ》を構えながら、クリスタルドラゴンへと接近していく。
『ま、待て! 待つのだニンゲン! そうだ、魔石の出る場所を教えてやろう!』
「そこを掘るより、今お前を狩った方が早いが」
『降伏する……! 一方的に襲ったのは我の落ち度である、もう決してニンゲンを襲いはせん!』
クリスタルドラゴンは起き上がり、アルマへと頭を下げた。
アルマはその様子に、額に皺を寄せる。
本来、ドラゴンは膂力と魔力で自身らに劣る人間を見下し、同時に嫌悪している傾向が強い。
例外の竜種もいるが、クリスタルドラゴンはそうではなかったはずだ。
知性はあるが、自身の領域でニンゲンを見掛ければ、問答無用で襲い掛かってくることが多い。
プライドも高く、温厚な竜種の卵でも手に入れなければ、従魔にすることはほぼ不可能なはずであった。
「チッ、やり辛い。ドラゴンはもっと、誇り高い奴らだと思ってたんだがな。頭を下げてまで命乞いとは」
アルマは《アダマントのツルハシ》を下ろす。
『ニンゲン、我も非力な貴様だけであれば、頭を下げるなど死んでも許容できることではなかったが』
「あん?」
アルマは下げかけた《アダマントのツルハシ》を再び構えた。
『だ、だが、世界竜オピーオーン様が従っているのであれば、話は別である! 我らにとって神にも等しき存在、歯向かうことはできぬ……』
「え……ボク?」
メイリーが目を瞬かせ、自身を指で示す。
「なるほど、そういうことか」
アルマは納得し、一人で小さく頷いた。
ドラゴンがメイリーを神聖視しているのは理解できる。
何せメイリーは、マジクラ最強格のドラゴンの娘である。
マジクラではそのようなことはなかった。
しかし、現実化したこの世界であれば、ゲーム仕様と既存の設定の延長として、ドラゴン達が世界竜オピーオーンを神聖視するようになっていてもおかしくはない。
「だが、お前が炎を吐き散らして、俺を握り潰そうとしてくれたことに変わりはないわけだ。こっちが常人なら二回は死んでいる。ゴーレムも一体ぶっ壊してくれたな? わかってるよな? そして俺は、魔石が欲しい。ただで済むなんて、都合のいいことは考えないことだな」
アルマはゆっくりとクリスタルドラゴンへ近づいていく。
『うっ、うぐぐぐぐ……!』
「だから、尾くらいはいただくぞ」
アルマが《アダマントのツルハシ》を一振りする。
クリスタルドラゴンの尾の付け根が崩れ、地面へと落下した。
『お、尾だけでよいか?』
「それだけじゃない、お前には俺の従魔になってもらう。クリスタルドラゴンの従魔化はレアだ、それができるのなら、お前の命の見逃してやる理由になる」
『断る! 我はニンゲンの使い魔になどならぬわ! オピーオーン様の子分にならば喜んでなるが、そのような真似はせん!』
アルマはちらりとメイリーを見た。
「え……ヤダ、面倒臭い」
メイリーはムスっとした表情でそう答えた。
『なっ、なな、何故なのだ、オピーオーン様!』
「ボク、そういうのいらないし……。それに主様の従魔が増えると、主様がボクに構ってくれなくなるもん。折角ヴァルハラ吹き飛んで、ずっと主様の横にいられるようになったのに」
メイリーはそう言って頬を膨らませ、アルマに体重を寄せる。
クリスタルドラゴンが、ショックを受けたように身体を震わせる。
『なっ……!』
「……お前、ヴァルハラ爆発してそんなふうに考えてたのか」
アルマは頭を押さえ、溜め息を吐いた。
「安心しろ、クリスタルドラゴンは本気を出したホルスに負けるレベルだからな。戦力面ではメイリーの足許にも及ばない。俺が一番信頼しているのはメイリーだ」
「……まぁ、主様がそこまで言うのならいいけど」
『……ホルスとやらは知らんし、確かにオピーオーン様に及ばぬことも認めるが、散々な言いようであるな』
クリスタルドラゴンが顔を顰める。
アルマは咳払いをした。
ホルスが黄金の鶏と知れば、クリスタルドラゴンはさぞ嫌がることだろう。
「それに、雑用を押し付けられるようになるぞ。クリスタルドラゴンがいればできることも増えるから、ミスリル入手までも近づくはずだ」
「それは確かに悪くないかも……」
『我は雑用係なのか……?』
クリスタルドラゴンは、一層と複雑そうな表情を浮かべた。
「ところでお前、名前はあるのか? 俺はアルマ、こっちのがメイリー、そして上で待機してもらってるのがエリシアだ。ずっとクリスタルドラゴンで呼ぶのも面倒だ」
『ニンゲン如きが、ドラゴンの名を気安く聞いてくれるものだ。まあ、仕方あるまい。聞き漏らすなよ、我が名はクリスティアル・ロードドラゴ・フォルラインなり。ニンゲン、貴様に軽々しく呼ばれるのは癪だ。一字一句欠かさず、そう呼ぶがいい』
「嫌に決まってるだろ、クリスタルドラゴンより長くなってるだろうが。それで、クリスでいいな、ドラゴンは再生能力高いだろ。その尻尾、何日で元に戻る」
『軽々しく口にするなと言ったばかりであろうが。フン、ニンゲンのようなヤワな身体とは違う。三日もあれば、元の長さまで伸びることであろう』
「ほう、悪くない。じゃあ三日おきに収穫させてもらうからな」
『えっ』
クリスタルドラゴン改めクリスは、間の抜けた《念話》を飛ばした。
「えっ、じゃないが。尻尾で我慢すると言ったが、一回で我慢するとは言っていないぞ?」
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