第118話
「アルマを倒すために、この都市の全てを生贄として捧げろというのか! ストラス! この都市は俺の全てだと、お前が一番よく知っているはずだ!」
ゲルルフが叫び声を上げる。
『悪くない提案であろう? 確かにお前さんの築いてきた全てを失うことになるが……それでも、余の力と、お前さんの命が残るのだ。また好きにやり直せばよいではないか。さあ、今一度、余と追加契約を結ぶのだ。元よりお前さんに選択肢などあるまい』
また悪魔ストラスのものらしき《念話》が周囲一帯に響く。
「なんだ……この声は?」
「ゲルルフ様が会話しているようだが、まさか、これが悪魔なのか……?」
民衆達は突然響いてきた声に困惑していた。
「ゲルルフ、乗るな! さっき言ってやったばかりだろうが! 悪魔の狙いは、契約者に力を付けさせて肥えさせた後に、契約の穴を突いて、ルールに則って相手からその全てを奪うことだとな! お前に欠片でも良心が残っているなら、ストラスとの契約を破棄しろ!」
アルマはゲルルフへとそう叫んだ。
ゲルルフは《支配者の指輪》を着けた指を押さえて沈黙していたが、深く息を吐き、左右に首を振った。
「……アルマ……お前の勝ちだ。これはもう、必要ない」
ゲルルフはゆっくりと《支配者の指輪》を外し、地面へと投げ捨てた。
「な、なんだ、ゲルルフ様があの指輪を外した途端、眩暈が……」
「頭が痛い……い、いったい何が……」
民衆達が、頭を押さえてその場に蹲り始めた。
《支配者の指輪》の反動である。
装着者に対して強制的に畏怖を抱かせる効果を持つが、急激にそれが途切れた際には、大きな違和感となって対象者に襲い掛かる。
この状態が収まれば、ゲルルフを盲信していたのがただのアイテムによる干渉だったと当人らも理解することができるだろう。
「ゲルルフ……お前……」
ゲルルフが悪魔に頼ることを止め、降伏を表明した。
アルマがそう思った直後だった。
「あんなものは、もう必要ない……! ズリングは、悪魔の炎に消えるのだからな! アルマ、お前と俺との戦いは、俺の負けだ! よくぞこの俺を追い詰め、ズリングを手放させたものだ。この敗北の恥辱もお前の名も、俺は後何百年生きようとも忘れることはないだろう! 対価は手痛かったが、実にいい勉強になった! ストラス! 追加契約だ! 俺は、この都市の全てをお前に捧げよう!」
ゲルルフの声に応じるように、ゲルルフの塔を中心に巨大な魔法陣が展開され、周囲一帯を覆い尽くした。
ズリングの都市上部に急速に暗雲が立ち込め、それらは渦を巻くように動いていた。
民衆達のどよめきが響く。
ゲルルフの塔に青い雷が落ちた。
塔が半壊し、青い炎に包まれて焼け落ちていく。
上階の屋根や壁が剥がれ落ち、内部が露になっていた。
そこに、青い肌を持つ女が立っていた。
顔の上半分に梟の仮面をしており、黒い羽で覆われた衣を纏っている。
背からは、黒い大きな翼が伸びていた。
ゲルルフの契約悪魔、《叡智のストラス》に間違いなかった。
「やりやがったな……ゲルルフ」
「ハハハハハッ! この俺がっ! 改心するとでも思ったか! この都市諸共、悪魔の贄となるがいい!」
ゲルルフは狂ったように笑い声を上げる。
民衆達は落雷と崩れた塔を見て、ただごとではないらしいと察し、悲鳴を上げながらこの場から逃げていった。
「この都市から逃げようとしておるのか? たった今を持って、貴様ら愚民共の毛の先から足の爪まで、全て余の者である。勝手に逃げ出すなど、許すと思うてか? 《フィールドウォール》!」
ストラスを中心に魔法陣が展開された。
ズリングの都市全土を覆い尽くすように、巨大な光の壁が現れた。
また都市のあちらこちらから無数の悲鳴が上がった。
『何人たりとも逃がしはせぬぞ……。大人しく、余の餌となれ』
ストラスは自身の指先を長い舌で舐めながら、笑い声を上げた。
「うむ……これでよい。さて、まずはそこの錬金術師から始末するのだったな」
ストラスがアルマを見た。
かと思えば、その姿が光に包まれて消えた。
次の瞬間にはアルマの頭上へと移動していた。
「フフ……お前さんにつくのも悪くはないかと思うたが、そちを誑かすにはちと骨が入りそうだ。ただ、聡明な錬金術師は嫌いではないからの。お前さんの魂は、味わって喰ろうてやるぞ。安心して死ぬがいい!」
ストラスが腕を振るう。
アルマに当たる寸前で、割って入ったメイリーが爪を伸ばして受け止めた。
「おお、凄い凄い、やるではないか。余の攻撃を受け止めるとはな」
メイリーは後方へと跳び、同時に回し蹴りをストラスの頭部へとお見舞いした。
メイリーの足はしっかりとストラスの頭を捉えたはずだった。
だが、彼女の蹴りはストラスを擦り抜けるようにして空振った。
ストラスは失速したメイリーの足首を掴み、片手で振り回して地面へと投げつけた。
メイリーは地面に背を打ち付けたが、その反動を利用して跳び上がり、素早くストラスに爪撃を放った。
だが、その攻撃もストラスの身体を擦り抜ける。
「無駄、無駄……無意味である。たかだか低次元の存在が、この余を害せると思っておるのか?」
ストラスは二連続で放たれた爪撃を透かした後、隙を晒したメイリーの腹部へと拳を叩き込んだ。
「かはっ!」
メイリーは後方へと突き飛ばされた。
腹部を押さえながら、アルマの横へと降り立つ。
「主様、アイツ、どうするの? ねぇっ!」
悪魔は高次元に住まう化け物である。
故に、この次元の物によっては一切のダメージを受け付けず、触れるかどうかさえ自身の意思で決定することができる。
《悪魔の水ショゴス》同様に、ストラスも勿論この力を有している。
契約者であるゲルルフを叩くという選択もあるが、彼は《悪魔の水ショゴス》によって守られている。
ゲルルフを殺すというのであれば、毒水の防壁とストラスの介入を突破しなければならない。
動けないゲルルフだけであれば、時間を掛ければ《悪魔の水ショゴス》ごと埋めて処分するという手も取れた。
だが、ストラトが出てきた以上、そんな悠長な戦法が成功するはずもない。
「メイリー……悪いがもう少し、どうにか耐えてくれ」
アルマはストラスを睨みながらそう口にした。
「ハハハハハハ! いくら時間を稼ごうとも、本物の悪魔であるストラスをどうこうできるわけがない! 悪足搔きとは、このことだなアルマ! 俺の都市が欲しかったのだろう? ズリングと共に死ね!」
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