第16話

 アルマは村の外周に立ち、五体の岩人形を眺めていた。

《アルケミー》で造ったロックゴーレムである。

 ロックゴーレムは二メートル近い全長を持ち、首がなく、円らな瞳をしている。


 ロックゴーレム達は地面を掘り、粘土土や石をアルマの許へと運んできてくれる。

 アルマはそれらを屋外に設置した《岩肌の錬金炉》を用いて、《タリスマン》を埋め込んだ魔物除け効果のある壁を造っていく。

 後はロックゴーレムがそれらを並べていってくれる。


「よし、よし、単純作業しかできない奴らだが、壁の設置くらいなら充分だな」


 壁の設置は時間が掛かるので後回しにしていたが、《グロー芋》とホルスのお陰で食糧の心配はなくなった。


 それに、アルマを支持しているのは、元々村内で発言力を持たない人間が集まる、村の北部が多かった。

 アルマの現在の拠点も北部にある。

 村の南部には、領主ハロルドやヴェインの館があり、彼らと関わりの深い人間が集まっている。

 故に、アルマを支持するかヴェインを支持するかは、北部と南部で奇麗に割れていた。


 大きな村の外周をぐるりと囲める作業は億劫だが、今はひとまず北部から優先して造ればいいので、気が楽だった。


「お、おい、あっという間に壁が築かれていくぞ」

「これだけ大きな壁があれば、魔物に怯える心配はない!」


 アルマの様子を見に来た村人達も、声を上げて大騒ぎしていた。

 魔物の襲撃には村にとって、一番恐ろしいことであった。

 目に見える対策がなされたことの興奮は大きかった。


「ヴェインの《タリスマン》だけでは、魔物を完全に追い払うことができていなかったんです。助かります……」


 村人がアルマへと口にする。


「ま、それは仕方ない。元々、魔物は従来の生物や物体が、月の魔力で変異したものだ。《タリスマン》は、一定範囲を月の魔力による変異から守る力がある。だから《タリスマン》には魔物の出没を抑制する効果があるが、追い払う力は、どっちかといえば副次的なものなんだ。《タリスマン》だけじゃ、対策にはならない」


「おお、そうだったのですね、流石アルマさん。しかし、ヴェインは《タリスマン》は魔物を遠ざけるとしか言っていなかったな……」


「ほう? 基礎の基礎なんだが……あいつ、本当に錬金術師なのか? 独学でちょっと調べただけじゃないのか?」


 アルマは大きく溜息を吐いた。


「ま、まさか……」


 村人は引き攣った表情を浮かべる。

 アルマは彼から顔を逸らし、微かに口許を歪めた。


「……主様、わるーい顔してる」


 メイリーが呟く。


 無論、《タリスマン》にそこまで魔物を追い返す力がないことは事実だ。

 だが、そんなことはヴェインも知っていたはずだ。


 しかし、村を高い石の壁で覆うとなると、とんでもない労力を必要とする。

 村でそれだけの対策を行うのは実際不可能に近い。

 そのためヴェインも、どうせそれ以上の対策を行うことはできないと考え、《タリスマン》だけでは不完全だとは口にしなかったのだろう。


 アルマは本格的にヴェインを貶めに掛かっていた。

 村人のほとんどは錬金術師をアルマとヴェインしか知らない。


 ヴェインが多少はできる錬金術師であろうが、どうしても比較対象がアルマになるため、彼のボロが様々な方面から浮き出て見えてしまう。

 加えてヴェインの仕事には、明らかに手を抜いているような箇所も複数見受けられた。


 恐らく、ただの手抜きではない。

 ヴェインの仕事の跡を辿っていれば、村を一定以上裕福にしないようにしようという意思が透けて見えてきていた。


「あいつ……村に寄生する以外に、何か目的を持ってやがるな」


「えっ、何の話ですか?」


 アルマの言葉に、村人が首を傾げる。


「いや、独り言だ」


 まだこのことは広めるわけにはいかなかった。

 錬金術師にしかわからないことであるし、水掛け論にしかならない。

 下手を打てば、むしろアルマの信頼が落ちる。

 それにアルマ自身、まだその目的が何なのかが見えてはいなかった。


 そして、ハロルドは恐らく、ヴェインの本当の目的を知っていて、その上で結託している。

 思慮浅いヴェインはともかく、ハロルド相手に隙を晒せば、どういった形で反撃が来るかはわからなかった。

 何にせよ、ロクでもない企てがあることは間違いない。

 ヴェインは必ず取り除かねばならないし、ハロルドもそこに噛んでいるのならば逃がすわけにはいかない。


「ま、魔物災害の心配はいらないさ。今後はこの壁があるし……ヴェインの雑な《タリスマン》ならいざ知らず、俺のなら低ランクの魔物はまず近づいてこないはずだ」


 アルマが村人へそう口にしたとき、村の内部からエリシアが走ってきた。


「たっ、大変です! アルマさん!」


「どうした? そんなに慌てて」


「緊急事態で……あの、村の方に戻ってきてもらっていいですか!」


 エリシアの取り乱しように、アルマは不吉なものを覚えた。


「わかった、作業は中断だ」


 アルマはエリシア、メイリーと共に、村の内部へと戻った。

 村の井戸の周囲に人だかりができている。


「これは何の騒ぎだ? 見せてくれ」


 アルマが進み、井戸の中を覗いた。

 中に、身体を引き裂かれた巨大カタツムリ、マイマイの死骸が入っていた。

 マイマイの体液も漂っている。


 マイマイは細菌塗れであり、井戸に浸かってしまえば、中の飲み水が駄目になってしまう。

 これだけマイマイの体液が漂っていれば、農作に使うこともまた躊躇われていた。

《グロー芋》の急速な成長には水が不可欠であった。

 逆に水が足りなくなれば、《グロー芋》はすぐに枯れてしまいかねない。


「ち、近くの奴が、追い払おうとして落としたんじゃないのか?」

「俺じゃねえ! 知らねぇよ」

「ここだけじゃない、近辺の井戸が数か所やられてたらしい。これ、ヴェインの報復なんじゃ……」


 アルマを支持しているのは、村での発言力の低い人間が集まる北部が中心となっている。

 そしてどうやら、井戸荒らしを受けたのは北部ばかりのようだった。


 アルマは大体事情を察した。

 恐らくヴェインかハロルドが、部下に北部の井戸を荒らさせたのだ。


 今、錬金術師問題で村人達の間にも溝が生じていた。

 南部の人間は親戚筋や利権で固まっているため、結束力も高い。

 南部に水をもらいに頭を下げれば、派閥の鞍替えを要求されることになるだろう。


 アルマは瞼を指で押さえ、溜息を吐いた。


「ど、どうしましょう、アルマさん。このままだと……」


「本当にしょっぱい奴らだな」


 アルマは溜息を吐いて、首を振った。

 こんなみみっちい嫌がらせで今更どうにかなると思われているのならば、本当に舐められたものだった。


「アルマさん?」


「ちょっと待っていろ、錬金工房に戻る」


 十分後、アルマの拠点の近くに、青に輝く水晶を抱える、天使の彫像ができていた。

 彫像の足場の台には、各方面に二つずつ、合計八つの蛇口が設置されている。


「えっと、なんですか、この装置は……?」


 エリシアが眉を顰める。


「ここを回すと……ほら、水が出てきた」


 アルマはきゅっきゅと、蛇口のハンドルを回した。

 勢いよく水が溢れてくる。


「み、水を汲み上げなくていいのか!」

「そこを捻るだけで水が!?」


 村人達が騒めく。


「ああ、そこに驚くのか。とっとと造ればよかったな」


 アルマはなんてことでもないふうに、そう口にした。


「おっ、俺、使ってみていいですか!」


「いいぞ、とっとと汲んでくれ。水に困ってた人がつっかえてるだろうしな」


 一気に村人が、天使の彫像に集まっていく。


「凄い、本当に楽だ!」

「おい、この水、滅茶苦茶美味しいぞ!」


 こうして、恐らくヴェインが一夜掛けて行ったらしい計画は、十分で解決した。


「馬鹿らしい。とっとと壁作りに戻るか」


 アルマは欠伸交じりにそう口にした。


「アルマさん、あの像、どうやって水を……?」


「あの天使の彫像が掲げてる水晶が、《水源石》っていうアイテムだ。保有する魔力の限り、水を発生させ続けてくれる。魔力がなくなるのには半年くらい掛かるだろうから、その頃にはアイテムに魔力を込めなおす設備を造れてるといいんだけどな」


「そ、そんな出鱈目なアイテムが……」


 メイリーは《水源石》を見上げ、訝しげに目を細めた。


「ねぇ主様、あの石、素材に何使ったの? アイテムの魔力って、そう長持ちするものじゃないと思うけど」


「……暗黒結晶ダークマターの欠片を、ほんのちょっとな」


 メイリーの顔が蒼褪めた。


「あ、主様、暗黒結晶ダークマターを軽視してない?」


 暗黒結晶ダークマターはマジクラ最強の鉱石である。

 だが、暗黒結晶ダークマターの装備を造ったプレイヤーが突然爆発したり、状態異常で魔物化して自分の拠点を破壊したりと、怪事件が続いている。

 故にアルマも、純暗黒結晶ダークマター装備を持ってはいたが、収納箱の奥底に封じて決して使わないようにしてきた。

 アルマがこの世界に来たのも、元を辿れば暗黒結晶ダークマターを錬金素材として大量に投入した際の爆発が元である。


「大丈夫だろ、ほんの欠片だぞ? 俺はなんやかんや、暗黒結晶ダークマターの扱いには慣れている」


「だ、だといいんだけど」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る