第105話

「頼むゾフィー! あと一体、あと一体でいいから造ってくれ! 頼れるのはお前だけなんだよ、頼む! 残りは俺が頑張るから!」


 アルマはゾフィーの外套を掴み、彼女の身体を揺さぶった。


「あ、あのぉ、ゾフィー、アルマ様の言う通りにしたいのはやまやまなんですがぁ、身体が、身体がぁ、動かなくてぇ……」


「もう止めてあげてください、アルマ殿! 一体くらい、いてもいなくても変わりませんよ!」


 フランカが慌ててアルマを止める。


「変わらないわけがないだろうが! ロックゴーレム一体の有無は普通に大きいからな! その一体の差で負けたらどうするんだ!」


 アルマがそう叫んだとき、外から大きな爆発音が響いてきた。

 フランカがぎょっとして音の方向へと顔を向けた。


「い、今のは……!」


「……爆発物の類だな。扉を頑丈にして罠を仕掛けてたんだが、諸共突破されたか」


 錬金術師同士の戦いにおいて拠点を構えることは重要であるが、無限の手段を持つ錬金術師を相手取るに当たって、固定された拠点はあまりにも脆い。

 それがわかっていたからこそ、マジクラ時代のアルマは都市も有さず、空を飛ぶ《天空要塞ヴァルハラ》を拠点として選んでいたのだ。


 今回も襲撃自体は想定できていた以上、できれば拠点に最低限の備えをしておきたかった。

 ただ、あまりに時間も資材も足りなかったのだ。

 それに今の場は、緊急のゴーレム量産場と保管場でしかない。

 拠点の守りに資材を投じるよりも、少しでもゴーレムの量産を急ぎたいのが本音であった。


「ロックゴーレムも見張りにおいてたんだが……ロックゴーレムじゃ数合わせみたいなもんだからな。本格的にアイテムを投入してきやがったか」


 アルマは舌打ちをし、ゾフィーから手を放した。


「数合わせなんですか!? 一体の有無は大きいって熱弁していたのに!?」


 フランカが慌てて捨てるように突き放されたゾフィーへと駆け寄り、量産されたロックゴーレムを指差して抗議する。


「有り合わせの石材と鉱石で造ったゴーレムだからな。一体一体に時間も掛けてないし、ゴーレムは素材の含有魔力量が性能に直結するんだよ。だが、数合わせといっても、一体の有無が大きいことに変わりはない。できる準備を怠った者に勝利があると思うなよ」


 ゴーレムは素材に応じて性能が大きく左右される。

 土で造ったサンドゴーレムや、石や岩で造ったロックゴーレムは最下級のゴーレムに位置する。

 アルマも村の警備に置いているのは鉄を用いたアイアンゴーレムである。


「……しかし、いきなり強力な奴をぶち込んできやがったな。当然爆破は警戒していたが、周囲の建物もあるからあまり使いたがってはこないと踏んでいたんだが」


 都市ズリングの外側の都市は、過密化の進んだスラムとなっている。

 建物が密集しており、下手に爆発物を使えば近辺に被害が出る。

 特に現在の拠点は地下にあるため、下手をすれば上部の建物が崩れることも想定されるはずだ。

 あまり好んで使ってくる手段ではないはずだと踏んでいたが、初手からお構いなしに使ってきた。


 入り口のある通路の方から、《瓦礫の士》の隊員達が逃げてくる。


「大変です! カラズ様! 奴が、奴が来ました! 《狂道化カルペイン》です!」


 その名前が出た途端、拠点内が大騒ぎになった。


「カルペイン……な、なんであいつが……!」


 フランカも顔を蒼白させ、息を呑んでいた。


「フランカ、そのカルペインって奴は何者だ?」


「ゲルルフの弟子の一人です。奴の弟子の中で、二番目に危険な男だとされています。あまり表には出てこない男なので、私も実物を見たことはありません。……ただ、五年前に反抗勢力の鎮圧に姿を現したときには、妙な毒物を用いて、広範囲に敵味方関係なく重傷者を出したそうです。それが実験目的であったため、ゲルルフもさすがにカルペインに監視をつけ、研究棟に半ば閉じ込めるようになったと聞きますが……」


「ただの危険人物じゃねぇか! ローゼルといい、ゲルルフの弟子は馬鹿しかいないのか! そいつで二番目なんて、一番目はよっぽどぶっ飛んだ頭のおかしい奴なんだな」


「ゾフィーですよ。研究者気質が強いからか、はたまたゲルルフも制御できる自信がなかったのか、《瓦礫の士》との抗争の場に出てくることはありませんでしたが……」


 フランカが目を細め、ゾフィーを指で示す。

 アルマは床で力尽きているゾフィーへと目を向けたあと、誤魔化すように咳払いを挟んだ。


「やっぱり主様が、一番頭おかしいんじゃ……」


 メイリーがそう呟いたとき、入り口方面の扉が爆ぜ、石材が飛び散った。

 その奥からゲルルフの兵達が二十人程なだれ込んできた。

 その後に続き、悠々と長身の、カラフルな衣を纏った金髪の男が現れた。


「おやおやおや、まさか《瓦礫の士》にこのような立派な施設があるとは! このカルペイン、アナタ方を見直しましたよ。よくぞこれだけの錬金炉を揃えて、我々の目から隠し続けてきたものです! すぅばらしい!」


 金髪の男が、ピンと背を伸ばし、両手を綺麗なVの字に天井へ掲げる。

 一人だけ武装しておらず奇抜な格好をしていることから当たりはつけていたが、アルマはどうやら彼が変人カルペインらしいと確信を持った。


「カルペイン様、ゲルルフ様の情報では、前々から用意していた施設ではないようです。錬金術師アルマと遭遇したのも、ここ数日のことだと……」


「ノン、ノン、そうではない。ゲルルフ様は偽の情報を掴まされていたのである。ここの内装を見ずとも、表の扉の頑強さより、そのくらいのことは明らかである。前々から錬金術師アルマと《瓦礫の士》は繋がっていたのだ。この拠点がその何よりの証左! これだから学のない者は困るのだ」


 カルペインは大きく肩を窄め、呆れたような素振りを見せる。


「間に合わせの扉だったんだが、褒めてもらえたみたいで何よりだ」


 アルマはカルペインの方を向き、口を挟んだ。


 実際には、カルペインの部下の言葉の方が正しい。

 ここの扉も錬金炉も、昨日から大急ぎで補強して改装した、突貫工事の産物である。

 なまじ知識があるだけに、カルペインはアルマが昨日この場に訪れたばかりであるということが信じられなかったのだ。


「アナタがっ、錬金術師アルマであるか! その手腕、羨望に値する! 実に実に実に素晴らしい!」


 カルペインが大きく身体を背後へと反らせながら大声を上げる。

 その奇妙な動きに、アルマは思わず閉口した。

 ゲルルフの弟子は本当に癖の強い人間が多すぎる。


「カルペイン様、ここは撤退すべきかと……! 何にせよ、このゴーレムの数は想定外です!」


「黙るのである! 全く、アナタ方には偉大なる錬金術師であるゲルルフ様の部下であるという自覚がなーい! 無知蒙昧な者ばかり! 確かにこの数は少々驚かされましたが、単純な物量で決まるものではないのである! そして往々にして、守る者より攻める者が強いものなのである。アナタ方は、ただ見届けていればいい。私が彼らを、蹂躙するところを。本物の錬金術師の戦い方というものを見せて差し上げましょう!」


 カルペインが高笑いを上げながら、兵達の前へと出た。

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