第100話

「ぎっ、《銀人形のローゼル》!?」

「奴まで動いていたというのか! 何故この場所が漏れた!」

「敵わずとも、なんとしてでもカラズ様を逃がすぞ!」


 《瓦礫の士》の隊員達が、慌てふためいた様子で声を上げる。


「《銀人形のローゼル》……?」


 アルマは初めて聞いた名前であった。


 隊員達はゲルルフの兵らの背後に立つ、背の低いシルクハット帽子の男へと目を向けていた。

 どうやら彼の名前がローゼルらしい。

 銀人形とはシルバーゴーレムのことだろう。


「何故場所が漏れたのか……など、くだらない疑問だな。貴様らをいくら潰そうが、どうせまた形を変えた別の組織が現れるだけだ。《瓦礫の士》が長らく存続できていたのは、監視しやすい大きな組織として丁度良かったがために、ゲルルフ様に見逃されていたからに過ぎない。貴様らなど、潰そうと思えばいつでも潰せる」


 ローゼルは舌を鳴らしながら、人差し指を左右に振った。


 ハッタリではないだろうと、アルマはそう感じた。

 実際、《瓦礫の士》を結成した初代リーダーは、ゲルルフの手の者だったという。


「だが、貴様らはちょっとばかり頑張りすぎたな。ゲルルフ様のスパイを徹底して洗い出し、組織内でも必要のない情報共有を抑えて対策し、逆にゲルルフ様の許にスパイを送り込んであれやこれやと探り始めた。いや、見事なものだったが……ゲルルフ様は、そのことに憤っておられてね。幹部の集まりを叩いて、一度頭を挿げ替えろとのご命令だ。最初から貴様らゴミの集まりが、ゲルルフ様に敵うわけがないだろう?」


 ローゼルはペラペラと得意げに語っては、隊員達や、カラズの顔を確認しては悪趣味な笑みを浮かべていた。


「なんだあの男……?」


 アルマはローゼルを眺め、そう呟いた。


「ゾフィーの兄弟子の一人ですよぉ。ただ、あまり研究熱心な方ではなくて、よく警備兵の方々と一緒に行動しては、こうして素人相手にゴーレム嗾けて喜んでいる可哀想なお方です」


 ゾフィーがそうローゼルについて説明してくれた。


 ローゼルは妙に口数が多いと思えば、元々格下を甚振って遊ぶのが趣味だったらしい。

 横にいるゾフィーを含めて、この世界の錬金術師は本当にロクな人間がいない。

 アルマは溜息を吐いた。


「……おい、そこのアマ。外套を脱いで、顔を上げろ」


 ローゼルがゾフィーへと指を差した。

 声を聞かれたらしい。

 ゾフィーは躊躇う素振りも見せずに頭部の外套を脱ぎ、両手でピースサインを作ってローゼルへと向けた。


「お久し振りですねぇ、兄弟子さん。《ヤミガラス》に同行していたのはご存じかと思いますが、その後にちょっと色々ありまして、ゾフィーは今アルマ様をお慕いしておりましてぇ、流れで《瓦礫の士》に加担することになりましたぁ。ゾフィーが直接報告に向かったらゲルルフ様に殺されかねないので、兄弟子さんから上手くお伝えください」


「は、はぁ!?」


 ローゼルはゾフィーを見て、顔を青くした。


「ロ、ローゼル様、どういたしましょう?」

「まさかゾフィー様がいるなど……。どうにか説得して、連れ帰らねば……!」


 ゲルルフの兵達も顔を青くしてローゼルを振り返っている。


「フ、フフフ……い、いや、むしろ丁度いい! 前々から気に食わなかったが、裏切ったのであればあのクソアマを堂々と始末する大義名分が立つ! ゴーレムの護衛もない錬金術師など丸腰同然! ゾフィーには手を出すなよ、この私が直々に処分してやる! 奴には積もりに積もった恨みがあるからなぁ!」


 ローゼルは青い顔に冷たい笑みを浮かべ、大きな声でそう叫んだ。

 ローゼルの言葉で、ゲルルフの兵達が一斉に武器を構えて動き始めた。


「お前……どれだけ身内から嫌われてたんだよ」


 アルマはゾフィーを振り返ってそう溢した。


「ゾフィーのせいじゃないですよぉ、ただの兄弟子さんの嫉妬です。別にゾフィーは一切兄弟子さんに関心なんてありませんでしたし。元々兄弟子さん、まともに鍛錬も積まずにフラフラ遊び歩いてばっかりだったから、ゾフィーに嫉妬するのはお門違いなんですけどねえ。才能云々の前に鍛錬の時間と密度が違いましたし。もっともあの人、別に才能もないんですけれどぉ」


「その態度のせいじゃないのか……?」


 フランカへの態度といい、どうにもゾフィーには他人の気持ちがわからないらしい。

 そもそもわかろうともしていないようにさえ思えるが。


「やれ、シルバーゴーレム! そこのクソアマを叩き潰せ!」


 シルバーゴーレムがゾフィー目掛けて突進してくる。

 メイリーが前に出ようとしたが、アルマは彼女の肩に手を置いて止めた。


「どったの、主様? あんなのボクの敵じゃないけど」


「アイテムのテストをしておきたい。それに、カラズの信頼を得る丁度いい機会だ。メイリー頼みより、多少は俺も動いておいた方がいいだろう」


「ん、わかった」


 メイリーがこくりと頷き、一歩下がった。


 アルマは《魔法袋》より、人の頭程はある大きさの金属球を取り出した。

 金属球は油の膜のように、淀んだ虹色の光を帯びている。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

《ガムメタル》[ランク:6]

 錬金術師の生み出した夢の錬金金属。

 即席で様々な形に変形させ、様々な特性を付与することができる。

 ただ、あくまで手軽さと臨機応変さが売りである。

 ある程度は錬金術師の力量でカバーできるが、完成品の能力値、特に耐久値には難がある。

 また、空気を混ぜて質量を増やすこともできる。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 変幻自在の錬金金属。

 対ゲルルフ用に準備しておいたアイテムの一つである。


「なんだ、それは……?」


 ローゼルは《ガムメタル》を訝しげに睨んでいる。


「《アルケミー》!」


 アルマの手から放たれた光が《ガムメタル》を包む。

 《ガムメタル》が膨らんでゴーレムの形となり、シルバーゴーレムの前に立ち塞がった。


「少しばかり驚かされたが、ただの奇術だな! そのような間に合わせの紛い物で、この私のシルバーゴーレムに勝てると思っているのか!」


 ローゼルの言葉に理があった。

 《ガムメタル》は、マジクラ時代ではあまりアルマが頼っていたアイテムではなかった。

 説明文の通り、手軽さが一番の売りであるためだ。

 わざわざ《ガムメタル》を持ち歩いても、最初から完成品を揃えている錬金術師に対しては不利にしかならない。


 ただ、今はマジクラ時代ほど物資に余裕があるわけでなければ、下手に兵器を持ち歩いているところを見られるわけにもいかない。

 そのためこの《ガムメタル》を採用したのだが、ゲルルフにどの程度通用するのかは怪しかった。

 あまり性能テストをする時間もなかった。

 なので余裕のあるこの場で、《ガムメタル》のテストを済ませておきたかったのだ。


「このシルバーゴーレムは、私の全てであると言っても過言ではない! ただのシルバーゴーレムではない! 研究に研究を重ね、改良を続けている! 言ってみれば、私の人生の集大成! 十秒で無理矢理形を整えただけの玩具で、どうにかなるわけがないだろうが!」


 シルバーゴーレムの大振りの拳が、ガムメタルゴーレムの胸部を貫通した。


「なんという脆さだ。あのような粘土のような物質が硬いわけもなかったが、もう少しくらい粘ってもらわなければ面白みがないというもの……」


 ローゼルが嘲笑った直後、ガムメタルゴーレムはシルバーゴーレムの不用心に突き出た頭を両手で押さえ、捩じ切って床へと放り投げた。

 頭を失ったシルバーゴーレムが、力なくその場に膝を突いた。


「うん……?」


 ローゼルが滑稽な声を漏らす。


 ガムメタルゴーレムは、シルバーゴーレムの残った身体を蹴り上げて吹き飛ばした。

 その代償に足の先が捻じ曲がって変形していたが、すぐに元通りの形へと戻っていく。

 胸部に開いた穴もあっという間に塞がっていった。


 ガムメタルゴーレムは頑強にはできないが故に、敢えてダメージを受けた部位をさっさと壊して、衝撃が全体に広がらないようにしているのだ。

 どの道、変幻自在の金属であるため、少量の魔力で損壊を再生させることができる。


 戦闘を始めようとしていたゲルルフの兵と《瓦礫の士》の隊員達は、シルバーゴーレムの残骸を凝視しながらその場で硬直していた。


「こ、この私の人生の集大成が……ものの十秒で造ったようなゴーレムに負けるわけが……」


 ローゼルは口をパクパクと開閉させている。

 目前の光景をまだ受け止めきれないでいるらしい。


「困ったな……まさか、ここまで弱いとは。もう少し粘ってもらわないと、まともにテストにもならないんだが」


 動きが遅い上に単調で威力もない。

 魔力による分子構造強化も充分に施されていないせいで脆過ぎる。

 アルマからしてみれば、ゴーレムではなくただの歩く金属塊であった。


「だからゾフィーが言ったじゃないですかぁ。あの人、本当に才能ないんですよお」

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