第85話

 アルマはメイリー、ホルスを連れ、天空艇の落下地点である村の外壁近くへと向かう。


『貴様がとんでもない男だとはよく知っておったが、まさか大都市からの使者をいきなり撃つとはな』


 クリスが呆れたようにそう零す。


「俺じゃなくて、やったのはホルスだから……」


 アルマは顔を背け、小さい声でそう呟いた。


『ももっ、申し訳ございませぬ、アルマ様! このような失態を犯してしまうとは……』


「い、いや、責めてるわけじゃないんだが、まあ、うん……」


 アルマは言い辛そうにそう口にする。

 責任転嫁である自覚はあったため、あまり強くは出られないのだ。

 伝令に来たアヌビスと戯れていたら指示が遅れ、切羽詰まったホルスの発砲であるため、責めるに責められない。


 メイリーは稀少金属製の棒飴を舐めながら、どうでもよさそうに欠伸をしていた。

 彼女だけがこの非常事態において平常運転であった。


「主様、今回ってボク必要?」


「相手がどんな隠し玉を持ってるかわからんからな。さっきの雷で怒ってる可能性もある。とりあえずメイリーがいれば、向こうさんが何を仕掛けようとしてても、力で押さえつけられるからな。念には念を入れ、だ」


 メイリーの反応速度と膂力があれば、どのような罠を仕掛けられても大体はどうにかなる。

 マジクラでも、アルマは何度メイリーに命を救われたか、数えていればキリがないほどであった。


 いつマジクラプレイヤー級の相手が出てくるかはわかったものではない。

 現実世界と化し、一度死ねばそれっきりの世界では、メイリーから離れて行動するのは危険過ぎると、アルマはそう考えていた。


「ま、ボクは頼りになるからね」


 メイリーは得意げに鼻を鳴らし、腕を組む。


『あっ、アルマ様、あれを見てくだされ! 壁の一部が崩れ、ゴーレムが破損しております!』


 ホルスがそう口にして、翼を前へと突き出した。

 天空艇の威嚇射撃の余波により、村の外壁が一部壊されていたのだ。

 アルマはぐっと腕を曲げ、ガッツポーズを取った。


「よっしゃ! ギリギリ狙ってミスりやがったな! これで仕掛けてきたのはあちらさんからだ!」


『それでよいのか……?』


 クリスが呆れたように零す。


「向こうが先に村の防壁を潰したんだから、ちょっと天空艇一隻落とされたくらい許してくれるだろ」


 アルマは外壁の壊された部分から村の外へと出て、焼け焦げた天空艇へと目を向ける。

 帆柱はへし折れ、甲板も大きく割れている。

 全体から黒い煙が昇っていた。

 少し修復したからと再起できる状態ではなさそうであった。


 中から、五人の者達が大慌てで降りてきた。


「な、何だ、何をされたんだ……! ゲルルフ様からお預かりしている天空艇が、壊されるとは! 一体、どのように弁解すればいいというのだ!」


 翠色の、逆立った髪の大男が、嘆くようにそう叫んだ。

 

「オルランド様、この船はもう駄目です。一度、逃げるしかないのでは……?」


 彼らのやり取りを見て、アルマはオルランドという大男が、彼らの中のリーダーであるらしいと見当をつけた。

 オルランドへと一歩近づき、彼を睨み付ける。


「お前ら、やっぱりゲルルフの手下か」


「きっ、貴様は!」


「ここの村で暮らしている錬金術師のアルマだ」


「アルマ……? そうか、貴様がアルマか! よくも、都市ズリングの天空艇を撃墜してくれたものだな! いやはや、大した威力ではないか。だが、我々に魔導兵器を向けたその意味、果たして理解しているのだろ……」


「お前っ! なぜ俺の、特別製のゴーレムを壊した!」


 アルマは顔に皴を寄せ、オルランドへと怒鳴りつけた。


「特別製だと……?」


 アルマは腕を伸ばし、オルランドが撃ち壊した外壁とゴーレムを示す。


「お前らの壊したゴーレムなぁ! 俺の研究の集大成が詰まった、人工知能を宿したゴーレムだったんだよ! 俺のここ十年の研究が、お前らの砲弾で無に帰したんだ! わかってんのか! いや……研究成果なんて、そんなものはどうでもいい! あのゴーレム……ゴレ子はなぁ、俺の娘にも等しい存在だったんだ! 俺の全てだったんだ!」


 返答に詰まったオルランドの前で、アルマは一方的にそう熱弁する。

 目に涙を滲ませ、頭を抱え、苦悶の表情を浮かべ、ゴレ子を奪われた嘆きを主張する。


「ゴレ子ってなに? いつそんなの作ってたの主様?」


「わかるか、オルランド!? なぁ! ゴレ子を壊した罪、どう償ってくれるつもりなんだ!」


 メイリーな野暮な突っ込みを掻き消すかのように、アルマは必死に声を張り上げる。


「でっ、出鱈目だ! 有り得るか、そんなもの! 何がゴレ子だ! そんなものより、ゲルルフ様の天空艇が……!」


「そんなものとは何だ! 話を逸らすな、オルランド! 外壁で覆っている人の村に天空艇で近寄ってきて、砲弾までかまして、あろうことか住民の命を奪うなど! 言え、オルランド! なぜ砲弾を撃った!」


「住民って、ただのゴーレムだろうが! 貴様! それより、我らの天空艇が!」


「どうした!? 理由を言えないのか! 疚しいことがあるから言えないんだろうが!」


「ま、魔物がいたように見えたから、助けてやろうと思って撃ったまでだ! 亡骸が見当たらないのであれば、確かに我らの勘違いであったのかもしれん。だが、貴様は我らの善意を踏み躙り……」


「勘違いで村に砲弾撃ち込んで、俺の長年の研究成果であり、娘同然の存在であったゴレ子を殺したんだぞ! 非を認めているのならば、まずは謝罪したらどうだ?」


 アルマは一歩も引かず、オルランドが反撃の糸口を掴もうとするたびに、力押しで怒鳴ってその手を叩き落とす。


「い、いや、だが、どう考えたって、これ、我々の方が被害が大きい……」


「先に一方的に砲弾を撃ち込んでおいて、なんだその態度は! お前らは、主であるゲルルフの顔に泥を塗っているんだぞ。わかってるのか!」


「その件については謝罪しよう! だが、ゲルルフ様の天空艇……これ……」


「謝ったってことは、非を認めたってことだよな?」


「あの、だから、それは……」


「まあ、勘違いは誰にでもあることだ。ゴレ子を殺された恨みは深いが、俺らのような小さい村は、ズリングからの使者には大きく出られない。今回は、涙を呑んで、お前らを許してやることにしよう。俺らも、都市ズリング様の不興は買いたくないからな。お前らのためじゃない、村の住人のために、だ。だが、この恨みは、忘れたわけじゃないからな」


「い、いや、貴様、天空艇……」


 オルランドは、しどろもどろにアルマへと食い下がろうとした。

 だが、彼の部下である黒髪の女剣士、フランカに肩を叩かれて止められた。


「……オルランド様、こちらから撃ち込んで被害を出した以上、反撃の口実を与えたのは我々です。出鱈目な主張とは思いますが、分が悪いです。何より、先程の魔導兵器、あまりに得体が知れません。ひとまずは退きましょう。天空艇のことは、後で改めて考えましょう」


「ぐ、ぐ、うぐ……」


 オルランドは額に青筋を浮かべてアルマを睨み付け、拳をぷるぷると震わせる。


「よし、ゴネ得ゴネ得」


 アルマはニヤリと微笑み、小声でそう漏らした。


『アルマ……貴様、悪魔か……?』

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