第84話

 アルマが自身の錬金工房兼住居である時計塔でポーションの生成と管理を行っていると、彼の部屋へと駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。

 アルマは手を止めて入口へと歩み、扉を開く。

 扉の前では、黒い犬が座って待っていた。


「クゥン」


「アヌビスか」


 以前、村を守る戦力の増強のために《知恵の実》を与えた犬である。


『アルマ様、お伝えしたいことがあります』


「おう、どうした、何があった?」


 アルマは声を掛けながら屈み、アヌビスの頭を撫でる。


『大事な伝令があるのです。お戯れは後に』


 アヌビスはそう言いながらも、尾を嬉しそうに右へ左へと揺らしていた。


「ほらほら、尾の方は正直じゃないか」


『あ、あの、ちょっと、アルマ様、伝令を……』


 アヌビスは言いながらも、ぐぐっと首を伸ばし、顎の下を晒す。

 顎の下の毛を撫でていると、アヌビスは床で横になり腹部を晒した。


「クゥン……」


「ほれほれ、ここか? んん? ここがいいのか?」


 アイテムによって魔力と知恵を得たといっても、本質は変わりはしない。

 アヌビスは舌を出して息を荒げ、心地よさそうに身を捩る。

 そのまま十分ほど、アルマはアヌビスと戯れていた。


「よーし、よーし、いい子だアヌビス。ちょっと待ってろ、村で買った燻製肉を食わせてやる」


 アルマが立ち上がったとき、外から何かが爆発するような音が聞こえてきた。


「な、何の音だ? 魔物か?」


 アヌビスはハッとした表情をし、素早く起き上がった。


『そ、そうです! 私は伝令に来たのでした! 村へと、天空艇が向かってきております!』


「天空艇だと!? 非常事態じゃないか! どうして先に伝えなかった!」


『ア、アア、アルマ様、その、その……』


 アヌビスは困惑したように身を縮め、尾を垂らす。


「……あ、いや、悪い。俺が邪魔したんだったな」


 アルマは反省したように頭を掻く。

 それから顎に手を当て、思案する。


 この大陸には、そう何隻も天空艇は存在していないと聞いていた。

 天空艇を所有するだけの財力と技術があり、かつこのタイミングでこちらへ向かってくる者は限られてくる。


 先日アルマが《空のコア》を奪って海へと叩き落とした《ノアの箱舟》の報復にしては、あまりに早すぎる。

 大陸各地に宝を隠しているという話だったが、天空艇を造り直すにはさすがにもう少し時間が掛かるはずだ。


「都市ズリングからの使者だな。ハロルドの危惧通り、きっちり来やがったか」


『どうしますか、アルマ様? 相手は天空艇で遥か空よりやってきました。おまけにどうやら、先程兵器の類を使用したようです。徹底抗戦以外有り得ないかと』


「兵器の類……ね。抗戦は早とちりが過ぎる。恐らく、先程の爆音、村の外へ放ったものだろう。交渉で優位に立つためによくやる手だ。武力ちらつかせれば言いなりになると思ってんのはムカつくが、過剰反応すればお互いに損をするだけだ。悔しいが、馬鹿の相手程慎重にやる必要がる」


『なるほど、さすがアルマ様』


「問い詰めてもどうせそれらしい言い訳をかまされるだけだしな。今回は、戦いになれば村への被害もあるから好き勝手はできん。特にズリングの都長、ゲルルフはとんでもない男だと、ハロルドから散々忠告をもらったところだ。これまでの相手とは規模が違うから、俺も無用に敵に回すつもりはない。まずは寛容に許してやりつつ、向こうが攻撃してきやがったことは手札として持っておこう。どういうつもりでいやがるのか、ゆっくりと問い詰めてやろうじゃねえか」


『では、すぐにメイリー様をお連れいたします』


「ああ、頼む。何をするかわからん相手だが、メイリーの護衛があれば安心だ。わざわざ天空艇飛ばして、威嚇射撃までしてくれたんだ。こっちも意趣返しに、あいつの馬鹿力でちょいと脅しを掛けてやろうじゃないか」


 アルマは不敵に笑った。

 そのとき、歯車の駆動音と、壁の擦れる音が聞こえてきた。

 時計塔の仕掛けが作動した証であった。


「時計塔が動いている? ホルスか? 時計塔の仕掛けは、俺かあいつしか動かせないはずなんだが……」


『恐らく、アルマ様へ知らせに行った私が戻らないまま相手の威嚇射撃が始まったため、天空艇への対応を急いたのかと』


「ホルスめ、勝手な真似を。いや、今の状況では責められないか。ただ、無作法な来客の身を案じるのは癪だが、いきなり都市ズリングと禍根を作るのは避けたい」


 アルマはそう口にして窓際へと向かい、窓を開いた。

 首を伸ばし、空を飛ぶ天空艇を睨み、それから自身の住居である時計塔の様子を確認する。


「ホルスは賢い奴だ。きっと、適当な牽制程度に留めるつもりだろう。やり過ぎることはない」


 アルマはそう言ったと同時に、時計盤のすぐ下の壁が開き、大きな水晶状の突起物が展開されているのを見つけた。

 眉間に皴を寄せ、唇を歪める。


「《赤の雷》じゃないか」


『《赤の雷》とは?』


「魔力で電場と気体を制御して、電子雪崩を引き起こすんだよ。通り道の気体を火薬に変えてるようなもんだから、ローコストで高い威力を出せるんだ」


『雷発生装置ですね』


「ただ、一つ問題があってな。勝手に規模が広がるから、根っこの入力を抑えたつもりでも、出力の細かい調整ができないんだよ。環境条件次第で、それなりの威力が出ちまう」


 次の瞬間、時計塔と天空艇の間に、赤い稲妻が走った。

 轟音と共に、視界が真っ赤な光に染まる。


 天空艇が派手に大破し、地面へと落ちていく。

 一応動力源である《空のコア》は生きているらしく、辛うじてゆっくりとは落ちているが、明らかに天空艇の操縦機能が死んでいる。


『やり過ぎでは?』


「……ホルスを後で叱っておこう」


『貴方にも非があるのでは?』


 とりあえず、天空艇は村の外に落ちてくれそうな様子であった。

 村人が巻き込まれることはないだろう。


 アルマは頭を掻き、深く溜め息を吐いた。


「……なぁ、アヌビス。どう考えても、天空艇で来て、威嚇射撃ぶっ放す方が悪くないか? 別にこれ、正当な対応だよな?」


『さっきは、いきなり禍根を作りたくないと仰っておりましたが?』


 アルマはもう一度、深く息を吐いた。

 脳裏には、ハロルドの死んだような表情が浮かんでいた。

 

「ま、まあ、天空艇ぶっ壊す程度で済んだみたいだ。メイリーを呼んできてくれ。あいつと一緒に、奴らの無事の確認に向かう」

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