第62話

「ラメール十体だと!? んなもん、俺達もゴメンだわ!」


 アルマはキュロスへそう怒鳴り、二体のトリトンゴーレムへと指を向ける。


「二体で並んで壁になって通路を防げ! 巻き込まれるのはゴメンだぞ!」


 アルマの声を聞き、キュロスが絶望の表情を浮かべる。


『見捨てるのか!? 完全に助ける流れだったではないか!?』


 クリスが驚きの声を出す。


 言い争うアルマとクリスを他所に、メイリーは興味なさげに海轟金トリトンの延べ棒をしゃぶっていた。


「別に俺、アイツに何も恩ないぞ。喧嘩売られただけだからな。おまけにこっちが先に発見したのならともかく、こんな狭い場所で、何の準備もできてない状態で、向かってくるラメール十体なんて地獄だろ。あの蛸人間群団、一体一体がお前より強いからな」


『そ、そうか……いや、しかし……』


「俺は忠告して止めたぞ。なんで単身で無警戒で突っ込んで、おまけに群団引き連れて戻って来るんだ。これ完全にただのMPKだろもう。ギルドでも何かの規定に引っ掛かるんじゃないのか?」


『MPKは知らんが……』


 MPK……モンスタープレイヤーキルの略である。

 ネットゲームにおけるモンスターを引き連れて他のプレイヤーを倒させる迷惑行為の俗称である。

 通常のネットゲームではペナルティ対象になったり、そもそも仕様で簡単にできないように調整して対策を行っているのが常である。

 ただ、不思議なことに、何故かマジクラにはMPKを補佐するようなスキルやアイテムが数存在する。


「頼む! 本当に頼む! 俺は、俺はここで死んでいい人間じゃないんだ! わかるだろ?」


 キュロスが涙を流し、唾を飛ばしながら叫ぶ。

 背後では、銛のような武器を構えたラメール達が奇声を発している。


「いや、わからんが……」


「金か? 金ならいくらでもくれてやる! 俺は、都市パティシア最強の冒険者だ! 金なら余るくらいある! だから、助けてくれえええっ!」


「金か……四千万アバル出せるか?」


「よっ、四千万アバルだと!? ふざけるな! あ、足元を見やがって!」


「あのな、俺だって命懸けになるんだよ。お前が善良な一般人ならいざ知らず、散々文句付けて、こっちの忠告無視して走った結果、お前はラメール群団擦り付けようとしてるんだぞ? 俺はMPKは苦い想い出が腐るほどあるから嫌いなんだよ」


「待て! わかった! 交渉させてくれ! ま、待てアルマ! 待ってくださいアルマさん!」


 アルマがトリントンゴーレムに座らせて通路を塞ごうとしたとき、メイリーがつんつんとアルマの背を突いた。


「どうしたメイリー?」


 アルマが尋ねると、ごくりと海轟金トリトンを呑み込む。


「ゴーレムで壁作って向こう側にボクだけ置いてくれたら、どうとでもするけど」


「ゴーレムもどうせすぐ突破されないか?」


「いや、なるべく逆側に追い込むし、そもそもボクを前にこっちに来ようとする余裕ないと思うよ」


「まあ、それもそうか」


 アルマは頷き、キュロスの方へと指を向けた。


「じゃあメイリー、適当に助けてやってくれ。遺跡はあんまり壊さないでくれよ」


 メイリーは二体のトリトンゴーレムの間を抜け、キュロス達の方へと向かった。

 二体のトリトンゴーレムが座り込んでぴったりと身体を合わせ、隙間を埋める。


『……メイリー様も、もう少し早く提案すればよかったのでは?』


 クリスが腑に落ちなさそうに口にする。


「仕方ないだろ。アイツの口、塞がってたし」


『…………』


 すぐにトリトンゴーレムの壁の向こう側から、大きな打撲音が連続的に響いてくる。

 時折、岩壁の裂ける音が挟まれる。

 三分程待ったところで、ラメールの絞め殺されるような悲鳴を最後に静かになった。


「もう立ち上がっていいぞ」


 アルマの命令でトリトンゴーレムが立ち上がり、通路の端に寄った。

 宝魔珊瑚アプサラスの壁が大きな爪傷だらけになっている。

 ラメール十体の亡骸が転がっていた。


 惨状の中心で、ラメールの体液塗れになったメイリーが、不服そうな顔で立っていた。

 自身の爪をペロリと舐める。


「磯臭い……」


「だろうな」


 キュロスは端っこで頭を抱えて、ガタガタと震えていた。

 アルマは「ふむ」と呟き、首を傾げる。

 大柄な男だったはずだが、なんとなく少し縮んだように見えたのだ。

 恐怖で身体を縮めているからに他ならないのだが。


「で、何千万アバル出してくれるの?」


 メイリーがキュロスに近づくと、キュロスは「ひぃっ」と声を上げながら後退った。

 メイリーを怖がるのも無理はない。

 ラメールは、キュロスが実際に今まで見てきた中で、最上位クラスに当たる魔物であった。

 それが急に十体湧いてきたかと思えば、ものの三分でメイリーに殲滅されたのだ。


「お、お前っ! お前ら、何者なんだよ!」


 キュロスがメイリーを指差す。

 メイリーが不快気に眉を顰めたのを見て、そっと指を下ろした。


「あまり脅してやるな、メイリー。別に、こっちに危機もなかったからいいよ。こいつからちょっと巻き上げるより、遺跡採掘を優先したい」


「ほ、ほほ、本当か? よ、良かった……。武器を一式売り飛ばす羽目になるかと……」


 キュロスが声を震わせながらそう言い、また落ち込んだように丸くなった。


「もう忠告通り帰ることにする……。一秒だってここにいたくない……」


「あん? いやいやいや」


 アルマが手を振り、キュロスの言葉を否定する。

 キュロスの目が点になった。


「えっ……? な、何か?」


「探索手伝ってほしいんだが? 人手が欲しい。お前、そこそこ力もあるし、動けるだろ? 自称都市最強冒険者なんだから」


「か、帰れって、さっき言わなかったか?」


「別行動する予定だったからな。でも助けてやったんだから、それくらいは手伝ってくれるよな?」


 キュロスは数秒無表情で黙り込んだ後、顔を真っ赤にして激しく左右に振った。


「いやいやいやいや、いやいやいやいやいやいやいや! 嫌に決まってるだろうが、あんな化け物が突然群れを成して出てくるようなところ! 許してくれ! 俺はもう、さっきのことが完全にトラウマになっているから! 多分、前に進もうとすると足が震えて動かなくなる! それくらい嫌だ!」


 キュロスは首を振りながら地面に座り、最後には土下座の姿勢になった。


「キュロス」


 アルマは屈み、キュロスと目線を合わせる。

 キュロスは顔を跳ね上げ、祈るようにアルマの目を見た。


「武器一式売るか?」


 キュロスはげんなりとした表情でしばらく黙った後、「……ついていきます」と弱々しく答えた。




 アルマはメイリーに手を引かれ、通路を走っていた。

 彼らの背を、六体の蛸人間ラメールが追う。


「そこそこ片付けてやったつもりだが、まだこんなにいやがったか」


「主様ぁ、追い付かれたくないから、背に乗って」


「おう、頼んだ!」


 アルマはメイリーの背に乗る。

 メイリーの姿が美しい白竜へと変わり、通路内を素早く飛ぶ。

 アルマは軽く背後を振り返り、ラメール達の様子を確認する。 


「はい、ポチっとな!」


 アルマは言いながら、背後へと赤と灰色の短い杖……《入力短杖スイッチワンド》を向ける。

 その途端、ラメール達の足場の床が落ちる。

 ラメール達は茫然とした様子で下へと落ちていった。

 落とし穴である。


 このアイテム、《入力短杖スイッチワンド》は情報量の乗った魔力を飛ばすことができる。

 単独だと意味のないアイテムだが《入力短杖スイッチワンド》に反応する鉱石と組み合わせることで、離れたところの物を動かしたり、爆発を起こしたり、魔法スキルの効果を及ぼしたり、なんてことができるのだ。


 遠隔軌道の罠を動かすのに適したアイテムであり、要するにリモコンである。

 罠の他、リモコンとしての扉の開閉やアイテムの起動は勿論、都市での破壊工作や気に喰わないプレイヤーへの嫌がらせの際の、アリバイ作りとしてよく使われる。

 要するに、例によってマジクラプレイヤー達に様々な形で悪用されている、ということである。


「あのラメール共も、まさか、自宅で落とし穴に掛かるとは思ってなかっただろうな。やっぱり、誰かを綺麗に引っ掛けた時が、一番気分がいい」


 アルマは笑いながら落とし穴を覗き込む。

 二体のトリトンゴーレムとキュロスに掘らせ、即席で造らせた落とし穴であった。

 薄く床を造り、《入力短杖スイッチワンド》の入力に反応して外れるようにすることなど、錬金術を極めたアルマにとっては、材料さえあれば折り紙に等しい。

 

「……血、血も涙もない」


 通路の曲がった先で隠れていたキュロスが、トリトンゴーレムと共に姿を現した。

 責めるような目でアルマをちらりと睨む。


『毒ガスで燻り出して、誘導先の細い通路で矢で仕留めたと思えば、次は落とし穴であるか……。お前は本当に容赦がないな。ここまでせんでも、よいのではないか……?』


 クリスが疑問の声を上げる。

 実際、メイリーが暴れれば余裕で制圧できる相手なのだ。


「クリス、お前、ラメールを舐めてないか? メイリーでも、あんまりゾロゾロ出てきたら手加減して戦える相手じゃないからな。逃すことがあったら警戒されるし、メイリーが本気で動き過ぎたらこんな遺跡数分で沈没するぞ」


『……ラメールは置いておいて、メイリー様が化け物過ぎんか?』


「落とし穴掘るくらい簡単にできるんだから、メイリーに丸投げするよりリスクが少なく済むだろ」


『お前と一緒にいると、本当に感覚が狂う……』


 アルマは落とし穴とは別の通路を使い、《アダマントの魔力磁針》を用いて人間の気配があった方向へと進んでいく。


 そしてついに、大量の檻が並んでいる場所へと辿り着いた。

 檻の内いくつかには人間が入っている。

 全員で十一人だった。

 恐らく、先に遺跡に入った冒険者達であった。

 大怪我を負っている者もいたが、ロクに治療もされずに不浄な檻の中に押し込まれている。


 皆もう希望を捨てていたらしく、死んだようにぼうっと座り込んでいた。

 しかし、アルマ達を見ると歓声を上げ、よろめきながら立ち上がった。


「お、おい、人間だ!」

「A級冒険者のキュロスもいる!」

「俺達を助けに来てくれたんだ! 駄目かと思ったが、俺達は見捨てられちゃいなかった!」


 アルマの傍らのメイリーが、ヒラヒラと冒険者達へと手を振る。

 彼らは金属の格子を握り、目を輝かせてアルマとメイリーを見つめる。


『可哀想に。奴ら、これからアルマにこき使われると知らんのだ』


 クリスが彼らを憐れんでそう漏らす。

 同時に、キュロスが疲れ切った溜め息を漏らした。


「人聞きの悪いことを……。ちょっとばかりタダで働いてもらうだけだ。あの蛸共に拷問死させられるよりは遥かにいいだろ」


 アルマはクリスにそう返してから、檻へと指を向けた。


「メイリー、頼んだ。全部壊してくれ」


「ん」


 メイリーは簡単にそう答えてから、パキポキと指を鳴らす。


『あの青い輝き……檻は海轟金トリトンでできているのではないのか? メイリー様に任せるより、お前が錬金術のスキルで金属格子を歪めた方がいいのではないか?』


 アルマは首を振った。


「メイリーを甘く見るなよ。アイツにとって海轟金トリトンなんか、ちょっと堅めの海藻味のクッキーだからな」


 ここに来るまでに、メイリーは散々海轟金トリトンを喰らっている。

 仮にメイリーと戦うのならば、海轟金トリトンの鎧や盾なんか一撃で破壊されるだろう。

 剣もまともにメイリーの身体に通らない。奪われてバリバリ食べられるのがオチである。

 アルマから言わせてみれば、クリスは巨大過ぎるメイリーの力を、まだまだまともに認識できていない。


 メイリーは容易く、海轟金トリトンの格子を爪で破壊していく。

 捕らえられていた冒険者達は驚いていたようであったが、今はそれよりも命が助かったことを喜んでいた。


「もう駄目だと思った……あの蛸の化け物に、殺されるかと思っていた……」

「ありがとうございます、キュロスさん……それから、アルマさん、メイリーさん」


 キュロスは真っ先に名前を呼ばれたのを、心底居心地悪そうにしていた。


「そんなに量はないが、治療ポーションや包帯は持ってきている。怪我が酷い奴は俺が治療しよう」


「おおっ! ありがとうございます、アルマさん! 本当に貴方は命の恩人です……!」


 そうやって重傷者の治療が終わった。


「キュロスさん達は、どうやってあの蛸の化け物を掻い潜ってきたんですか? 俺達、無事に帰れるでしょうか?」


 冒険者の一人が恐々と尋ねる。

 他の冒険者達も、深刻そうな表情をする。


 檻を壊した時点で、蛸の化け物、ラメール達が怒るのは当然のことであった。

 一度も遭遇せずに外に出られるとも思っていなかった。

 本当に振り切って逃げる算段があるのかどうか、聞かずにはいられなかった。


 キュロスは何も答えなかった。

 ただ、冒険者達に憐れむような視線を返した。


「よく聞いてくれ! これからお前達には、遺跡採掘を手伝ってほしい」


 アルマの言葉に、冒険者達は怪訝な顔を浮かべる。

 聞き間違いだと思ったのだ。

 彼らはもう、一秒だって長くこの遺跡にはいたくなかった。

 ようやく帰られると、そればかり考えていた。

 すぐにでも安全な都市に帰り、まともな食事でも口にして、ベッドで横になって眠りたかった。


 だが、アルマは確かに遺跡採掘と口にしていた。

 彼らは仲間達とアルマの言葉がどう聞こえたのかを確認し合い、段々と蒼褪めていった。


「奥まで探索して完全に外敵を排除してから、最終的にはこの遺跡の海轟金トリトンを全て回収したい! そのためにはどうしても人手が欲しいんだ。力を貸してほしい」


 アルマの真剣な話し振りより、冒険者達はどうやらこいつはマジらしいと判断しつつあった。

 その場に凍り付き、更に顔色を悪くしていく。

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