第90話

 アルマはハロルドと共に、牢のある地下通路へと降りた。


「ハロルド、朝飯食べてないんじゃないのか? 俺の卵サンドなら、尋問しながらでも片手で食えるぞ」


「……ありがとう、終わってからいただくことにするよ」


 ハロルドは手で顔を押さえ、溜め息を吐いた。


「今なら焼きたてなんだがな……」


 地下牢には、オルランドヤミガラスの五人が入っていた。

 アルマは牢の前で足を止め、彼らへと顔を向けた。


「よう、元気かオルランド」


「アルマァ! 貴様、これは何の真似だ! ゲルルフ様の使者である我々に毒煙を浴びせ、地下牢に投げ込むとは! これは都市間の問題に発展すると思え! 我々を速攻解放せよ! そうでなければ、この村は血溜まりに沈むことになるぞ!」


 オルランドが大口を開けて吠える。

 オルランドの顔は、左頬が青く、パンパンに腫れ上がっていた。

 叫んだ後、頬の肉が伸びて痛かったのか、呻き声を上げながら摩っていた。


「……それ、どうしたんだ?」


「ここに運んでくださった鶏さんが、隊長さんを最後にビンタしたんですよぉ。何が悪趣味な金ピカだとか言って」


 ゾフィーが手を上げて、ケタケタと笑った。

 他の四人は脅えているというのに、ゾフィーだけは楽しげな様子であった。


 オルランドが額に皴を寄せ、彼女を睨みつける。

 確かにホルスがそんなことを口にしていたなと、アルマはようやく思い出した。


「……アルマ殿、どういうことだい? 深夜の間に、彼らの暴動を鎮圧したという話では」


「ん? 語弊があったな。暴れそうだから毒煙ぶつけて地下牢に閉じ込めておいたんだ」


「あ、暴れそうって……それ、ただの決めつけみたいなものなんじゃ……」


 ハロルドが青くなった。


「決めつけも何もあるか! 我々は唐突に攻撃を受けたのだ! 領主殿よ、そこの男は頭がおかしいのだ! 縛り上げて都市ズリングに引き渡せ、さもなくばこの村は終わりだと理解しろ! ゲルルフ様は恐ろしい御方だぞ……こんな真似をしでかして、村が無事で済むとは思わんことだ!」


 オルランドは頬を押さえながら、続けて怒鳴る。


「だったらお前らをズリングに返すより、海にでも沈めて隠滅した方が安全そうじゃないか?」


「貴様ァ!」


 オルランドが顔を真っ赤にして壁を殴った。


「アルマ殿……その、遊んでいないで、何があったのか教えてもらえないかな?」


「そうだな」


 アルマは懐より、碧の結晶石を取り出した。


「それは……?」


「《メモリークリスタル》だ。映像や音を記録して、このクリスタルに映し出すことができる。こうやって、魔力を与えるとだな……」


 結晶石が光を帯び、表面にオルランドの顔が浮かび上がった。

 続いて結晶石より、オルランドの声が響く。


『オレがゲルルフ様より受けた命令は、アルマを見極め、使えそうな奴だと思えば都市ズリングへと連れ帰ることにあった。これには二つの例外がある。一つは、噂程でなければ、連れ帰らずにさっさと帰還して情報を持ち帰る。そして二つ目は、本当に危険な奴だと思った場合は、手段を選ばずにアルマを処分する』


「な、なな、な……!」


 オルランドは、赤くした顔を青くする。


「こういうことだ、ハロルド。こいつら《ヤミガラス》は、最初からゲルルフの命令で俺を殺しに来てたってわけだ」


「あ、有り得ん! 何故そんな記録がある! へ、部屋の中にいなければ、そんなタイミングで《メモリークリスタル》の記録を行えたわけがない! そ、そうである! そんなものは嘘っぱちだ! 捏造である。オレはそんなこと、口にしていない!」


 続けて結晶石から声がする。


『だからぁ、手足落として持ち帰りません? ゾフィーのワンちゃんにします。それが一番よくないですか? ゲルルフ様も、絶対喜ばれますよぉ。ね、ね? ちゃんと面倒見ますから』


「あ、ゾフィーの声ですねぇ。いやあ、お恥ずかしい」


 ゾフィーが照れたように口にする。


「誰がこんなもん捏造するか」


 アルマが吐き捨てるように口にした。


「で、出鱈目である! 全てでっち上げだ! 我々はそんな命令、ゲルルフ様から受け取ってはおらん!」


 オルランドはなおも認めず、そう口にする。

 

『この塔の設備は異様だが、戦力は大したものではない。本体はヒョロヒョロの小僧であるし、付き人は竜人とは言え小娘だ。他の使用人など、どうやら悪趣味な金ぴかの鶏と犬っころで賄っている様子。入ってしまえばこっちのものというわけだ。このオレの剣技で、全員食肉にしてくれるわ』


 結晶石からまた声が続く。


「こんな意気揚々と出てきて、行動起こす前に全員捕まったのはどんな気分だ、オルランド?」


「し、知らん! オレではない! だって、有り得んであろうが! こんな……ど、どこで、我々の声を拾っていたというのだ! 有り得ん! 有り得ないというのは、嘘であるという何よりの証拠!」


「あのな……お前がいくら否定しようが、こっちには関係ないんだよ。ハロルドに俺を疑う理由はないし、この塔には全体を監視できる機能も備わってるんだよ。あり合わせだから、まだそんなに便利じゃないがな。お仲間さんは全員認めてるみたいだし、もう諦めたらどうだ?」


 他の三人は、顔を真っ蒼にして床へと目線を落としている。

 ゾフィーだけはケロッとした表情を浮かべていた。


「いやぁ、面白そうな仕掛けがいっぱいあるんですねぇ! ゾフィー、ますます感服しちゃいました! ね、ね、アルマ様! ゾフィーを弟子にしてくださいよ、弟子に! ねえ! 弟子にしてくれるんだったら何でも喋りますし……ああ、そうだ! なんならゲルルフ様のところに戻って、他の四人は天空艇の事故で行方不明になりましたって伝えておいてもいいですよお!」


 ぎょっとした表情で、他の四人がゾフィーを見る。

 特にオルランドは、彼女を目線で殺しそうな顔つきをしていた。

 ゾフィーは他の四人を振り返り、しまったというふうに口許を歪める。


「あのお、アルマ様ぁ。後で隊長さんと牢屋、別にしてもらえません? ゾフィー、殺されちゃうかもしれないんで」


「なんなんだい、あの子……」


 ハロルドがドン引きしたように口にする。


「俺が聞きたい……。ひとまず、信用はしない方がよさそうだな」


「なんでなんですかあー! ひどい! わざとあからさまに怪しいアイテムも、触らず放置してたんですよお! アルマ様ぁ、どうしてゾフィーを信じてくれないんですかぁ!」


「すぐ裏切りそうだからだよ」

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