第61話

「ほう……お前達も来たか。相変わらず、運のいい奴らだ。私がこの遺跡の主を倒したところにやってくるとはな」


 キュロスは嫌悪を隠さない目をアルマに向けた後、トリトンゴーレムを見る。

 異様な気迫を放つ青の巨人を警戒しているようだった。


「いや、なかなかの剣技だった。ここまでだとは思っていなかった」


「当然だ。私は元々、用事と重なったために調査隊には入らなかっただけだ。パシティアに私以上の冒険者はいない」


 キュロスはまだ、アルマからギルドで言われた言葉を根に持っていた。


「でも、お前……何で来たんだ? 今の遺跡に行くなんて、愚か者の発想だとあれだけ言っていたのに……。都長が編成した調査隊が駄目だったのに、たかだか数名で挑んでどうにかなるわけがない、とも言っていたよな?」


 判断を誤って一攫千金と危険な案件に飛びつくのは三流のやることだと、そうまでキュロスは口にしていた。


「おっ、思い直して、調査隊の者達の救出に来たまでだ! 実際、私ならばこの遺跡の主を狩ることができた。何だ貴様……この私をネチネチと馬鹿にするつもりか?」


 キュロスは眉間に皴を寄せ、アルマを睨んだ。


「いや、馬鹿にしてるわけじゃない。前もそういう感じの空気にはなっちまったが、実際、キュロスの判断は正しかったぜ」


「何だと……?」


「あのときのは冷静で現実的な判断だった。たかだかA級冒険者がロクな準備もなく単騎でこの遺跡に突っ込むなんて、正気じゃないぞ。キュロス、悪いことは言わないから帰っておけ。既に肩を負傷してるんだし、変な意地を張らずに……」


「お前の様な新米が、馴れ馴れしくキュロスキュロスと呼び捨てにするなっ! 敬意を払え、敬意を! 私はっ、私は、《剣の精緻》の二つ名を持つ、キュロスだぞ! 私の冒険記だってパシティアには出回っている! ぽっと出が、散々馬鹿にしくさった態度を取りやがって! 私は大スター、キュロスだぞ! 私に忠告だと、何様だ! 第一、この遺跡の主を、私が仕留めたところだ! 今更意味の分からんことを言うな!」


 キュロスが剣を振るって下げ、床を先端で叩いて音を鳴らす。


 アルマは面倒臭いという感情を前面に顔に出し、髪をわしゃわしゃと掻き、溜め息を吐いた。


「あのな、キュロス、そいつがこの遺跡の主だって確証がどこにあるんだ? 調査隊の中にはA級冒険者もいたって話じゃないか。なのに、そのラメール、戦った時無傷だっただろ?」


「私を諭すように言うな! なんだその、まるで自分が当然上だというかのような言葉は! 魔物なんて、こいつ以外にもいくらでもいた! 弱ったところをこの蛸お化けに襲われれば、ロクに抵抗できずに壊滅まで追い込まれることもあるだろうが! だいたい私に帰れと言って、お前は残って探索を続けるつもりなのか? この私を侮辱するにも程がある!」


 キュロスが顔を赤くして吠える。


「俺はしっかり準備してる。見ろ、この三体の神々しいゴーレムを。それに、こいつも滅茶苦茶強いからな」


 アルマはメイリーへと目を向ける。


「まぁ、ボクはそれほどでもあるよね」


 メイリーは胸を張りドヤ顔を浮かべた。


「ひょろっちい錬金術師に亜人のチビがほざいてくれる。いいだろう……そこまで言うのならば、手負いの身だが、お前達の身体に実力差を教えてやっても構わないのだぞ? ほら、掛かってきて見せろ!」


 キュロスが剣先にアルマを捉えた。


「は、はぁ……? いや、そんなことする意味はないだろ。このダンジョン奥地で、無意味な戦闘で消耗するつもりか?」


 アルマの言葉を、キュロスは鼻で笑った。


「冗談に決まっているだろう。だが、フフ、随分と怯えた顔をしていたじゃないか」


 素早くメイリーが前に出て、軽々と宙を舞い、キュロスへ見事な回し蹴りを放った。


「なっ!」


 キュロスは慌てて剣で防ぐが、刃が足で弾かれる。

 剣は回転しながら飛んでいき、壁に当たって床に落ちた。


 そのまま迫るメイリーの足が、キュロスの額のすぐ先で止まった。

 キュロスは恐怖でその場に尻餅を突き、息を荒げる。


「はぁ、はぁっ、はぁっ……きゅきゅっ、急に何をするっ! 本当に飛び込んでくる奴がいるかっ!」


「いや、主様に剣向けたから。来いって言ってたし」


 キュロスはよろめきながら起き上がり、フラフラと剣を拾いに行った。


「か、肩を怪我していたから、それで力が入らなかったんだ! そうだ!」


 誰に言い訳しているのか、キュロスは一人でそう口にする。


「お前もそっちの亜人も気に喰わん奴だ! もういい、私に関わるな。私もお前達には関わらん、泣こうが喚こうが助けてはやらんから、帰るなら今の内だぞ!」


「それは結構だが……本当にお前、帰った方がいいぞ」


「私はこの先の道を行く! お前達は絶対に付いてくるなよ、他の道を行け!」


 キュロスは通路の先を指差す。

 アルマは表情を歪めた。

 その先は、人間の気配をアルマが掴んだ方であった。


「いや、俺は元々、そっちに用事があるんだが……」


「知るか、別の道を行け! 全く……そこの魔物と同格の魔物が、そうゴロゴロといるわけがないだろうが。つまらん脅しで、功績を横取りしようとしやがって……。卑劣な手でA級冒険者になった、お前らしいやり口だ。私はお前達を、心の底から軽蔑する」


 キュロスはぶちぶちと文句を零しながら通路を進んでいく。


「主様、あいつ殺していい?」


 メイリーが苛立った表情でアルマを振り返る。


「適当に言わせとけ。まぁ、冒険者ランク上げるために強引な手を使ったことは否定しないしな」


「……ふぅん。で、どうするの、主様?」


「面倒臭いが、アイツを追い掛けるしかないだろ。調査隊が囚われてるはずだし……何より、人間捕まえてるところに見張りがいないわけがない。絶対別のラメールがいる。ラメールは個体差が激しいし、アイツも消耗してる。次勝てるかは怪しいぞ」


 アルマはそう言い、キュロスが向かっていった方を睨む。


「一応、集めた海轟金トリトンの見張りを残すか」


 アルマは一度引き返し、収納箱が並んでいる場所に一体のトリトンゴーレムを残した。

 それから二体のトリトンゴーレムと共に、キュロスが消えて言った方へと向かう。

 少し進んだところで、先の道から足音が響いてきた。


「助けてくれぇえええええええ!」


 通路からキュロスがこっちへ走ってきた。

 キュロスは必死の形相をしていた。

 目を見開き、鼻を大きく膨らませ、歯茎を露出させている。


「おまっ、お前、いくらなんでも変わり身が速すぎないか!? お互い不干渉だって、今さっきお前が一方的に言ったところだからな!?」


「本当にいたのだ! あの魔物がゴロゴロといたのだ!」


 キュロスの後を追って、十体のラメールがゾロゾロと後を追ってきていた。

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