第63話

 二体のラメールが、メイリーへと海轟金トリトンの銛を振り乱す。

 メイリーは二体の挟撃を器用に回避し続ける。

 まるで掠りもしない。

 どんどん二体のラメールの顔に焦燥が浮かんでいく。


「ま……こんなもんだよね」


 メイリーが宙を舞いながら腕を振るう。

 二体のラメールの頭部が、メイリーの鉤爪に刈り取られる。

 メイリーは着地し、器用に手のひらに乗せていた頭部を床へと落とした。


 付いてきていた冒険者達は、茫然とメイリーの様子を眺めていた。


「う、嘘だろ……?」

「なんだあの亜人の娘……いくらなんでも、強すぎるだろ」


 メイリーから逸れると危険が多いため、とりあえず冒険者達を引き連れて纏まって動き、ラメールの残党狩りを行っていたのだ。


『……ここまで圧倒的であると、なんだか妙な罪悪感まで出てくるものであるな』


 クリスがそう呟く。


「ラメールは凶暴だぞ。元々、何万年も昔、人間以前にこの世界を支配していた奴らだ。生殖能力は決して高くないが、もしも外に解き放たれたら、一気に大量の奴隷を従えて一大勢力になるぞ」


 この世界では、人間が魔物に怯えながらどうにか生息圏を敷いている。

 むしろ、個々の戦闘能力が高いラメールの方が、この世界の支配者に向いている。

 一度ラメールが人間都市を制圧すれば、そこを中心に持ち前の奴隷文化で急速に支配域を広げていく。


『そ、そんなにか……?』


「大陸一つ、丸ごと遺跡から蘇ったラメールに乗っ取られる……なんて、別に珍しいことじゃないからよ。そうなったら、駆除するのは恐ろしく面倒だぞ。共生はまず不可能だ、今滅ぼすか、後で多大な犠牲を払って滅ぼすかしかない。仮にメイリー抜きだったら、俺だって悠長にラメール遺跡の攻略なんてやってないからな」


『アルマがそこまで言うのか……。確かに、少し甘く考えておったかもしれん。メイリー様がおらんかったら、この地はラメールに支配されておったかもしれんのか……』


「ああ、仮にメイリーがいなかったら、強引に都市を牛耳って資材を潤わせて、爆弾でも造って遺跡ごとふっ飛ばすか、大量の土で遺跡ごと埋めるか、毒攻めするかのどれかだっただろう。そうなると俺も今後行動しにくくなるし、何より海轟金トリトンが手に入らなくなる」


 実際、マジクラでは半分定石のようなものであった。

 危険な相手と真っ向から戦う義理はない。

 物量で叩く、騙す、罠に掛ける、爆撃する、毒をばら撒く。

 それでもどうにもならなければ、埋め立てて見なかったことにするのが手っ取り早い。


 その自由度の高さがマジクラの売りであった。

 故にプレイヤー間での争いは、あらゆる凶事に万全に備えつつ、誰も信じない鋼の覚悟が大切となる。

 準備を怠れば、甘さを見せれば、上位プレイヤーであっても、格下に何もわからないまま圧殺されることになりかねない。


『…………』


 クリスは一瞬アルマの言葉に納得しかけたが、すぐにやっぱりヤバイ奴だったと思い直した。


「どうしたクリス?」


『……いや、メイリー様がおってよかったと、改めてそう思ったのだ』


 もしメイリーがいなければ、アルマは本気で手段を選ばずに都市を牛耳り、ラメール遺跡を埋め立てていたであろう。


「だろ? メイリーは頼れる相棒だからな」


『そういう意味ではないのだが……まあ、うん、もうそういうことでよい』


 アルマの傍へとメイリーが戻って来る。


「主様ぁ、多分、もう纏まった数のラメールはいないんじゃないかな」


 メイリーは欠伸混じりに口にする。


「そうか……じゃあ、そろそろ始めるとするか」


 アルマは手のひらを拳で叩き、気合を入れる。


「本格的な海轟金トリトン採掘をな」


 アルマは錬金炉やら収納箱を造り、並べていく。

 そして《海轟金トリトンのツルハシ》を量産し、冒険者達に手渡した。


「半数は俺のゴーレムと一緒に採掘に当たってもらう。色の濃い壁を片っ端から掘って、ここに持ってきてくれ! 壁の青黒い輝きは、海轟金トリトンの濃度が強いところだ。どうにもならないところは周囲を掘ってくり抜くか、俺を呼んでくれ。もう半数は、収納箱の整理や、俺の錬金術の補佐を行ってもらう!」


 こうして、ラメール遺跡の開拓が始まった。

 どんどん壁が掘り進められていく。

 冒険者達ではやや力不足であったが、《海轟金トリトンのツルハシ》は性能の高い、ランク6の高価なアイテムである。

 加えてアルマは、適当に持ってきていた《腕力強化》や《採掘効率強化》の《ルーンストーン》を適当にアイテムに付与して、力不足を補った。


「な、なんだこのツルハシは!」

「そこまで力を入れなくても、簡単に掘れるぞ! こんなに硬い壁なのに……!」

「ルーン付与アイテムなんて、初めて触った……。こんな状況だが、ちょ、ちょっと楽しいかもしれん……」


 どんどんラメール遺跡が、虫食いのような穴だらけになっていく。


『憐れなラメール遺跡よ……こんな男が来たがばかりに』


 クリスはどんどん貧相になっていくラメール遺跡の内装を眺め、切なげにそう漏らした。


「ぜぇ……なぜ俺の、ぜえ、俺のツルハシだけ、無付与なんだ……? お前、根に持っているだろう、なあ?」


 キュロスは汗だくになりながら壁を掘っていた。


「ああ、悪い。丁度いい《ルーンストーン》が足りなかったんだ。ただ、お前が一番強いんだから、適任だろう。それに、説明していなかったが、無付与というわけじゃない」


「なに……? このツルハシに、何かあるのか?」


 キュロスが半信半疑の目でアルマを見る。

 アルマは頷いた。


「ああ、キュロス、ちょっと勢いよく跳んでみろ」


「ほう?」


 キュロスは足に力を込めて跳んだ。

 身長の倍近く跳び上がった。

 重い鎧のために着地を誤り、キュロスは派手に転倒した。


「つ、つつ……お、おい、なんだこれは!」


 アルマは深く頷く。


「余っていた《跳躍強化》だ。一応、ないよりはマシかと思って付与しておいた。ルーンレベルは4もあるぞ」


「役に立つかこんなもの!」


 キュロスは怒鳴りながら《海轟金トリトンのツルハシ》を振り上げてアルマへと投げつけようとしたが、メイリーに睨まれてそっと静かに下した。

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