第103話
都市ズリングの中心地の塔にて。
ゲルルフは自身の執務室へと、一人の男を呼びつけていた。
「ゲルルフ様、この私を頼っていただけるとは光栄の極みである! 何なりとお申し付けを!」
痩せぎすの長身の男が、芝居掛かった動きでゲルルフへと片膝をつき、大きく左腕を天井へ掲げる。
派手な道化染みた衣服を纏う、金の巻き髪の男であった。
彼はゲルルフの錬金術の弟子の一人、カルペインである。
「君は政には疎かったね。実はここ最近、ズリングでは厄介な問題ごとを多く抱えている。錬金術師アルマの暗殺に向かった《ヤミガラス》、及びゾフィーの行方不明。続いて《瓦礫の士》の幹部勢を暗殺しに出たローゼルがしくじった。俺は優秀な弟子をこの短期間で二人失ったというわけだ」
「なっ、なな、なんと! なんと! ローゼル殿と、ゾフィー殿が! お二人共亡くなられたと!」
カルペインは大袈裟に身体を仰け反らせる。
「行方不明になっているだけだ」
「なるほど……!」
カルペインがぴしっと、糸人形のような動きで背筋を伸ばす。
「一応、他の者から君には伝えさせてはいたはずなのだが……」
「申し訳ございません、ゲルルフ様! キメラの実験が進みまして、そちらに夢中で気がつかなかったものかと! かと!」
「……ああ、そうか」
ゲルルフは額を押さえ、溜め息を吐いた。
カルペインは錬金術師としての能力は高く、研究熱心であり忠誠心も高い。
ただ、ゲルルフはカルペインのことがとにかく苦手であった。
返事はいいが、全体的に話を聞いているのかどうか怪しいことが多い。
関心のないことには露骨に進捗が悪くなるのが昔からの悪癖であった。
「新しく入った情報では、錬金術師アルマを自称する人物が《瓦礫の士》と協力関係を結び、都市ズリングの僻地に拠点を築いて武器を集めているという話だ。ローゼルを倒したのも恐らくは奴だろう。アルマは前々から警戒していたが、どうやら想定以上の危険人物であったらしい。このまま好き勝手させておくわけにはいかん。君が兵を指揮し、アルマを殺して奴の拠点を破壊しろ」
「はあ……なるほど、私が指揮を……」
やはり、あまり関心がないのだろう。
わかりやすく生返事であった。
恐らくカルペインは、錬金術関連の仕事であると考えていたのだ。
ゲルルフが眉間に皺を寄せると、カルペインが再び背筋を真っ直ぐにした。
「はっ! お任せくだされ! 私が必ず、そのアルマとやらを殺し、ゲルルフ様の脅威を取り除いて見せましょう! ええ、ええ!」
「今回、兵の数は好きなだけ使え。アイテムの制限も取り払う」
ゲルルフの言葉に、カルペインが顔を勢いよく上げ、表情を輝かせた。
「ほっ、ほほほ、本当ですか! それはなんと、素晴らしきかな!」
カルペインは唾を飛ばしながらそう喜んだ。
飛沫が服に掛かったゲルルフは、心底嫌そうに口許を歪めた。
今までもカルペインが戦闘に駆り出されることは度々あった。
ただ、一定以上の錬金術師にはよくあることだが、彼が本気を出した場合、都市部への被害が大きく出てしまうのだ。
《支配者の指輪》の洗脳効果があるとはいえ、それにも限界がある。
無意味に住人の反感を買っていいことはない。
そのためカルペインを動かす際には、使っていいアイテムに大きな制限を掛けていた。
ただ、アルマを警戒したゲルルフは、今回その枷を取り払うことにしたのだ。
カルペインからしてみれば、せっかく極めた技術を発揮できる場がないことに憤りを感じていた。
今回の制限の撤廃は、彼にとってこの上なく嬉しいものであった。
「都市への被害にも目を瞑ろう、どうせ外周のスラムだ。無関係な民が何百人死のうとどうでもいい」
「ワンダフール!」
カルペインが両腕を天井へと掲げて奇声を発する。
「ただし、絶対に仕損じるな。必ずアルマを殺せ」
「はい、はい! 勿論である! 必ずやアルマを仕留めてご覧に入れましょう! では、ゲルルフ様よ、私は準備がありますので!」
カルペインはそう言って糸人形のような動きでカクカクと頭を下げ、嬉しそうにスキップをしながらゲルルフの執務室より去っていった。
『随分とアルマとやらを警戒しておるようだな、ゲルルフ』
カルペインが去って行った後、ゲルルフの背後より声が響いた。
「これ以上邪魔をされるのは癪だ。早めに目を付けておいたつもりだったが、ここまで長引くとはな。警戒し過ぎるということはないだろう」
ゲルルフは椅子を回し、自身の横へと目を向ける。
鏡の中に、梟の仮面をした、青い肌の女が映り込んでいた。
黒羽の衣を纏っている。
『案ずるな。余と契約したお前が、たかだか一錬金術師に遅れを取るわけがあるまいて。昔から臆病な奴よのう』
「俺は君の力を得るまでは、ただのズリングのはみ出し者に過ぎなかった。その臆病さでこの悪意の渦巻く都市ズリングで成り上がり、ついには悪魔の力を得て、リティア大陸最大の都市であるこの地の長となったのだ。その俺の臆病さが言っている。どんな手を使ってでも、今すぐにアルマを排除しろとな。この一件でズリングの治安が少々乱れたとしても、それは必要なコストだ。……問題は、カルペインでケリをつけられなかったときだな」
ゲルルフはそう言うと席を立った。
『む……? お前さんや、どこへ行くのだ?』
「最悪の事態に備えておこうと思ってな。また少し、君の力を借りさせてもらおう」
『ほう、今ある戦力では足りんかもしれんと? これ以上のアイテムを作れば、この地がどうなるかは保障できんぞ?』
悪魔が楽しげに零す。
「俺も使わなければいいと思っている。備えておくだけだ。保険は残しておくことに意味がある」
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