第26話 不器用な駆け引き
切ない夜をあといくつ飛び越えたらあの人にもっと近づくことができるでしょうか?
今日もそんな想いを巡らせて、あの人に会いに行く……。
見慣れた景色に高鳴る鼓動を抑えながら、いつもの道を歩く。
そしていつものようにみんなと合流して買い出しをする。
ふと目の前に映る飲み物を選ぶ奈那の姿と隣で微笑むイチくんを見てはお似合いの2人なのかもしれないと思って落胆する。
そしていつもより少しだけ度数の強いお酒を買って、またひとつ強がった。
「お疲れさまー」
私たちはいつものように乾杯をした。
いつものように他愛もない話。
この部屋に来るのも何度目かなんてもう数えきれない。
部屋に貼ってあるイチくんが好きだというアイドルのポスター。
少しでも近づきたくて、一生懸命聴いたおかげで私も少しは詳しくなった。
それでもまだ私は近づけずにいる。
今日もそうやって過ぎていく。
「美愛ちゃん、大丈夫?疲れてない?」
そんなことをぼんやり考えているとイチくんが覗き込んだ。
「へっ?」
不意打ちすぎて、私は思わず変な声を出してしまった。
「なんか元気ないような気がしたから……」
気に掛けてくれてたの……?
「あ、ううん。仕事はハードだけど、大丈夫!」
私は慌てて言った。動揺が隠せない。
イチくんを好きだと確信したあの時と同じあの表情をされたら……。
「それなら良かった。」
イチくんはそう言うとまた私の大好きな笑顔を見せた。
***
「じゃあ私、そろそろ帰るね」
翌日予定があるからと、しばらくして奈那がまた帰っていった。
私たちは玄関で奈那を見送ると、また部屋に戻ってなんでもないような話を延々と繰り返していた。
夜が更ける度、口数が少なくなっていく。
ふと見るとテレビを見ていたと思っていたイチくんがうたた寝していた。
無防備なその寝顔に思わず吸い込まれそうになる。
「イチくん、寝ちゃった?」
私の呼び掛けにイチくんは目を覚ますとハッとした顔で
「ごめん!」
と謝った。
「ううん。起こしてごめんね。イチくん疲れてるよね……私たち、始発の時間になったら帰るから、私たちのことは気にせず休んでね。」
その言葉に
「ありがとう。そうさせてもらうね」
と言ってイチくんは寝室へ入っていった。
疲れてるのに、時間を作ってくれて、ありがとう。
それがもし、奈那と過ごす時間のためだとしても、その時間を共有できることですら幸せだと思える。
「あれからどう……?」
それからしばらくして蒼斗くんが切り出す。
イチくんとのことだろう。
「ううん。何も」
その答えに蒼斗くんはそっか、と呟いた。
「正直、どうしていいのかわからなくてね」
私は苦笑いした。
「今の関係を崩したくないけど、それでも前に進みたいと思ってしまう自分と、2人の自分が葛藤してる。でも、伝えなきゃ前に進めないよね」
このリビングとイチくんが寝ている寝室は扉1つで仕切られてるだけ……。
イチくんがもし寝ていなければ聞こえてしまう距離。
それでも、一か八か。
こんなことしかできない、不器用な私です。
「でもやっぱり、私はイチくんが好き……」
蒼斗くんは頷いた。
もし今の会話が聞こえていたら、扉の向こうであなたは何を想うでしょうか?
こんなこと突然言われたら困るよね。
だけど、私にはこの方法しか見つからなかった。
明日への近道なんてきっとどこにもない。
このまま立ち止まっていても仕方ない。
だから私は進むしかないんです。
こんな方法しか見つけられない私をどうか許してね。
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