第59話 行方

結局、奈那と蒼斗くんが会ったという日の翌日、蒼斗くんからの連絡はなかった。

嫌な予感が拭えないまま、また週末が近づく……。


「土曜日、どうしようか?」


蒼斗くんにメールを送る。

大丈夫。きっと今まで通りだよね。


いつもならすぐ返ってくる返事がなかなか来ないことが私を不安にさせる。

忙しいのかな……。


そしてしばらくしてから蒼斗くんからの返信があり、安心したのも束の間。


「土曜日、奈那ちゃんは何て言ってる?」


そのメールを見て凍りつく。

2人で会おうとしていた筈の土曜日。

どうして奈那が出てくるの……?


「ん? 奈那がどうしたの?」


私は戸惑いながら、とぼけたフリをした。


「これからは2人で会うのはやめた方がいいと思うんだ」


恐れていたことが起こったと思った。


たった一晩で何が起こったというのだろう。

昨日まで何も変わらなかった蒼斗くんが、奈那と飲みに行った一晩で……。


確かに私は優しい蒼斗くんに甘え過ぎていた。

気を持たせない方がいいとでも奈那に言われたのだろうか……。


***


金曜日の夜。

いつもなら傷が癒える週末。

街には人が溢れている。


「これから2人で少し会えないかな? 終電の時間まで蒼斗くんの地元駅で待ってる……」


自分が何をしているのか、わかっているつもりだ。

重い女だと思われるかもしれない。

だけど、ちゃんと話せばわかってもらえると思った。奈那に何を言われたのか、ちゃんと確かめたい。

これ以上奈那に壊されたくない。何もかも。


私は蒼斗くんの地元駅に着くと、駅のホームでベンチに腰かけた。

イチくんの家からの帰りにいつも始発電車を待ったこのベンチで、今は蒼斗くんからのメールを待っている……。


『奈那ちゃんってさ、イチくんのこと足車としか見てないよね』


あの夏の日、蒼斗くんが言った言葉を思い出す。

奈那のことをそんな風に言っていた蒼斗くんが、たった一晩で変わる筈ないと私は信じるしかなかった。


だけど、蒼斗くんからのメールが来ないまま、私は何本も電車を見送った。


「まもなく1番線に最終電車がまいります」


結局、蒼斗くんからは来なかった。


***


ざわつく心。

信じたい気持ち。

ここまで私を動かすものは何なのか……。

やっぱりこのままでは納得できない。

私は蒼斗くんに電話をかけた。


「もしもし……」


電話にも出ないだろうと思っていたので、自分からかけておいて、その受話器越しの声に驚く。

だけど、その声はいつもの優しい声ではなく、どこか不機嫌そうだった。


「もしもし、夜遅くにごめんね。それに……メールも……」


不機嫌そうな蒼斗くんの声に少し怖じ気づく……。


「何なんだよこんな遅くに。それに、いきなりこっちに来て勝手に待ってるとか言われてもさ」


今まで聞いたこともない蒼斗くんの強い口調。少し前までの優しい蒼斗くんとはまるで別人のようだった。


「今まで2人で会ったりしてたからどうして急に奈那が出てきたのかなって思って」


勢いで電話をしたことを後悔した。

話したいこともまとまっていなかった。

ただ、話せばわかってもらえるという一心だった。

だけど、取り合ってもらえる様子ではない。


「メールでも言ったけど、2人きりで会わない方がいいと思う。美愛ちゃんが仕事でいっぱいいっぱいになってるのもわかってたし、それにイチくんへの気持ちが俺に向いてきてるのもわかってたし……」


「それは違……」


私は違うと言いかけて、言葉を飲み込んだ。

蒼斗くんには支えてもらっていて、拠り所にしていたのは事実だけど、それが恋愛感情かどうかは分からない。

だけど、それは私の身勝手な言い分で蒼斗くんにはそう写っているのだから仕方ない。

ここまで寄り添ってもらったのに、もう私には弁解さえする資格なんてない。

何を言ってももう駄目なのだと、すぐに悟った。


「正直、美愛ちゃん……重いんだよ」


覚悟していた筈のこの言葉が胸に突き刺さる。

自分でだって、分かっているつもりだった。

こうなることが怖かった。

だから今まで私は強がって生きてきたのに。

元彼の前でだって、イチくんの前でだって、弱い部分を見せないようにしてきたのに……。

蒼斗くんには全てをさらけ出した。

これが本当の私。

そんな私を支えたいと言ってくれた。

だからこんな私を受け入れてもらえているのだと思ってた……。


「迷惑かけてごめんね。今までありがとう」


私が震える声でこう言うとブチッと電話が切れた。

電話が切れた後も私はそのまま動けなかった。


これで私は全てを失った。

イチくんが奈那にキスをしたということを聞いたときよりも、ダメージは遥かに大きかったかもしれない。


先週の今頃、私は蒼斗くんの腕の中にいた。

頭をポンポンしてくれたときの笑顔が浮かぶ。

涙が止まらない。

どうしてこうなっちゃうのかな……。


『重いんだよ』


優しく包まれていた心がガシャンと大きな音をたてて壊れたような衝撃を受ける。


甘え過ぎていたことも、わかっていたつもりだ。

全部自分が悪いのだ。

だけど、だけど……。

あの日の優しい蒼斗くんが突然変わってしまったように思えて、せめて全部を奈那のせいにしていたかった……。

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