第60話 君のいない日々
土曜日の朝、メールの着信を知らせる音で目が覚めた。
昨夜のことが夢であったらいいのにと思いながら開く……。
「美愛おはよー! 今日どうするか、蒼斗くんから聞いてる?」
そのメールは昨夜のことが現実だったことを教えてくれる。
元々蒼斗くんと2人で約束をしていた今日。
なぜか奈那が加わっている……。
だけど、あんな電話をした後に蒼斗くんに会う勇気なんてない。
「ごめん。今日行けなくなっちゃった。それに蒼斗くんといろいろあって、もう会うことはないと思う」
ここまで言っておけばいいだろう。
これで奈那の気は済んだ?
「えー!? 私の知らないところで何があったのー?(泣)」
その返信を見て、私は確信する。
この子はいつだってどこにだって自分が存在していなければ気が済まないのだと。
イチくんのことだってそうだった。
イチくんと私の間にはいつだって奈那がいた。
そして、蒼斗くんと私が2人で出掛けるようになったことをきっと良く思っていなかった。
だから私たちを引き裂いたのだ。
奈那にだけは邪魔されたくなかった。
奈那にだけは入り込まれたくなかった。
だけど、蒼斗くんと私の関係は壊れた。
こんなにも簡単に。
***
そしてまた1週間が始まる。
蒼斗くんの存在がなくなった今では1週間という区切りさえもないのかもしれない。
終わりの見えない苦痛な日々が始まったのだ。
胃がズキズキと痛む。
人生で初めての経験だった。
電車から見える景色を眺めながら心は空っぽだった。
私はズキズキと痛む胃を擦りながら、ふと視線を落とした。
目の前に座っている中年男性と目が合う。
その中年男性は驚いたように私を見ている。
人の顔をジロジロ見るなんて失礼な人……。
その男性は私と目が合うと慌てて新聞で顔を隠した。
嫌な感じ……。
私は気を取り直そうと自分の頬を軽く叩いた。
その瞬間感じた違和感。
(私……泣いてるの?)
自分でも気づかない間に涙が溢れ出していた。
***
改札を出ると、私は手で顔を仰ぎ、必死に涙を乾かした。
今となってはもうすっかり粉々になった強がりの仮面の欠片を広い集め、塗りたくって、出勤する。
その姿はどんなに惨めで醜い物なのだろう。
だけど、そうするしかないのだ。
もう私には弱音を吐ける場所なんてないのだから……。
泣いたことがばれないように、出勤前に軽くトイレで化粧直しをする。
「あれー? 朝からお化粧直しなんて気合い入ってるね」
個室から出てきた黒石部長が鏡を覗き込む。
そして私の動きは止まる。
「気にしなくていいよぉー。女として、そういうのすごく大事だと思うし」
泣いていたことはばれていないようだったので少しホッとする。
「でも、そのブランド物のストッキングはちょっとよろしくないかなぁ……。取引先に競合さんがいるかもしれないしね」
そう言われてハッとした。
足元に目をやると踝にワンポイントのブランドロゴが入っていた。
いつもなら気を付けるのに、今朝はそんなことを考える余裕すらなかった。
「申し訳ありません……。昼休みに履き替えます」
私は頭を下げた。
その瞬間、黒石部長は私に顔を近づけて私の耳元ではっきりとこう言った。
「私のこと、陥れようとしても無駄だから」
「そんなつもりじゃ……」
私は弁解しようと顔をあげたが、黒石部長は私に背を向けてヒールを鳴らしながら去って行った……。
君のいない日々はまるで色を失くした世界のようだった。
もう少し強がることが得意だったなら。
弱さを誰にも見せずに生きていけたなら。
私は何も失わずに済んだのかもしれないね。
今更気づくなんて遅すぎるよね。
生きていく価値すら見出だせない。
生きている意味なんてわからない。
だけど……
私はこの色を失くした世界で生きて行く。
たとえどんなに辛くても……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます