第61話 失望
忙しなく過ぎていく日々の中で、胃を擦りながら今日も過ごしている。
仕事に没頭していれば、忙しければ忙しい程に心がなくなっていく気がして、その感覚が心地よくさえも感じられる。
いっそのこと、感情なんて失くしてしまえばいい。
そうすれば楽になれるのに……。
冷房が効きすぎている社内で、私は一人違和感を感じた。
寒いくらいなのに、なぜか汗が止まらない。
私はハンカチで汗を拭った。
「お前、嘘だろ? こんな涼しいのに……女の癖に汗っかきとか引くんだけど……」
斜め前のデスクにいた木下さんがドン引きの眼差しを浴びせている。
この汗の原因は自分でもわからないけれど、きっとこれもストレス性のものだろう。
「ねぇ美愛、これなんだけど……」
そのとき、彩香さんに呼ばれて振り返る。
彩香さんが伝票を見比べていた。
「このB社の伝票、間違ってる。C社のだから差し替えておいて」
昨日書いた伝票にミスがあったようだ。
彩香さんが気づいてくれなかったら大変なことになっていた。
「申し訳ありませんでした。畏まりました」
私は謝ると伝票を受け取った。
「気づけたから良かったけど、このまま荷物送っちゃってたら大変なことになってたよ」
「本当に申し訳ありません」
こんなミスで迷惑をかけてる場合じゃないのに。
また彩香さんに迷惑をかけてしまった。
「美愛ってほんと……要領悪すぎ……」
彩香さんが冷たく言い放った。
こんなミスをして、また彩香さんの足を引っ張ってしまう。
だけど、その一言は黒石部長や相良さんに言われてきたどんな言葉よりも私に重くのしかかった。
いつも余裕があって、どんなときでも笑顔で、ミスをしても
「大丈夫!」
と笑っていてくれた彩香さんが、疲れきった顔で言い放ったその言葉は、私の心に突き刺さった。
ごめんなさい。失望させてしまって。
迷惑をかけてばかりで……。
そんな自分に憤りさえ感じる。
私はどうしてこうなのだろう。
いつの日か、彩香さんと相良さんの会話を盗み聞きしてしまったときのことを思い出す。
『美愛のことは守りたい』
自分自身さえ保てないこんな場所で、彩香さんは必死で私を守ろうとしてくれていた。
それなのに私は……?
何もできずに迷惑ばかりかけて、彩香さんの足を引っ張ってばかりで……。
悔しい。こんな自分が。
「うわ、業者さん来ちゃった!」
木下さんの言葉にハッとする。
私は伝票を急いで書き直す……。
だけど、顔を上げるとそこには誰の姿もない。
「あはは! 業者さん来てませんでしたー! 騙されてんの」
そんな私の姿を見て木下さんが笑った。
この忙しいときに……そんな冗談に付き合っている暇はないのに。
私は取り合わないようにして、伝票を書き進めた。
だけど、さっきの彩香さんの冷たい表情と一言が頭から離れることはなかった。
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