第21話 帰り道

結局あのままイチくんは朝まで起きてこなかった。


「ごめんね、爆睡しちゃって……」


だけど、寝起きのイチくんを見ることができただけでもラッキーだと思ってしまう。


「疲れてるんだね。無理しないでね」


私が心配そうに言うと、


「ありがとう」


と言ってまた優しい笑顔を見せた。

言うまでもないが、やっぱり私はこの笑顔が大好き……。


「寒いから気をつけてね」


「うん。お邪魔しました」


そう言うと、私と蒼斗くんは駅に向かって歩き始めた。


もう何度目になるだろうか。

この家からの帰り道。

たくさんの嬉しいや切ないを抱き締めながら歩くこの道もこの景色さえも私にとってはかけがえのない宝物になっていた。

歩道橋から見える朝焼けを眺める度、イチくんへの愛おしさが込み上げてくる。

不思議な感覚……。


「蒼斗くん、あのね。」


私は歩道橋の真ん中で立ち止まった。

そんな私の声に驚いたように蒼斗くんが振り返る。


「美愛ちゃん、どした?」


いつか言わなければと思っていた。

迷ったけれど、言うなら今しかない…


「私、実はね……イチくんのこと、好きになっちゃったんだ」


そんな突然の私の告白に蒼斗くんは更に驚いた様子だった。

突然こんなこと言われたらそりゃ驚くよね……。


「そうだったんだ! びっくりした。でも俺、応援するよ。うん。応援する。」


少し戸惑った様子だった蒼斗くんだったが、すぐに笑ってこう言った。


(応援する……か、どこかで聞いた台詞だな……)


私は奈那に言われた『応援する』を思い出したが、すぐに蒼斗くんに笑顔を向けた。


「ありがとう」


そう言って、私はまた歩きだした。


「イチくん、優しいし、いい男だよなー」


歩きながら蒼斗くんが言う。


「でも、イチくんは奈那のことしか見えてないよね」


私は苦笑いする。


「でもさ、奈那ちゃんってイチくんのこと、足車としか見てないじゃん」


聞き覚えのある言葉。

蒼斗くんは何も疑ってない。

あの夏の日から蒼斗くんの奈那に対する見方もきっと変わっていない。


少なくともきっと、蒼斗くんから見た奈那は、イチくんを足として利用している女として見えてる。

きっと蒼斗くんは大学でいろんな女の子と接しているから、奈那みたいな女の子のこともわかっているのだろう。


そう思うと少しだけ安心してしまう。


イチくんは奈那をどう見ているのだろう。

自分の立ち位置を……。


愛する人の傍にいられるならどんな形でもいい。

都合が良くても、その一瞬隣にいられるだけでも幸せ……?


私は……いつだってイチくんだけを見てる。

イチくんを利用したりなんてしない。

あなただけを好きで居続けるのに。

私ならきっとあなたを幸せにできるのに。


それでもこんな私じゃダメですか……?


蒼斗くんに悟られないように溢れだしそうな涙を必死で乾かしながらまた少し先を行く蒼斗くんの後ろを歩き始めた。

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