第20話 似た者同士

あの祝賀会の日からまた私たちは定期的に集まるようになっていた。


少しずつ奈那と私の間に生まれた歪みにイチくんと蒼斗くんは気付くことなく、また今日が過ぎていく。


「最近寒くなってきたし、鍋でもしようかと思って……」


イチくんの家の玄関を入ってすぐのキッチンにはスーパーの袋が無造作に置かれている。

イチくんは慣れた手付きで野菜を切り始めた。


「何か手伝おうか?」


私はキッチンを覗き込んだ。

大きな背中……。

思わず後ろから抱きついてしまいたくなる。


「こっち寒いからリビングで待ってて、終わったら持っていくから」


私を気遣って言ったのだとわかっていても、少し突き放されたように感じながら私はリビングに戻った。


リビングでは奈那と蒼斗くんがテレビを観ながら盛り上がっている。

何も変わらない光景。

実際、何も変わっていないのかもしれない。

私がイチくんに恋をした。それ以外のことは何も……。


「できたよー!」


しばらくしてイチくんが熱々の鍋を持ってきた。


「おいしそー!」


「いただきまーす!」


私たちは鍋を覗き込んだ。


「仕事も料理もできてすごいなぁー」


思わず心の声が漏れる。


「鍋はただ切って入れるだけだから」


そんな私の言葉にイチくんはどこか照れたように言った。


「うん! うまい!」


蒼斗くんが頬張りながら言った。


「ほんとおいしー!」


私も蒼斗くんの言葉に頷きながら言った。


「そう言ってくれるなら毎週作っちゃおうかな」


すっかり上機嫌になったイチくんだったが、


「さすがに毎週は飽きるわー」


という奈那の一言に撃沈するのだった。

私たちはその奈那の一言に笑いながら、鍋を自分のお皿によそった。


こんな時間も楽しいもので……。

その気持ちには嘘はない。

みんなでいる間は、余計なことは考えずに今を楽しもう。私は純粋にそう思った。


***


「気をつけてね」


「うん、ありがとう」


奈那は明日仕事があるからと、イチくんの家から自分の車で帰っていった。

奈那の車を見送ると、私たちは部屋に戻った。

しばらく飲みながら話して後片付けをしたあとで


「ごめん、ちょっと飲み過ぎたみたいで、寝てきてもいいかな……」


珍しくイチくんの顔色が悪かった。

酔いつぶれたりするところは今まで見たことなかった。


「大丈夫? 私たち帰ろうか?」


私の言葉にイチくんは首を振った。


「大丈夫。少し休めば良くなるから、二人はゆっくりしてて」


そう言うと、イチくんは寝室へ入っていった。


「大丈夫かな……」


「イチくんが潰れるなんて珍しいな」


蒼斗くんも心配そうに寝室の方を見ていた。


***


「大学生活はどう?」


そういえば、今まで蒼斗くんと2人になることなんてなかったな。

蒼斗くんにこう話しかけると、私はたった1年前の大学生活を思い返した。


「就活も終わって、たまにサークルに顔出すくらいであんまり大学には行ってないけど、仲間と楽しくやってるよ」


そういえば、そうだったと思い出した。


「そっか、4年生ってほとんど学校行かないんだったね」


ほんの1年前のことなのにまるで遠いことのようだ。


「そういえば美愛ちゃん、今の職種、お父さんに勧められたって言ってたっけ」


初めて仕事の話をした日、ちょっとだけそんな話をした記憶もあるが、もうそんなことすらも忘れていた。


「うん、父親が結構真面目でね。もし私が頭が良かったら公務員になれとか言ったかもしれないけど私には無理だからそれは諦めてたかな……」


そう言って私は笑った。


「そっか……俺も何て言うか昔から親に期待され過ぎて、それでしんどかった時期もあったな」


それはいつも明るい蒼斗くんからは想像のできない言葉だった。

こんな私でさえ、親の敷いたレールに沿って生きているような息苦しさを感じたことがあったけれど、頭の良い蒼斗くんはきっと私なんかよりずっと息苦しい世界で生きてきたのかもしれない。


「もういい年だし、親の気持ちも昔よりはわかってきたけど、なんて言うのかな。まだ親は納得してないっていうか……」


そう言うと蒼斗くんはため息をついた。


「就職先も納得してないの?」


私の問いに小さく頷いた。

彼もまたどこか本当の自分を隠しながら、本当の気持ちを押し殺して生きている。

私はそんな彼をどこか自分と重ねてみていた。

環境は違うけれど、強がることに慣れて、本当の弱さを隠してる。今この瞬間だってそう。


「ごめん。こんな話、美愛ちゃんにしかできなくて」


蒼斗くんは顔を上げると少し笑ってから小声で呟いた。


「2人には言えないな……」


きっと奈那の家庭環境のことを蒼斗くんも知っているのだろう。

でもイチくんは……?


「え……?」


私の問いに蒼斗くんは慌てて


「ごめん、知らなかった? イチくんの話…それなら今のは聞かなかったことにして」


「わかった……」


蒼斗くんの言葉に、私にはまだまだイチくんの知らない部分がありすぎるのだと、私はまた落胆しながら頷いた。


イチくんが奈那をほっとけないのは自分と重なる部分があるからなのだろうか。

似た者同士だからなのだろうか。


私はまたひとつ敵わない要素を見つけて、私に入る隙などないことを思い知らされながら、彼が眠る寝室のドアを見つめていた……。

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