第33話 打ち合わせ
そしてその日はやってきた。
昨夜はほとんど眠れなかった。
営業部に行かなければいけない緊張と、夜に待っているイチくんと2人で会うという、とてつもないイベントが重なっている。
……なんて日だ!
印象が悪くならないようにナチュラルメイクをして、パンツスタイルに身を包んだ。
ウィンドウに映る自分の姿は彩香さんみたいなカッコイイ女性にはまだまだ程遠い。
そんな自分にため息をついて、私は職場へと向かった。
とりあえず、今は仕事に集中。
イチくんとのことは家に帰ってから……。
彩香さんに用事があるときに営業部を訪れたことは数回あったが、その当時はここで働くことになるとは想像もしていなかったな……。
「おはようございます! 3月1日からお世話になります、一瀬美愛と申します」
自分では大きい声を出したつもりだが、誰にも聞こえていなかったようで、中にいる数名の社員がパソコンに向かっている。
こういう雰囲気は苦手……。
「あ、美愛おはよー。」
その時後ろから聞き覚えのある声がして振り返ると、彩香さんが立っていた。
「おはようございます。よろしくお願いします」
「美愛のデスクこっちだからとりあえず荷物置いちゃって」
そう言うと彩香さんはデスクに案内してくれた。
「9時半から打ち合わせだから、それまでこの書類目を通しておいてね。また何かわからないこととか困ったことがあったら言って」
「ありがとうございます」
私がお礼を言うと彩香さんは笑顔を見せて、少し離れた席に座った。
緊張と不安で押し潰されそうになっていたけれど、彩香さんの笑顔がそれを和らげた
(大丈夫!)
心の中でおまじないみたいに唱えながら、深呼吸してデスクに置かれた書類を眺めた。
「おはようございまーす」
その時おっとりした女の人の声が響いた。
年齢は私よりも少し上くらいで、入社7年目の彩香さんと同期位という印象だ。
「おはようございます!」
その瞬間今までデスクに向かっていた全員が立ち上がる。
その様子に驚いて出遅れたが、私も慌てて立ち上がった。
その瞬間、彩香さんがこちらに駆けつけてきて、私の腕を引っ張った。
いつも余裕を感じさせる彩香さんのこんな様子は初めてで状況が飲み込めない。
「黒石部長、マーケティング部から異動してきた一瀬です」
彩香さんの言葉を聞いて、このおっとりした女性がグループ会社から来た新しい女部長だということを初めて認識した。
「はじめまして! 一瀬美愛と申します。よろしくお願い致します」
私は慌てて挨拶すると深々と頭を下げた。
「
黒石部長はまたおっとりした口調でそう言うとゆっくりと頭を下げると、続けた。
「私も営業部は初めてで、まだわからないことだらけなの。でもチーム一丸となって新しい営業部を築いていこうと思うのでよろしくね」
黒石部長が優しそうな人で安心した。
「よろしくお願い致します!」
私はもう1度頭を下げた。
「それでは打ち合わせを行いますので、皆さん会議室に集まってください」
そう言うと黒石部長は資料をまとめて部屋を出ていった。
その言葉を聞いた他の社員たちが慌てる様子で手元の書類をかき集め黒石部長の後をついて行った。
その様子に違和感を感じながら、私もデスクに戻り書類と筆記用具を取ると会議室へと向かった。
***
「それでは本日の打ち合わせを始めます。3月からの異動に向け、一足早く営業部でお仕事をしていただいている方もいるかと思いますが、今日は打ち合わせ兼、顔合わせという形で進めていきたいと思いますのでよろしくお願い致します」
相変わらずのおっとりした口調で黒石部長がこう話すと手元の資料に目を向けた。
「それでは川崎さんから、お願いします」
いきなり話をフラれたことに一瞬動揺した様子の彩香さんだったが、すぐに毅然とした振る舞いを見せ返事をすると立ち上がった。
「只今黒石部長からお話がありました通り、営業部は新体制になります。つきましては簡単に自己紹介をしていただきます」
彩香さんがこう言うと、一人一人自己紹介が始まった。
10人前後だろうか、自己紹介と言ってもその場で立ち上がり、簡単に名前を言うだけのもので、まだまだ全員の顔と名前が一致しそうにない。
「マーケティング部から参りました。一瀬美愛と申します。まだわからないことが多くご迷惑をおかけするかと思いますが、頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願い致します」
自分の番が来て、私は立ち上がりこう言うと再び席に座った。
それから今月の目標や仕事内容の説明を聞き、打ち合わせ兼顔合わせは終わった。
「それでは本日の打ち合わせは以上になります。お疲れ様でした」
黒石部長がこう言って会議室を後にすると、社員たちも会議室を出ていった。
来月から
まだ拭えない不安。
初めて見た彩香さんの慌てた姿……。
だけどどんなに不安がっていても、異動は変わらない。
ここで一から頑張ろう。
そう決心すると私も会議室を後にした。
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