第32話 約束
梨乃と別れた後、私はスマホを眺めていた。
電車を待つ駅のホームで風が吹く度、さっき買ったばかりのラッピングの箱を入れた紙袋が揺れる。
「今度2人でご飯行かない?」
いや、軽いな。
「話があるんだけど……」
だと、重い。
告白だと思って引かれるよね。
あーでもない、こーでもない、とメールを打っては消してを繰り返している。
「お疲れ様。仕事のことで相談したいことがあるんだけど、今度2人でご飯とかどうかな?」
迷いに迷った結果、メールを送信した。
そして、電車に乗ると窓の景色を眺めた。
時間が経つのがすごく遅く感じる。
これでよかったのかな。
何度も送信したメールを読み返す。
イチくんは私の気持ちを知ってる……。
『2人』というワードを入れないと、イチくんが奈那を誘ってしまう可能性がある……。
けれど2人だと、優しいイチくんだから、気をもたせないよう断る可能性も大きい……。
不安で泣きそうになる。
でも、もうあの遠回しな告白をしてしまったからには前に進むしかない。
いつまでもあのままではいられない。
そんなことを考えているうちに電車は最寄り駅に着いた。
駅の改札を出て、もう1度スマホを手にした時だった。
「新着メールが1件あります」
心臓が飛び出そうになる……。
もはや吐き気さえする、この緊張感。
恐る恐る、震える指でメールを開く……。
「2月12日の夜なら空いてるんだけど、どうかな?」
!?
何度もメールを読み返す。
送信者には間違いなく『星名一夜』という名前。
「ひゃっ」
驚きで変な声を出しそうになり、思わず口を塞いで周りを見渡した。
人の流れは疎らで、幸い私の声に気づいている人はいなかった。
ここが駅でなかったら確実に飛び上がっている。
ここから家までスキップして帰りたいくらいだ。
「ありがとう! よろしくお願いします!」
嬉しさのあまりハイテンションで謎に敬語を使いつつ、勢いで送信してしまった……。
はっ……
さっきの慎重さが嘘のようだ。
「仕事が終わったら連絡するね。美愛ちゃんの最寄り駅まで迎えに行くから」
迎えに行く……。
イチくんが来てくれる……?
夢みたいで何度も自分のほっぺをつねった。
どんなに強くつねっても痛みを感じないくらい浮かれてる。
「ありがとう!」
嬉しくて嬉しくて叫びたい気持ちを我慢して、スマホを握りしめると、私は家に向かって歩き始めた。
何度願ったんだろう。
こんな日が来るなんて。
あの切ない夜が嘘みたいで……。
友達だから?
仕事の相談だから?
OKしてくれたことに意味なんてないかもしれない。
それでも、私にとってはものすごいことで、とても大きな一歩で……。
それだけのことで私はこんなにも舞い上がってしまう。
イチくんもそうなの……?
どんなことでも、些細なことでも、奈那の隣でいられる時間はこんなにも幸せなの……?
もしそうだとしても……。
たとえたった一瞬でも、あなたの目に映ることができるなら、私はそれだけで幸せです。
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