第44話 ランチ
そして私たちは駅に向かって歩いた。
彩香さんから電話がかかってきたときは必死だったけれど、こうして事が済んでみればすぐにでも家に帰りたいくらいだけれど、そう言うわけにもいかない。奈那にわざわざ休みの日に自分の職場に来させて、一仕事させてしまったのだから……。
それに、彩香さんからお金まで受け取ってしまった。
「この近くにおいしいお店があるからランチでもしていく?」
私はしぶしぶ提案した。
「うん。行く!」
せめて奈那が断ってくれたらお金を渡して帰ろうと思ったが、意外にも奈那は乗り気だった。
私たちは駅近のカフェに入った。
顔馴染みの店員に笑顔で迎えられ、私たちはテラス席に通された。
「美愛、いつもこんなオシャレなところでランチしてるんだね。さすが都会のOLさんは違いますなー」
奈那に言われると小馬鹿にされたような気持ちになるのはなぜだろう。
「たまーにだけどね」
私は苦笑いする。
「何にしようかなー」
そして奈那はメニューを眺めた。
そういう奈那の何でもない仕草さえも、私はイチくんの目線になって見てしまう。
「うん。これにしよう!」
しばらくしてから店員を呼ぶと、私たちはそれぞれ注文をした。
そして店員が去ると、奈那は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせた。
「イチくんに聞いたよ。とうとう告白したんだね!」
告白したこと、あえてイチくんには口止めしなかった。
口止めしたところで何も変わらないような気がしていたから……。
それはイチくんを信じていないとかそういうことではなくて、イチくんと付き合うことになろうと、ならなかろうと、イチくんと接してる以上、奈那という存在からは離れることはできないからだ。
「うん。とりあえず考えさせてほしいって」
私は俯いて水を飲んだ。
奈那には何を話したのだろう。
「そっか! どう思ってるんだろうね。美愛のこと」
奈那はイチくんの気持ちを知っているはずなのに、どこか他人事だった。
これ以上奈那に何かを聞いたところで、イチくんの気持ちがわかるわけではないし、せっかくならちゃんと本人の口から聞きたい。
それに、奈那に何かを言われたとしても、イチくんが奈那に何を話したとしても、昨日のイチくんと私の2人の時間は2人だけのもの。その事実は変わらないのだからそれで良いのだと思う。
それから運ばれてきた料理を食べながらまた私は話を逸らして、なんとかぎこちない時間を過ごした。
「本当に来てくれてありがとう。奈那のおかげで助かった」
奈那との別れ際、私はもう1度奈那にお礼を言った。
「なんかいろいろ大変そうだけど、がんばってね。じゃあまた」
奈那はまた他人事のようにこう言い放つと私に手を振って、駅のホームに向かって行った。
そんな奈那の後ろ姿を私は見送った。
今まで奈那の言動ひとつひとつに傷つけられてきたけれど、こうしてみるとやっぱり奈那の後ろ姿はか弱くて繊細で……。
その後ろ姿を見つめながら、私はやっぱり奈那には敵わないと思うのだった。
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