第43話 トラブル
誕生日前夜に想いを伝えて、前に進もうと思ったけれど、結局前進したのか後退したのかわからないような曖昧な時間が流れていた。
イチくんは私の気持ちを嬉しいと言ってくれた。
それだけのことで期待をしてしまう自分がいる。
一緒に観ようとDVDを借りていてくれたこと、私と過ごす時間をどうするか考えてくれていたんだと嬉しくなる。
確かにDVDを返すなら車より自転車の方が楽かもしれないけれど、車より近い距離になる自転車の後ろに私を乗せてくれた。年越しをしたときのあの切ない夜よりも前進している……?
2人で過ごした時間を思い出してはそんな想いが巡る。
そんな昨夜の余韻に浸っては良い方向にばかり考えてしまう。
その時、私はスマホの着信に気づいてハッとした。
「川崎彩香」
彩香さん!?
私は慌てて電話に出た。
「もしもし。美愛!? 休みの時にごめんね」
電話越しに聞こえる彩香さんの声はいつになく慌てた様子だった。
「今日中にまとめなきゃいけない資料があるんだけど、パソコンがバグっちゃって……今日休みだからパソコン関係が分かる人が誰もいないの! 美愛の友達にIT関係の仕事してる子いたよね? 急なんだけど来てもらえないかな?」
今にも泣きそうな彩香さんの声……。
IT関係……。そうだ。まだイチくんと出逢う前に彩香さんにIT関係の仕事をしている奈那の話をしたことがあった。
まさかこのタイミングで……。
だけど、奈那もきっと土曜日は休みのことが多いはず……。
「わかりました! 聞いてみます!」
「お願いね!」
そして彩香さんとの電話を切ると、私はすぐに奈那に電話をかけた。
「もしもし?」
奈那とはあんまり電話をすることがないので不思議そうな反応だった。
「奈那、ごめんね。職場のパソコンがおかしいみたいで、上司からパソコンに詳しい人に来てほしいって言われて……急で申し訳ないんだけど、来れないかな?」
無理は承知の上だが、彩香さんの慌てた様子に何もしないわけには行かない。
「今日はちょうど予定もないからいいよ。私に出来ることかわからないけど……」
「ありがとう!」
奈那の返事に安心すると、私の職場の最寄り駅に来てもらうように伝えて電話を切った。
そして彩香さんに電話をしてから支度をした。
***
職場の駅に着くと既に奈那が着いていた。
奈那は私の姿を見つけると笑顔で手を振った。
「突然来てもらっちゃってごめんね」
私は奈那に会うとすぐに謝った。
「もーほんとだよー。急なんだから」
顔は笑っているが、その本心は冗談なのか本気なのかわからない。
私はなるべく奈那に話す隙を与えないように話した。
「彩香さんってね、美人で仕事ができて、本当に尊敬してる先輩でね、だから役に立ちたくて……」
そして何とか話を逸らさせることなく、職場まで着いた。
「あ、美愛! ごめんね、急に呼び出して」
彩香さんは私を見つけるなりこちらに走ってきた。
「急に無理言って本当にごめんなさい」
そして私の隣にいる奈那に頭を下げた。
「私に出来ることかわからないですけど……」
奈那が自信なさげにこう言うと、彩香さんはすぐに自分のデスクに奈那を案内した。
そして奈那はすぐにパソコンをいじり始めた。
緊迫した時間が流れる。
ただパソコンの調子が悪いということだけでは済まされない事情がこの部署にはある。
「ふぅー。直りましたよ!」
しばらくパソコンに向かっていた奈那がこう言うと彩香さんは安心したのかその場に座り込んだ。
「はぁぁー良かった。本当に本当にありがとうございます!」
その後、奈那が専門的な説明をしたが、私たちにはちんぷんかんぷんだった。
「本当にありがとう! ほんの気持ちだけど、これで2人でランチでも行ってきて!」
そう言うと彩香さんは自分の財布からお札を取り出して無理やり私の手に持たせた。
「大したことしてないのにすみません」
奈那が申し訳なさそうに言うと
「あなたは救世主です! 本当に助かりました!」
と彩香さんは何度も頭を下げた。
そして私たちは彩香さんにお礼を言って挨拶すると職場を後にした。
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