第45話 夜桜
「お花見しよう」
それからしばらくして、こう言い出したのは奈那だった。
蒼斗くんは仕事の研修があるとのことで、イチくんと奈那と私の3人で集まることになった。
イチくんに想いを伝えてからイチくんと会うのはこれが初めて……。
2人きりで会うわけではないから告白の返事が聞ける筈もなく、ただ今日も曖昧に過ぎていくのだろう。
私は仕事が終わると地元で花見の有名スポットと知られる公園へと向かった。
奈那とイチくんは先に着いていた。
「美愛お疲れー!」
「お疲れさま」
私たちは合流すると夜桜が見えるベンチに腰掛けた。
「かんぱーい」
そして私たちは買っておいた缶酎ハイでいつものように乾杯した。
今までと何も変わらない。
まるであの誕生日前夜のことが何もなかったみたいに、イチくんは何も変わらなかった。
「夜桜を眺めながらのお酒は最高ですなぁ~」
顔を赤くした奈那が桜を見上げて言う。
こんなに近くにいるのに心の距離は遠い……。
私とイチくんの距離。
イチくんから見る奈那の距離もこんなに遠く感じるのかな……。
「ほんとお酒が進みますなぁ~」
私は敵わない奈那の真似をしながら、手元の缶酎ハイを飲み干した。
「2人とも飲み過ぎ注意ですよ」
イチくんは少し笑いながら私たちに注意した。
ここで私たちが酔い潰れたら介抱するのは大変だろう。
もし、私と奈那が酔い潰れたらイチくんはどうするんだろう?
一瞬そんな意地悪な考えが過ったが結局そんなことをする勇気なんてなかった。
ふと桜を見上げる。
その美しくてどこか儚い姿は私の胸を締め付ける。
イチくんと出逢って1年になるけれど、今だって私には彼の気持ちは見えない。
いっそのこと、あの夜にきっぱり振ってくれたら良かったのに。
『考えさせて』ということは、この瞬間も私と付き合うかどうかを吟味しているということ……?
だけどやっぱり隣にいる奈那を越えることができないのだろうか……。
こんな私の気持ちをどのくらいわかっているのか、奈那は変わらず無邪気にはしゃぐ。
その横顔を見つめるイチくんの穏やかな眼差し。
何で私はここにいるんだろう。
来ないという選択肢だってあったのに……。
そんなことわかりきってる。
私はイチくんに会いたいから来たのだ。
こんな曖昧な
どうしようもないくらいに……。
そんな現実から目を反らすように私は立ち上がるとスマホで自分が好きなアイドルの曲を流して、踊り始めた。
ほろ酔い状態だ。
「すごい! キレッキレじゃん」
イチくんが笑った。
高校生の頃、少しだけダンスをしていた成果が出ただろうか。
文科系の奈那とどちらかと言えば体育会系な私。
何の自己アピールにもならないことはわかっているけれど、私はどう頑張っても奈那にはなれないから、せめて奈那にはない私を見せることでしか自分を保てないような気がして……。
そうやって、私は自分を騙すようにしながらこの切なくてほろ苦い夜が過ぎて行く……。
「そろそろお開きにしますか」
イチくんがそう言うと私たちは後片付けをして駅に向かった。
酔っ払ってハイテンションになった奈那を相変わらず優しく見守るイチくんと、その様子を見ている私……。
来ないという選択肢もあったのに……とまた思う。だけど、こうなることをわかっていて会いに来たんだ。
私には悲劇のヒロインぶる資格なんてない。
「それじゃ、美愛ちゃん気を付けてね」
「気をつけて~」
駅に着くとイチくんと奈那が言った。
「気を付けるのは奈那の方でしょ」
酔っ払った奈那にすかさずツッコミを入れた。
2人は地元が一緒だからこのまま2人で帰るんだよね……。
また胸の奥がズキッとする。
「それじゃあまた」
「またね」
私たちは別れた。
その『また』があるのならば、今度こそ告白の返事は聞けるのでしょうか……。
私はホームへ向かって歩く2人の後ろ姿をしばらく見つめていた。
辛いはずなのに、なぜか2人から目が離せなかった。
奈那はどうしてイチくんのことを好きにならないのだろう。
こんなに優しくて何より自分のことを想ってくれる人を……。
奈那になって、イチくんから愛される幸せを噛み締めてみたい。
2人の姿が見えなくなってから私は駅のホームから見える桜に目を向けた。
可憐で儚いその花はまた私の胸をきゅっと締め付けた。
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