第18話 強がり
結局私はあれから奈那に返信をすることもできずにいた。
奈那の思うツボだろうか。
もう考えるだけで、頭が痛い。
このままイチくんと会うことがなくなれば、自然とイチくんのことを忘れられるだろうか。
「大丈夫?」
その瞬間、あの私の腕を引き寄せたイチくんが浮かんでしまう。
「好きだよ……」
私は誰もいない部屋で呟いた。
「美愛ちゃん、弱音とか吐かないから」
またイチくんの言葉が脳裏に浮かぶ……。
弱音なんて吐けるわけない。
だけど、私は弱い。
こんな私をさらけ出したらイチくんは引いてしまうだろうか……。
そして私はふとSNSを開いた。
奈那はSNSにはイチくんとのことを書かない。
奈那に彼氏がいることを周りの子が知っているからだろうか。
だから私はときどきこうして奈那のSNSを見てしまう。
「死にたい……」
一緒にバイトをしていた頃から、奈那にこういう一面があることを私は知っていた。
こういうことを呟く人ほど、本当に死ぬ勇気なんてないくせに。
だけど、そんな奈那を軽蔑しながらほっとくことができないのだ。
奈那が母子家庭で育ったということはバイト時代の先輩から聞いたことがあった。
詳しいことは知らないけれど、奈那には年の離れた兄がいて、年の差のせいか父親代わりのつもりなのか、兄は奈那に対して過保護なくらい優しかったという。
奈那がさみしがりやで甘え上手なのはそんな家庭環境のせいなのか。
私にはわからないけれど。
きっとイチくんも奈那の全てを知った上で、奈那に好意を持っているのだろう。
こんな奈那の傍で、何不自由なく育った私は弱音なんて吐いてはいけないような気がしていた。
それに……。
私は遠い日の記憶を思い出していた。
***
中学3年生の秋だったか。
大人数のグループで教室の後ろで床に座っていた。
グループのリーダー格の女子に対して私が発した一言が、そのリーダー格の女子には気にいらなかったようだ。
悪気なんてなかったし、怒らせるつもりもなかった。
でも、その一言がきっかけで私ははぶかれた。
次の休み時間にはそのグループが私のいないところで集まり、私の陰口を言い始めた。
「あいつ許さないから」
私は慌てて謝ったが、もうそのときには彼女は聞く耳持ず無視された。
はぶかれた後も私は一応そのグループに所属していたが、自分の存在があっても、あたかも存在しないように振る舞われる日々は辛かった。
修学旅行の前日、みんなで買い物に行った。
幸いグループ内には普通に接してくれる子がいて、その子が全てを話してくれた。
私と口を聞くなと言われていること、リーダーが私を許すつもりはないということ。
その子だって私と話していることでリーダーに目をつけられるかもしれない。
私はその子たちとも距離を取るようになった。
でも、明日から修学旅行……。
楽しい思い出を過ごしたい。
こんなままじゃ嫌だ。
たまたまリーダーと2人になったとき、
「あのときはごめんね。明日から修学旅行だし…」
と話しかけたとき、
いつもは私のことを「美愛」と呼ぶ彼女が
「一瀬さん」
と苗字で私を呼んだ。
彼女は冷めた目付きで私をみて
「邪魔。私の前から消えて」
と言い放った。
あの日の帰り道。
いつものように線路沿いを歩いていた。
ふと線路に目を向ける。
私の存在なんてないどこにもない。
その瞬間、向こうから上り電車がもの凄い勢いで汽笛を鳴らして通りすぎた。
私は後退りした。
私には死ぬ勇気なんてなかった。
結局、そのまま迎えた修学旅行は楽しい思い出になんてなるはずもなく過ぎていく…
2日目の夜に、「話し合いをするから」と、リーダーがいる部屋に呼び出された。
こっちとしては話し合うことなんて何もないけど。
部屋に入ると仲の良かったグループの子たちが集まっていて、リーダーが胡座をかいている。
「あんたさ、仲間に入れてほしかったら逃げてないで自分から入ってきなよ」
今更何言ってるの……?
私が何度謝ろうとしても拒否してたのはそっちなのに……。
「そうだよ。自分から努力しなよ。」
仲間が付け加えるように言った。
自分たちがしてること、棚にあげて……。
「もういいよ、悪いの全部私だから……それでいいんでしょ」
話し合うまでもないと思った。
私はこう言い捨てて部屋を出た。
明日からもっと当たりが強くなるだろうか……。
でも、そのままウジウジしていたら、自分が惨めになるから、その頃から私は強がるようになっていた。
結局その翌日から彼女たちは何もなかったかのように接してきた。
あんな話し合いに意味があったのかと疑問に思ったが、そんな話し合いに意味なんてなく、ただターゲットが私から他の子に変わったというだけだった。
***
あの頃から私は変わらず弱いまま、強がることだけ覚えて今まで生きてきた。
奈那を軽蔑しながらも、こんな彼女を今だって私は羨ましく思う。
私が弱さをさらけ出したところで、イチくんが振り向いてくれるはずないことだってわかってる。
だけど遠い昔に覚えた無意味な強がりが、鎧となって、本当の自分を隠してくれる。
傷ついているところなんて見せない。
私はあなたは違う……。
私はあなたみたいに惨めなところを人に見せたりはしない。
私はそう誓うとスマホをベッドに放り投げて、目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます